第5話


「おい……何してる」


 すると、藤尾さんが苦し気に声を発しました。急かすつもりでしょうけど、ひとまず、聞かなかったことに致しましょう。


「私、あなたともっと仲良くなりたいです」


 そう話すと、真理愛さんは微笑んだまま目をつむりました。


「私もだ、めばえちゃん」


 とっても嬉しい言葉でした。


「えへへ」


 すっかり興奮した私が笑うと、藤尾さんが、声を荒げました。


「おい! なにをふざけたことを言っている! 任務を果たさなければ殺されると言ったはずだぞ!」

「藤尾さん」私は言います。「この世には、命より大切なものがあるんですよ」

「な、に……?」


 地面に這いつくばって、自らの血が滴る床に頭をこすりつけながら、こちらを睨む藤尾さん。可哀そうな、藤尾さん。


「それに、藤尾さんがさっきおっしゃったじゃないですか。標的のことは好きにしていいって。それって別に、協力してもいいってことですよね?」

「貴様……」


 ものすごい恨み顔です。それだけで人を殺せそう。


「はは」


 真理愛さんが笑い声をあげました。滑稽に思えたのでしょう、藤尾さんのことが。真理愛さんは黒服たちに指で合図をしました。すると、黒服たちは藤尾さんの周りに集結しました。きっと運び出すつもりでしょう。


「ところで」と、私は仕切り直しました。「この街はどうして、『始まりの街』と言うのですか?」

「ああ」


 やれやれ、と言った風に真理愛さんは答えます。


「ここから国全体の支配を目指すからだね」

「へえ、ゆくゆくは国の統治を」すごいことです。

「そ。私の力があれば、完璧な政治ができる。みんなが幸せで、豊かな国がつくれるはずなんだ」

「いいですねえ、街の皆さんも幸せそうでしたから、真理愛さんならきっとできます」


 真理愛さんは少し視線を下げましたが、しっかりと微笑んで、リボルバーをジャケットの裏にしまいました。

 そこで、私は一番聞きたかったことをたずねることにしました。


「あの、真理愛さん。もう一つあなたについて知りたいのですが」

「なに?」


 無表情で首をかしげる姿も色っぽいですね。

 続けましょう。


「あの、あなた自身は、あなたの強制依存あらよがりの対象になりますか?」

「ううん、ならないよ」


 彼女は私をじっと見つめたまま首を振りました。


「だから、私自身はどうしても耐えなきゃいけないんだ」


 その言葉を聞いて、私は心底ホッとしました。


「そうですか、それならよかったです」

「ん、なにがよかったの?」

「真理愛さん」

「……なにかな」


 理解が追い付かないというような、そんな顔です。けれど、それがすぐに疑いや敵意になることはありません。なぜなら、私たちはもう仲良しだからです。


「私の異能あがしろ、教えておきますね」

「ああ、なんだ。そうだね、仲間になってくれるなら、いずれは知らないとだし」

「そうなんです。ですからお教えしますね。私の異能あがしろは、悪夢顕現ゆめみおくり

「それは、どういう」

「悪夢を見せる……力です」

「悪夢」


 私は彼女の頬に、手を伸ばしました。触れるためです。すると真理愛さんは、その手を振り払いました。

 彼女の表情は平静を保っていましたが、瞼の微かな痙攣などから、少しの焦りが見て取れました。


「どうしましたか?」

「私に異能をかけようとしているなら無駄だよ」


 なかなか鋭いお方です。


「どうしてですか」

「二つの異能が衝突したとき、より熟達している方が勝つ」

「ああ、なるほど」


 たしかに、この街のためにずっと異能を使っていたなら、相当な熟練度になっているでしょうね。それこそ、私以外なら負けることは無いかもしれません。


「あははは」


 和ませるために笑ってみたのですが、ノリを間違えてしまったようで、ものすごく異常なものを見る目をされてしまいました。

 ああ、可哀そうな私。そして、もっともっと可哀そうな真理愛さん。

 私は、あふれ出す気持ちを隠そうともせず、にへらと、下品な笑顔を浮かべてしまいました。


「実は私、もう我慢できなくて」


 私は、目の前の真理愛さんに向けて手を振りました。彼女は咄嗟に銃を取り出しましたが、無意味なことです。そもそも私たちは仲良しなので、引き金を引くことすら叶わないでしょう。だからもう、全てが手遅れなのです。


「いってらっしゃい、真理愛さん」

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