第6話
直後に、真理愛さんは足元を見ました。そしてギョッと、目を見開きました。
一歩、二歩と、彼女は後退ります。一体、何から退いているのでしょう。
「く、るな」
足元にそう呟いた直後、彼女の両手は体の後ろにまわされました。外からは彼女自身がそうしたように見えますが、「まわされた」と表現して差し支えないでしょう。
「ヤ……め」
彼女は口を大きく開けて、上を向きました。これも、向かされたというべきでしょうか。なにがそうしたかはまだわかりませんけれど。でもそろそろ……ああ、来ました、今になって、はっきり見えてきました。
夜の暗闇の中、真理愛さんの開いた口のすぐ上から、とても長くて鋭い杭が、ゆっくりと迫ってくるのです。そして足元には、燃え盛る炎。彼女の動けない足をじっくりと焼いていきます。
ああ良い……。これこそ、人と仲良くなる楽しみだと私は思うのです。仲良くなればなるほど、この景色が私の目にもはっきりと見えるようになるのですから。
真理愛さんとは駆け足で仲良くなってしまったので、ところどころ背景などが曖昧ですが、充分です。素晴らしいです。
とてもショッキングな悪夢ですね。悪夢と言うのはたいていショッキングになるものなのですけれど、私が好きなのはそこではなくて、ご本人の反応や、表情や、感情なのです。ああ真理愛さんは、この夢を見て何を想うのでしょうか。自らの口内へ迫ってくる杭と、足を焼く炎の灼熱、それらを感じて涙を流す彼女は、今何を思っているのでしょうか。仲良しとはいえ、私のことを、多少は恨み始めているかもしれません。でも別に、さっきまでの会話が全て嘘だったわけではないのです。ちょっと悪趣味だなと思っていただけです。許してください。……ああでも、一つだけ大きな嘘をつきました。私、命より大切な物がある、なんて思ってません。私、死にたくないんです。
でも真理愛さんと仲良くなりたいのは本心でした。だからどうか、許してください。私の性質を許してください。許してくださいますよね。狂気は希望、ですものね、真理愛さん。
おや……杭が真理愛さんのお口に到達します。あのサイズですと、串刺しの前に口が裂ける心配はないでしょう。夢の中ですから、絶命することもありません。どうか、楽しんで……
*
突然景色が戻りました。
おかしいですね。夢が終了するのは、本人の心が失われたときだけのはずです。
そこには、藤尾さんがいました。体にたくさんの傷を負っている彼女は、抜身の刀を持った状態で、真理愛さんの目の前に立っていて、持った刀には血が滴っていました。左手はうなじに触れています。もしかして、異能を使って自分で自分を斬ることで、一時的に
エレベーターの近くを見ると、黒服の女性たちが山積みになっていました。みね打ちを受けたのでしょう、ぐったりして動けないみたいです。
真理愛さんは、地面にへたり込んだ状態で口を押さえていました。かなり呼吸が乱れていて、弱弱しいうめき声をあげています。
「……ふじお、エマ」
真理愛さんが言いました。悪夢を見終わった方がまともに喋れるはずがありません。
私は手元を見ました。分離していた手枷は、いつの間にか元の通りに繋がっていました。これが原因のようです。
「止めるなんて、ひどいじゃないですか藤尾さん」
「黙れ。お前の趣味に興味はない」
藤尾さんは、真理愛さんの腕をやや強引に引っ張り、手錠をかけました。
「いいのかなエマさん」真理愛さんが苦く笑いながら言います。「私の異能が消えたら、この街の人間が全員、禁断症状を起こして暴れだすよ」
「冷静になれ。そんなこと俺には関係ない。邪魔をするなら全員斬る」
「そっか」
真理愛さんの顔が少し神妙になりました。
「私は、間違っていたかな?」真理愛さんが言いました。
「さあな。その質問に答えられるようなまともな人間は、ここにはいない」
藤尾さんは真理愛さんを引っ張って立たせ、エレベーターの方へ向かいました。私のことは放置です。ひどいですね。
「藤尾さん」
後ろをついていきながら、私はちょっと勇気を出します。
「私と藤尾さんって、相性がいいと思いませんか。戦闘の藤尾さんと、心専門の私で。きっと、偉い人もそう見込んで藤尾さんを選んでくれたんです。実際、今回も私がいないと藤尾さんは危なかったわけで、つまり、ですね、これからもぜひ仲良く」
「助けられたのは認める」力強い声で藤尾さんは言います。「だがお前との任務はこれきりだ。もう二度と、お前の顔を拝みたくはない」
そうして、先を急いで行かれました。
「ああ、つれない人です」
仲良しには程遠い感情を隠そうともせず、私を遠ざける藤尾さん。
どうしてでしょう。また、下品な笑いがにじみ出てしまいそうです。
今まで仲良くなったのは、200人だったでしょうか、300人だったでしょうか。わかりませんが、たくさんの人と仲良くなって、たくさんの悪夢を味わってきました。
「やっぱり、藤尾さんのも見たいなあ」
藤尾さんは私とは二度と組みたくないとおっしゃいましたが、でもきっと、藤尾さんの意思を何も知らない偉い人たちが、私たちをまためぐり合わせてくれることでしょう。
異能狩り死刑囚、漆島萌の仲良し作戦 紳士やつはし @110503
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