第4話:現実と異世界の境界

スタッフルームの椅子に座りながら、冷えたコーヒー缶を手に取った。現実に戻れた安堵感と、異世界で見た崩壊した光景の衝撃が入り混じり、思考はまとまらない。


「何がどうなってるんだ…」


POSの青いボタンに視線を移す。あれを押した瞬間、設備が動き出し、光が生まれた。だが、それと同時に異世界が目の前に広がったのも事実。考えれば考えるほど理解が追いつかない。


とにかく、もう一度確認する必要がある。慎重に立ち上がり、スタッフルームのドアに手をかけた。息を整え、少しだけ隙間を開けて外を覗く。


そこには夜のセルフスタンドが広がっていた。車通りもなく、静まり返ったいつもの風景だ。ドアを大きく開け放ち、完全に外に出ると、足元にあるコンクリートの冷たさが現実感を伴って伝わってくる。


(戻ってこれたんだな…)


ほっと胸をなでおろしながら、周囲を確認する。給油機も無事。街灯も明るく、闇の恐怖なんてどこにもない。だが、たった今まで異世界にいたという事実が頭から離れない。


「本当に現実と異世界がつながってるのか?」


もう一度スタッフルームに戻り、ドアを閉める。そして意を決してPOSの青いボタンを押した。途端に、設備の起動音が響き渡る。


外に出て確認しようと、再びドアを開けると、今度はあの闇に包まれた異世界が広がっていた。セルフスタンドの光だけが敷地内を守り、その外は静寂と暗黒が支配している。


「本当に切り替わってるんだな…」


ドアを閉め、再び開ける。今度は現実世界。これで確信した。このスタッフルームのドアは、現実と異世界を行き来できる境界となっているのだ。


(これ、もしかして…俺だけが知ってることなのか?)


この能力がどういう仕組みなのかは分からない。だが、この奇妙な現象が持つ可能性を考えたとき、胸が高鳴るのを感じた。同時に、あの暗闇に取り残された存在たちのことが頭をよぎる。


ゾンビや荒廃した建物――それが意味するのは、かつてそこに人が住んでいたということだ。まだ生き残りがいるかもしれない。


「俺に…何ができるんだろう…」


独りごちながら椅子に再び腰掛ける。この境界を使えば、現実の物資を異世界に持ち込むことも可能かもしれない。そう考えた瞬間、ふとスタッフルームの隅に置かれたホウキやモップが目に入った。


「とりあえず、次は外の片付けだな…」


そうつぶやきながら、懐中電灯を手に取った。何ができるかなんて、動いてみないと分からないのだ。

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セルフガソリンスタンドの光~ボタン押しが異世界へ~ @niho_

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