選んだ選択の答え

「お、雨、止んだな……」

「……そうね」


 豪雨の中、真昼はこれでもかと言うほど、感情のまま泣き叫んだ。その後は落ち着いたのかこうして雨が止むまで、屋上に続く階段の上で並んで座っていた。流石にこの時期、あのまま外にいたら、風邪を引くしな。


「葉桜君……」

「ん?」


 真昼もこれまで溜まっていた感情を吐き出したからなのか、その表情はこれまでよりもスッキリとしている。それから真昼の口が開くのを待った。


「その、本当に、聞こえなかったのよね?」

「あぁ。何一つな」

「そう……。あ、でも、制服。その……、思いっきり掴んじゃってごめんなさい……」

「気にするな。美少女に掴まれたんだ、こいつも本望だろう」


 そう冗談交じりで言ってやれば、小さく笑いながら『そっか』と真昼は答える。その表情を見て『どれ』と呟き、立ち上がる。突然立ち上がった俺を見て、真昼は不思議がって、首を傾げる。


「一旦、教室に戻って、バッグ回収してくるわ。勿論真昼の分もな」

「え、じゃあ私も……」

「その顔で、か?」


 あれほど泣いたんだ。真昼は今、目元が真っ赤になっている。それを指摘され、真昼は『え、あ』と狼狽えるので、制服を脱ぎ、真昼の頭に被せる。


「わわっ!」

「どうせ、ミミたちもまだ残ってるだろうし、少し話してから戻ってくる。それまで顔を隠しながら、もうちょい落ち着いておけ……」

「…………バカ」


 制服で顔は隠れているが、そう呟いた時の声色からして何処か嬉しそうだった。それを見届け、教室に戻ることにした。


「真夜!」

「真夜君!!」


 教室に戻れば案の定、雄太とミミは教室で待っていたので、『もう大丈夫だ』と2人に伝える。


「よかったぁ。あんな事があったから、まひる、絶対に落ち込んでると思ってたからさぁ」

「流石に高橋のあんな言葉を聞いちゃえばね……。全く、バカの発想には困るな」

「今に始まった事じゃないだろ」

「あはははは。それよりも、真夜君!」


 ミミは心なしか朝や昼間よりも元気が良い。俺がいつも話している、普段のミミだった。


「急になんて、真夜君、とってもカッコよかったよ!」

「ぐはぁっ!」

「あははは、それは確かに。あの時の真夜はまさにだったね」

「がはぁぁっ!」


 そんな2人の何気ない言葉がグサリと突き刺さる。言われてみれば、さっきまでの行動は熱血系の主人公がよくやりそうだと思った。


(やべ、そう考えると、めっちゃ恥ずかしい)


「あははは。真夜君が照れてる!」

「これは珍しいね」

「ええい、煩い!」


 そんなやり取りをしているとミミが『でもさ』と、俺にとある事を伝えた。


「やっと、いつもの真夜君になったね」

「あ」

「今週はずっと、ナイーブだったからね、俺もようやく普段の真夜を見れたよ」


(そっか、俺、……いつもの俺に戻ってるのか)


 2人に言われるまで、全然気付かなかった。


「……悪い、心配かけた」

「あははは、真夜君が素直だ!」

「煩い」


 そんな感じで普段の調子を取り戻し、2人と語らう。最後2人に『藤原さんに会うか?』と尋ねたが、2人は『来週になったら話す』とだけ言い残し、下校していった。今日はとことん、俺に配慮してくれるらしい。


 ほんと、いい友人たちに巡り会えたものだ。


 2人を見送った後、自分と真昼のバッグを回収し、せっかくなので暖かい紅茶を自販で買ってから、真昼が待つ屋上へ続く階段へと向かった。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま、真昼」


 何だか今のやり取りは新婚のソレだなと思った。



(ふむ、確かに普段の俺だな……)



 それが何だか嬉しく思う。



「ほれ、紅茶」

「え、あ、……ありがとう」


 真昼に暖かい紅茶を手渡すと、『暖かい』とぽつり呟き、ちびちび飲み始める。


「ミミたちも心配してたぞ。来週、ちゃんと大丈夫って伝えないとな」

「そうね。心配かけてたと思うから、ちゃんと謝るわ」

「そこはで、いいと思うけどな」

「そうかな」

「そうだ」


 そんな短い会話でも、真昼と話せているこの時間が何よりも好きだった。チラッと真昼の表情を見れば、教室に向かった時よりも穏やかだ。どうやら色々と整理が付いてきたんだろう。


「帰れそうか?」

「そうね。……とりあえず、帰ってシャワーを浴びたい気分だわ」

「それだけ言えれば、大丈夫だな」


 一瞬、真昼のシャワー姿を想像したのは内緒だ。そして、真昼はそんな俺の思考を読んだのか、ジト目で『葉桜君?』と呟くので笑って誤魔化す事にした。


「笑い事じゃないわ! 今、一体何を想像したのかしら!?」

「さて、なんなんだろうなぁ」

「もう!」


(良かった、もう普段の真昼だ)



 それが、何よりも嬉しかった。



***



 雨も上がり、真昼も無事に復活したので、俺たちはそのまま下校する。流石に1人で帰らせる訳には行かないので、今日は真昼を家まで送る事にした。そして帰り道、真昼は俺に話し掛ける。


「でも、良かったわ……」

「何が?」

「葉桜君とこうして話せてる事が……。だって今日、1度も話してなかったのよ?」


 どうやら真昼は今日、俺と話せていなかった事が心残りだったらしい。


「悪いな。今日はそう言う気分になれなかったんだ……」

「みーちゃんたちとは話してたのに?」


 痛い所を突かれたので、仕方なく、ちょっとだけ本音を話すことにした。


「別に真昼と話したくなかった訳じゃないんだ」

「じゃあ何なのよ?」

「俺の、子供じみた下らない理由さ……」


 そう、下らない理由。現実から目を背け、ただその時が来たら機械的に対応しようとした。そんな下らない理由だ。


「その理由って何なの?」

「残念ながら、秘密だ」

「むぅぅ。葉桜君って肝心な部分はいつも秘密にするわ」


(そのほとんどが君に関係する事なんて、口が裂けても言えんよ……)


 なので、ここは一旦笑って誤魔化そうと思い、真昼に視線を向けると、真昼は立ち止まり、俺の顔をジッと見つめていた。


「ねぇ、葉桜君……」

「どうした?」

「なんで、助けてくれるの?」

「真昼」


 それはきっと前から抱いていた疑問なんだろう。その目はいつになく真剣だった。


「なんで、助けてくれるの? なんで、いつも私が辛い時に傍にいるの? なんで、…………貴方は私が欲しい言葉をいつもくれるの? どうして、なんで、貴方は……」


 さっき感情を吐き出したからなのか、真昼の口からは俺に対する疑問の感情がつらつらと出てくる。


 ここで、俺の想いを口にするのは簡単だ。多分それは真昼にとって1番欲しい言葉なのかもしれない。


(それでも、俺は……)


 俺は君に楽な道には進んで欲しくない。自分で考え、自分で道を選んで欲しい。だから今は、俺の想いは伝えない。だけど、それが分かった時の為に、今はヒントだけを君に残そう。


「その答えを、もう真昼は知ってるよ」

「え?」

「少しだけ、高橋じゃなく、周りに目を向けるんだ。……きっと、真昼ならその答えるが分かる筈だ」

「周りに目を……」

「俺からの最大限のヒントさ。もし解けたら、何かご褒美を上げよう」

「ふふふ、何よ、それ。何をくれるのかしら?」

「それは、真昼が考えてくれ。俺に出来る範囲で叶えるさ」


 そう答えると、真昼はぽかんとした表情で俺を見る。それが何とも愛くるしかったので、再び真昼の頭を撫でた。


「ちょ、や、止めてよね、葉桜君!」

「あははは。そう言ってる割には嫌がってる表情じゃないな」

「むぅぅぅ」


 真昼は嫌がってる表情というよりもむしろ、嬉しそうな表情で俺に撫でられている。何だろう、今の真昼は今までで1番可愛く思える。


 そんな事をしながらも、2人で歩いているうちに真昼の家の前まで着いたようだ。今日というある意味、1番長い1日が終わろうとしている。


「着いたな。ゆっくり休めよ」

「うん……」

「高橋には……、まぁうん。俺から何か言っておくわ」

「うん……」

「真昼?」

「うん……」


 何故かミミと同様に今度は真昼がBOTと化してしまった。今度は『うん……』しか言わない。


 なので、前と同じく両の掌を叩こうとしたら不意に真昼が再起動した。


「葉桜君……」

「ん、何だ?」

「本当に今日はありがとう。貴方が来なかったら私、ずっとあそこに居たと思うわ」

「気にするな。……なんて、言えないな。だからありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

「それでね、あの……、その、ね」


 真昼は何か言いたそうにしているが、何やら恥ずかしいのか言い淀んでいる。なので、ここは背中を押そうと声をかける。


「遠慮なく、言っていいぞ」

「そ、そう? でも、恥ずかしくって……」

「俺は気にしないさ」

「わ、分かったわ。……あのね、し、……葉桜君」

「?」




 それから少し沈黙し、真昼は意を決したのか、あの笑顔と共に、その言葉を俺に告げた。



「っ! 今日はありがとう! また、来週からも宜しくね、……!!」


「──────」


「っーーーーー!」


 真昼は俺にそう告げた後、顔を真っ赤にして勢いよく家に入っていった。そして1人残された俺は──。



「うそ、だろ……」



 頭の中が真っ白になる。名前もそうだが、それ以上に、真昼が魅せた、あの笑顔に見惚れてしまった。




 だって、その笑顔は高橋にしか魅せることのない、とびっきりのだったのだから。

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