第4話

 藤尾さんは片膝をついた状態で真理愛さんを睨み、刀を手にしていましたが、顔色は悪く、呼吸も荒くなっています。出血もまだ止まらない様子。


「私は淀川真理愛よどがわまりあ


 彼女は椅子から立ち上がって言いました。リボルバーの銃口は藤尾さんの方に向けたままです。

 名前は既に存じ上げていますが、どういうつもりなのでしょうね。


「そこの、黒いワンピースのお嬢さん」と、私の方を向きました。「君は誰?」


 ああ、なるほど、名前を聞くための名乗りだったのですね。納得です。


「心配しなくてもいいよ」真理愛さんは続けます。「名前を言わなくても、君も既に私の術中だから」

「え、ああそうですね、私は、」


 名乗ろうとしたら、また銃声が鳴りました。


「ぐああ……」


 藤尾さんは、上げていた方の膝を抱えて悶絶します。そこにはいましがた出来上がったばかりの穴がありました。


「動かない方が良い」と、真理愛さん。「別にね、いたぶるのは趣味じゃないんだ。異能あがしろを活かすためにやってるだけなの。まあ、もうすこし時間が経てば、今の傷だってすぐに生きる活力になるはずだけどね」


 彼女はそう言って笑いました。結構鋭い雰囲気のお方ですが、意外と喋るのがお好きなようです。それとも、イライラしていらっしゃるのでしょうか。


「それで?」


 再度こちらを見る真理愛さん。

 手枷のせいでスカートをつまむことができないので、お辞儀だけ丁寧にしておきます。


「申し遅れました。私は漆島萌うるしまめばえです」

「めばえちゃんか」


 真理愛さんは銃を持っていない手で、形の綺麗な顎をさすりました。


「その枷はなに? 君って、罪人なの?」

「そうですね。罪人なので、こき使われてここまで来ました」

「何のために?」

「ああ、それは、」


 ガシャン、と、手元で重々しい音がしました。

 見てみると、あら不思議。大きな手枷が真っ二つに分離しているではありませんか。


「お前を食い殺すためだ」


 藤尾さんがいいました。見ると、彼女は自分のうなじに手を触れていました。そこに埋め込んだスイッチか何かがあるのでしょう。

 彼女は間もなく、床に両手をつきました。呼吸がさらに荒くなっています。おそらく異能が効いてきているのでしょうね。まともに動けないみたいです。

 ともかく、これで一旦自由の身というわけです。手枷はまだ両方に残っているのでまだ違和感がありますが、両手首をぐるぐるほぐして、たまっていた痛みを和らげてみました。しっかりと異能も使用できるようになっています。


「ねえ君」真理愛さんは私に銃口を向けました。「私のところにこない? 支配される側じゃなくて、する側としてさ。そしたら、異能あがしろも解いてあげる」

「勧誘ですか。ちょっと気になるのですが、私のどんなところがお眼鏡にかなったのでしょう」

「一つは顔かな。私の好みピッタリなんだよね、君」

「えへへ、ほんとですか?」予想外の言葉に、思わず赤面しちゃいました。「とってもうれしいです」


 この建物に女性しかいない理由は、単純にこの人の趣味だったということでしょうか。いいですね、そういう自分に正直な人は好きなんです。


「あとは、目つきかな。ちょっと狂ってるけど、裏の無い目。私はね、まともなふりをする人間を信用しないの。そういう人達のせいで、この国は弱ってしまった。だからね、私への好奇の視線を隠そうともしない、君みたいな人材が必要なんだ」

「えへ、バレちゃってましたか」

「最初からね」


 なんだか恥ずかしくなって、ほっぺに手を触れたりしてみました。ほんのり熱いです。


「たしかに、どうしてみんな、自分の狂気を隠して、まともなふりをするのでしょうね。それってすごくつまらないことだと私は思うんです」

「そう、その通りだ」


 真理愛さんは銃口を下ろして、私を見つめながらこちらへ歩み寄ると、私の両肩に手を置きました。


「私はね、狂気は希望だと思うんだ」

「素晴らしいです」


 私は拍手をしました。手枷が外れたからこそできることです。ありがたいですね。

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