想いと雨 後編(真昼視点)

*** 真昼視点 ***


「なんでここに……」


 それが今日葉桜君に話しかけた言葉だった。自分でも驚くくらいに冷たい声で、今の私を表しているのか負の感情がこれでもかと乗っているかのように思えた。


 そして、葉桜君はそんな私を見て、になっているように見える。どうしてかは分からないけど、今の私は葉桜君の顔がよく見えない。


「……真昼が心配だったからだ」

「私の事が心配? ……どうして?」

「高橋から聞いた。……告白をクリスマス当日まで延期してもらったって」


 葉桜君の口から健斗から聞いた事を伝えられて、思わずピクリと体が反応した。こんな話、誰にも知られたくなかったのに……。


「だから、ここに来た」

「……理由になってないよ」

「いや、それが理由だ」


 葉桜君は私から視線を離さず、そう断言した。でも私はその見透かしているような眼差しが怖くて、思わず視線を逸らし、『そう……』と、それしか返事することが出来なかった。そして、葉桜君は私には構わずに言葉を続ける。


「なんで、高橋に食い下がらなかった? あれだけ今日をたの──「やめて!!!」」


 私は初めて葉桜君に対して、拒絶を示した。そんなの聞きたくない。こんな話したくもない話なんて、一刻も早く終わらせたくて、言葉を続けた。


「もう、いいのよ……」

「何が、いいんだ?」

「私の気持ちなんてなくても、健斗はクリスマスになったら私に告白してくれるわ。そうしたら恋人になれるの。だから、私はそれまで待つわ……」


 多分、自暴自棄になった人ってこんな感じなんだろうと思った。もう、全部どうでもいいのよ。


「そんなの、真昼が辛いだけだろ……」

「だって、健斗がそう言ったの……。私にもっと喜んで欲しいって。ならきっとその時になったら喜べるわ。だって、その日に恋人になれるのだから」

「それは違う」

「違わないわ」

「いや、違う」

「違わない!」

「違うんだっ!!」

「っ!?」


 葉桜君が初めて私に怒鳴った事で驚いてしまい、茫然と彼の顔を見る事しかできなった。そして彼は自分の想いを私にぶつけてきた。


「喜んで欲しいと言われても、言われた本人がそれを望んでいなかったらそれはただの独りよがりの押し付けでしかない。そんなんじゃ、本当の意味で喜ぶだなんて無理なんだよ……」


「真昼は今日、ここで、高橋に告白して受け入れてもらって、晴れて恋人になるのが一番だったはずだ。それ以上に真昼が喜べるシチュエーションはなかったはずだ!」

「それは……」


 その問いに、何も言い返す事が出来なかった。だって全部本当の事だったから。健斗は私に喜んで欲しいと言っていたけど、今日以上に喜べる事なんてないと思っている。


「真昼、言ってくれ。真昼の気持ちを、本当はあの時、高橋に何を伝えたかった?」


 そう尋ねられ、俯きながら考える。私の本当の気持ち。健斗に何を伝えたかったのか。そんなの決まっている。……気が付けば、するりと、その想いを口に出していた。


「……健斗にしたかった。健斗と、になりたかったよ……」


 それが紛れもない、私の本音。少しだけ、凍り付いた心が溶けた気がした。そして葉桜君は一瞬の隙を付いたかの様に、胸の内にある想いをこじ開けた。


「なら、聞かせてくれ。真昼がその時感じたことを……」

「…………意味が分からなかった」


 ぽつりと、私は自分の中にある感情を言葉にして口にした。どうしてかは知らないけど、彼の前でなら、私は素直にこの気持ちを吐けると思った。


「喜んで欲しいってどういうことなのか、意味が分からなかった。お互いに好き同士なのに、それ以上に喜んで欲しいってなんなんだろうって……」


 私の中にある黒い感情がどんどん溢れ出してくる。けど葉桜君は何も言わず、ただ私の言葉を聞いている。


「告白したいと言おうとしても、健斗はそれを遮って、それじゃダメなんだって、私たちはだから、それに相応しい告白があるんだって……」


「相応しいって何? 私の今日しようとした告白は健斗にとっては相応しくないの? そんなの酷いわよ」


 一度口に出してしまったからかな。もう止まらなかった。これまで溜まっていた黒い感情が次々と溢れ出してくる。


「そんなの知らないわよ。何が相応しいかなんて、そんなの人それぞれだわ……。私にとっては今日だったのよ……」


「いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもそう。健斗は私の気持ちなんて、これっぽちも理解してくれない。理解したつもりになってるだけで、何も分かってくれない!」


 どす黒い感情の言葉が私の口から紡がれていく。こんなにも健斗に対して溜めていたなんて知らなかった。そして、気が付けば葉桜君は私の目の前にいて、傘の中に私を入れる。そこで私は雨が降っていることに気が付いた。


「なんで、自分だけで納得するの? なんで私には相談もしてくれないの? なんでいつも直前になって言うの? なんでいつも私だけが我慢しないといけないの?」


「幼馴染だからって何? 私にはそんなの関係ない! 健斗は健斗なんだから、それでいいじゃない。何がダメなの?」


「私は私よ、……健斗の幼馴染だけじゃない、ただの女の子の藤原真昼ふじわらまひるなの!」


「こんな思いをするくらいなら、あの時、健斗に会わなければよかった。あの時、助けてくれなければ、健斗の事をすきにな──「真昼!」」


 葉桜君は私が勢いのまま、その言葉を紡ぐ前に塞いできた。正直、今、何を言おうとしたのかが分からない。恐らく、"好きにならなかった。"等を言おうとしたんだと思う。そして、それに気づいた葉桜君が、いち早く止めてくれたんだ。



(なんで? どうして? なんで貴方はそこまでして私を守ろうとしてくれるの?)



 それが分からなかった。ただただ葉桜君の事を見つめる事しか出来ないでいると、葉桜君は優しく口調で語りかける。



「真昼は、高橋の事、好きか?」


 突然、葉桜君からそう尋ねられた。健斗の事が好き? そんなの決まってる。と口に出そうとしたんだけど、どうしてかその言葉を口にするのが出来なかった。ここで口にするのは違うと、私の中にいる誰かがそう言っている気がした。


 だからその問いに対して、コクリとただ頷くことしかできなかった。そんな私の行動を見て、葉桜君は更に言葉を重ねる。


「真昼はさ、凄いよな……」

「……え?」

「だってさ、高橋の事を好きになったのは小学校低学年と言う話だから、大体8から10年くらいか? そんな前から高橋の事を一途に好きでいられる。それって物凄い事だと思うんだ。普通なら他の男に目移りするだろうな」


 なんで、葉桜君はそんなことを今話すの? 一体に何に関係しているの? ただただ、葉桜君の事をジッと見つめる事しかできなかった。


「そして昨日、真昼は勇気を出して、高橋をここに誘い、今日、告白をしようとした」


「俺はさ、男の子と女の子の告白って、何というか重さが違うと思うんだ……」

「……重さ?」

「そう、重さだ。……男はさ、バカな生き物だから、下心ありきのワンチャン狙いで告白する奴が結構いたりする。もちろん真剣な奴だって大勢いるぞ? だけどさ、そう言う奴らがいるから、男の告白ってどうしても軽く見える時があるんだ……」


「だけど、女の子の場合は違う。女の子からの告白はさ、にしかしないと俺は思っている。もちろん全部が全部という訳じゃない。中には遊びだったり、顔が好みだからと告白する人もいるだろう。……だけど、やっぱり比重的には女の子の告白は好きな人にしかしないと思うんだ」


 私は今の話を聞いて、なんとなくだけど理解できた。女の子が誰かに告白したとか、告白するという話を今までに何度か聞いたことがあるけど、どの子も本当に真剣で、好きと言う感情が溢れ出していた。それは小町さんも一緒で、彼女の場合は彼からの告白だったらしいけど、少し時期がずれていたら自分の方から告白していたと彼女は言っていた。



(あれ? そう言えば……)



 彼の話を聞いているうちに、ある事に気が付いた。いつの間にか葉桜君の表情がちゃんと見えるようになっていた。そして、傷のある綺麗な顔はとても優しい表情をしており、その瞳は真っ直ぐ私だけを見つめている。


「だから、今日ここで真昼が高橋に告白しようとしたのは本当に好きだからこそ、告白しようとしたんじゃないのか? ……これまでに積りに積もった高橋への想いが溢れ出して、自分じゃどうしようもなくなって、直ぐにでもこの想いを伝えたくて……、だから真昼は行動に移ったんじゃないのか?」

「それは……」


 そう、その通りだった。


「なら、それは誇るべき事だ。確かにその結果は、真昼が望む結果ではなかった。どっちかと言えば、高橋が望んだ結果になったと言うべきだろう。それでも、今日までに真昼が頑張った行いが消える訳じゃない……」


「文化祭の2日目に高橋に言ったっけ、大事なのは起きた結果じゃない。そこに至るまでの経緯だって。……もちろん、結果が良ければなお良しであることに越したことはないけどさ……」


「だからさ、真昼はよく頑張った。他の奴が今回の結果を知って、真昼の事を貶すなら、俺はそいつらを許さない。例えその相手が、仮にミミや雄太だったとしてもだ」


 葉桜君はそう言葉を区切り、私の頭に空いてる手を乗せて撫で始めた。最初はびっくりしたけど、彼から撫でられるのは嫌じゃない。むしろ心地よくって、安心する。だからしばらく彼から撫でられる感覚に浸っていた。


 そして、彼から再度同じ質問を投げられた。


「なぁ真昼。真昼の本当の気持ちをもう一度、教えてくれ……」

「……本当の、気持ち……」

「あぁ」


(そんなの、決まってるわ……)


 さっきは言えなかったけど、今度はちゃんと言える気がした。


「……健斗とになりたかった。健斗にだって、……言いたかったよぉ」


 それが私の本音。その言葉を口にして、次第に凍りついていた心がさっきよりも溶けていく感覚がある。けど、それでも私の感情は動かない。泣きたくても泣けない。そして葉桜君は突然変な事を呟きだした。


「なぁ、真昼……雨、凄いな」

「え?」


 なんで、そんなことを聞いてくるのかが分からなかった。貴方は何を伝えたいの?


「今日はさ、この後、物凄い豪雨になるらしいんだ」

「そ、それがどうしたの?」

「俺たちは今、外、それも屋上にいる。そしてこの場には俺たち2人しかいないけど、校内にはまだ生徒は大勢残ってるだろうな」

「だ、だから、それがどうしたの?」

「このまま豪雨になれば、きっと雨音が強すぎて人の声なんて聞こえないと思うんだよ。特にの声なんて」

「あ」


 そこで、ようやく葉桜君が何を伝えたいのかが理解できた。だって、そんな遠回しに言われたら分からないわよ。けど、葉桜君は私を想ってそう伝えてくれたんだよね。変に気を遣わせないようにって……。


 そう思ったら、さっきまで動かなかった感情に急に熱が帯びてきたのか体が小刻みに震えだす。凍り付いていた心も溶けてきたのか、雪解け水のように私の目尻に溶けた水が溜まっていく感覚がある。


「だからさ、女の子1人の声なんて、この雨音が消してくれて、俺の耳にもきっと、届かないと思うんだよな……」


 それでもう限界だった。私は彼の制服を鷲掴みにし、彼の胸に飛び込んだ。それと同時に物凄い豪雨になったけど、そんなのは関係ないくらい私は力の限り、感情の赴くままに声を上げる。人前で泣いたのはいつぶりだろうか。それくらい私は泣いている。


 だけど、葉桜君が言ったように、雨音が強すぎて私にも自分の声がよく聞こえない。私でさえこれなんだからきっと、葉桜君にまでこの声は届いていないと思う。




 だからだろうね。私は葉桜君に自分の声が聞こえないことをいいことに、力の限り、泣き叫ぶことが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る