第3話
車から降りてみるとわかったのですが、藤尾さんは、刀を武器とするようです(刀って初めて見ました)。スーツのジャケットから下がる黒い鞘には、流水を描く藤色の模様が描かれています。カッコいいですね。
それはそうと、例の高いビルの中に来ました。一階はおしゃれなエントランスといった見た目でしたが、警備などは一人もおらず、どころか、灯りなどもついていませんでした。ところが歓迎するようにエレベーターの灯りだけはついていたので、藤尾さんと二人で乗り込んで最上階まで来てしまいました。(密室で一気に距離が近くなったので、藤尾さんの髪が揺れると、ちょっと良いシャンプーの優しい香りがしました)
扉が開くと、すぐに大きな空間に出ました。透明感のあるフローリングの大部屋。四方を囲むガラス張りの壁からは、始まりの街ブロンドの怪しくも輝かしい全貌と、その向こうに広がる暗い街の姿まで、はっきりと見渡すことができます。
部屋の中心、つまり私たちの位置から20メートルほど離れた先には、机が1つ置いてありました。背もたれの高い椅子と、大き目な大理石製の机。その机を囲うようにして、黒づくめの女性たちがざっと10人ほど、こちらを睨んで立っています。
なるほどこの建物には、どうやら女性しかいないようです。大理石机の椅子に座っていたのも、女性でした。肩までかかる桃色のふんわりツインテールが特徴的な女性です。歳は、私よりは上の印象ですから、28とかでしょうか。(思ったより若いですね)。服装は、軍服のようなカッチリとしたジャケットを着ていらっしゃいます。間違いなく、あの人が淀川真理愛さんでしょうね。
私と藤尾さんがエレベーターから降りたのを確認すると、黒づくめの女性のうち一人が前に出ようとしましたが、それを真理愛さんが手を伸ばして制止しました。
「やあ。待ってたよ。藤尾エマさん」
と真理愛さんは言いました。私のことを忘れられているのはさておき、どうして藤尾さんの名前を知っているのでしょう。うらやましい。
まあそれはそうと、挨拶をされたのは間違いないので、私も挨拶を返さなければなりませんね。
そうして、口を開きかけたとき、
ダンッ、と、真横から大きな音が鳴りました。遅れて、突風が吹き荒れて、私はワンピースのスカートを押さえます。
藤尾さんが先制攻撃を仕掛けたのです。
一瞬のうちに、藤尾さんは20メートルの距離を詰めました。周囲の黒服たちは、反応すらできていません。彼女は大理石の机を片足で勢いよく踏みつけると、乗り出した上半身の力を刃に乗せ、標的の首筋めがけて刀を水平に振りました。
10時から12時方向のガラス張りに、一本の切れ目が出来上がり、そこから空気が流れ込んでくると、周囲にいた黒服の2、3人が、真っ二つになって倒れました。ものすごい力ですね。ここまでの道中に見張りがいなかったのは、別に挑発ではなかったのでしょう。藤尾さんが殺生をためらわない人である以上、何人の部下が犠牲になるかわかったものではありませんからね。
まあ、それはともかくとして。攻撃は通りませんでした。
「
真理愛さんがそう言った時、藤尾さんの攻撃がピタリと止みました。街の明かりを反射する刃は、相手の首に触れるほんの直前で停止し、震えていました。
真理愛さんは人差し指で刀をどかすと、椅子のひじ掛けに頬杖を突き、微笑みました。
「クソっ……!」
藤尾さんは憎らしそうに顔を力ませ、刀を上段に構えました。一気に振り降ろされた刃は、やはり真理愛さんの寸分手前で停止し、桃色の髪を散らすことさえ叶いません。
真理愛さんはジャケットの上着の裏から何かを取り出しました。それを藤尾さんの前に差し出すと同時、強い光とともに大きな音が鳴りました。
「ぐア……」
藤尾さんは数歩後退り、右肩を押さえました。出血しています。真理愛さんの手には、旧式のリボルバーが白い煙を立てていました。
藤尾さんは床に膝をつきました。肩はかなり痛むでしょうけど、それではなくて、自分が犯したミスへの絶望感が原因かもしれません。
多分、精神掌握系の異能でしょう。彼女がいないとダメな体になってしまって、攻撃したくてもできない、とか。違法薬物みたいなものでしょうか。
「
真理愛さんは机に肘をついた状態で、銃口を藤尾さんに向けたまま言います。
「エマさんの
そして左手の指先で目尻に触れ、微笑を浮かべました。
「でも、斬る物がなければ意味がないよね。私とは相性が悪いんだよ、エマさん」
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