つまさきのひと。

夜顔学派

つまさきのひと。



 つまさきのひと、というのが私の通っていた高校に伝わる怪談だった。



 つまさきのひと、は向こう側が存在する死角に現れる幽霊で学校ではだしの、足の指がむき出しになったつまさきが見えることがあればそれはつまさきのひと、だという。


「でも、みちゃだめらしいよ」

 私にその怪談を教えてくれた友人はその時、コーヒー牛乳を飲みながらそう、言った。少し味の薄い、学校の近くのスーパーで売っているコーヒー牛乳。傍らには購買で買ったコロッケサンドが置かれている。


 「みちゃだめって、何?つまさき?」

 私は興奮したような声で友人に尋ねた。当時の私は怖い話、それも怪異が原因にしろ人間が原因にしろ、人が死ぬような血なまぐさい話がやたら好きだったのだ。


 「いや、顔だって」

 一方で友人の受け答えはかなりそっけないものだった。

 今、思うと、友人は別に怪談などに興味を持つタイプではなかったのだろう。

 おそらく、話題にしたのは入学したばかりの高校に、小学校にも、中学校にも存在していなかった、わかりやすい怪談話が伝わっているという事実が面白かったので、そういうのが好きな私にちょっと教えてやろう、くらいのノリで話しただけだろう。


 「見たらどうなるんだろう?」

私は友人に尋ねた。

「知らない。死ぬんじゃないの?」

友人は言った。

「なんでその幽霊、つまさきのひと、っていうんだろうね」

私は言った。

「あ、もしかして首をつって死んだ人の幽霊なのかも。それでドアの向こうからつまさきだけが見えてそう呼ばれてるんじゃない?」

私は言った。

「しらない。でもそういうこと考えたり行ったりするの失礼じゃない?そういうのって人のプライベートにかかわることだし、幽霊として出てきたとしてもとやかく言うのは失礼だよ」

友人は言った。


「そっか」

私は言った。その通りだった。友人の言うように他人の死を面白がってはいけない。

 そこで、この話題はそこで終わり、その後は授業の内容やら最近見た動画の話に移り変わっていったように思う。


 当時の私は人死ぬような血なまぐさい話が好きだったが、この時友人に言われたことへの罪悪感に加え、そもそも最初から現実でそういう目にあってしまうという事実に人一倍恐怖心を抱いているような性格なのもあって、実際につまさきのひと、を探しに行こうなどということはなく、むしろつまさきのひと、がいそうな場所にはできるだけ行かないようにしようとこっそり思っていたくらいだった。


 なので現実の怪談や事件などへの興味はありはしても積極性のあるものではなく、次第に私の興味はフィクション作品へと推移していき、この話も次第に忘れていった。



 それから、再びこのつまさきのひと、の怪談が友人と私の間で話題に上がるのは何年も経った後の、大学生になってからのことだった。

 その当時、友人は地元の大学に進学した一方で、私は別の地方の大学に進学していたので、対面での会話ではなく、もっぱら共通で利用しているソーシャルネットワークサービスの通話機能での会話がほとんどだった。


 「でさ、たぶん企画したのうちの高校に通ってた人だよ、たぶん」

と友人は言った。お酒も入っていたせいもあり、心なしか上機嫌だった気がする。


 友人によると、来月行われる大学の学園祭でつまさきのひと、の怪談を題材にしたオリジナル演劇をするグループがあるらしいと構内で噂になっていたのだ。

 

 とはいっても、正直それだけではあまり噂になるようなことではない、と友人は言った。

 「でも、ここがおもしろいところなんだけどさ。そのグループ、事前の宣伝が凝っているんだって。ほら、うちの知り合いの奴も動画、出してるし」

 そういって友人はアプリでリンクを貼り付けてきた。

押してみると、別の動画投稿アプリでサムネイルには大学の廊下に数人の生徒が立っている様子が映し出されている。


「ほら、ちゃんと見てる?」

 友人が言った。

 私は促されるまま、友人の奥ってきた動画を再生する。



  一人の学生が廊下を歩いている。そこへ、背後から別の学生が駆け寄る。

 「ちょっと、どこ行くの?」

 「いや、普通に食堂にいくだけだけど?」

二人は親しげに会話をする、と、片方が何かに気が付いたようにして足元を見る。

「なんだあれ?」

「鏡?」

二人は鏡を発見し、恐る恐る、鏡をのぞき込む。

「うわっ」

二人は大声を上げて叫び、その後、うつむいたように顔を覆い隠し、すすり泣き始める。

 その後、カメラはズームしていき、床に放り出された鏡がアップで映し出される。

アップになった鏡には、さっきの二人とは別の学生の変顔が大きく映し出され、それと同時におどろおどろしいエフェクトと効果音がかかる。

二人で鏡を持って驚く背後にさっき変顔をしていた学生が立っている。

 おどろおどろしいエフェクトがなくなり、今度は間抜けな効果音がかかり、それと同時驚かされた学生二人が生徒が変顔をしていた学生をわざとらしくにらみつけた後、三人で笑いあう。

 その背後の曲がり角に画像がアップし、そこにちらりとはだしのつまさきが映り込む。

 それと同時に画面が白黒になり、心霊番組風のBGMが流れ出し、画面に砂嵐が走る。

 そこに、つまさきのひと、を決して見てはいけないという文章が表示されて、動画は終わった。




 「寸劇じゃん、これ」

私は言った。

 「まぁ、そうだね。でも、寸劇に出てた鏡ってのは動画をとった生徒が用意したものじゃないらしいよ」

友人が言った。

 「話によると、学校の廊下を歩いていたら、廊下の曲がり角のところに鏡が置いてある。それも、角度的に廊下をまっすぐ歩いていたらちょうど、向こう側にいる人の顔が見えるような位置に。で、最初は落とし物とかいたずらとかだと思われてたけど、最近文化祭の活動が本格的になって、演目とかが提出されて行って、どうもつまさきのひと、を題材にした演劇でそのストーリーのあらすじが鏡を使ってつまさきのひと、の顔を見ようとするって内容らしいから廊下の鏡もそれの再現なんじゃないかってSNSで噂になって、そういう動画もいくつか作られて、この鏡は事前告知の宣伝みたいなもんじゃないかって話になって。それで、今ちょっとしたブームになってるらしい」

 「ブームって何が?」

 「え?決まってるじゃん。鏡を探して、集めるのが」

友人は当たり前のことのように言った。

 「でも、そんなことしたらなんかダメなんじゃない?その話が本当なら、その鏡を設置しているのはその企画をしている人でしょ?持って帰ったら迷惑にならない?鏡だって無料じゃないんだから」

私は言った。

 「でも、そもそも廊下に勝手に鏡を置くのが迷惑だよ。そもそもさ。学校だって、学園祭の出し物の宣伝はポスターと事前告知放送、各種SNSによってのみ行ってくださいっていってるんだから、そういうこと無許可でやってる方が普通にやばいわけ。それをこっちが落とし物として回収しているだけだよ」

友人は言った。

 「じゃあ、やっぱり、そういう宣伝をやってるグループはないってこと?」

と私が尋ねると、

 「いやいや。だから、そういう、建前ってことだよ。この学校にはつまさきのひと、を信じて顔を見ようとしている学生がいて、うちらは不通に邪魔だから鏡を拾う。でも、そういうこともあったから、つまさきのひと、を題材にした劇にリアリティが出て人気になる。そういう流れがあるってこと」

「それに、たくさんあるこういう動画の中に、たぶん企画者本人も絶対混ざってると思うよ。そうじゃないと、鏡が落ちてるなんてのが演劇の演目とこんなにスムーズに結びつくことなんかないだろうし」

と友人は答えた。

 たぶん、そういう動画で遠回しにどういうふうに解釈すればいいか誘導しているんだと思うよ、友人は言い、そのままその話題は終わった。



 それから一週間は何もなく、友人からの連絡もなかった。なので、私もその内容についてすっかり忘れていた。


 その話を再び思い出したのは、私はアルバイト先の図書館の地下の閉架書庫で返却された本を返すの作業を行っていたときのことだった。


 その当時、わたしは拘束時間の短いアルバイトを探しており、なかなかそういうのが見つからない状況の中、図書館司書の資格のために受講していた授業で3時間程度の書架整備をするアルバイトを募集しているという情報が入ったのですぐさま応募し、そのまま働いていたのだった。

 アルバイト先の地下書庫は職員が利用者が許可を取らなければ入れないのもあり職員を含め、基本的に人がいなかった。

 それに加え、電気代節約のためか、基本的に電気が消えており、人が通った時だけ人感センサーによって電気が付く仕様になっていた。

 なので、基本的に薄暗く、それに伴って薄気味悪い雰囲気が常に漂っていた。

それに加え、書架であるので部屋は本棚で埋め尽くされ、狭い通路が大量にあるような状況であり、自分の作業していない通路のセンサーが反応してしまい、そこに確かめに言ったら誰もいない、あるいは得体のしれない化け物がいたらどうしようといつも想像し怖くなるので、地下書庫での作業は私がこのアルバイトで一番苦手な作業であった。

 だからだろうか、その日作業中にふと、わたしはつまさきのひと、の話を思い出したのだった。


(ここでつまさきのひと、が現れたらそれに反応して明かりがついたままになるんだろうな)


と作業中の私はふっと、そんなことを思った。


 それから、いやそんなことを考えるのはよくないと慌てて思った。

というのも、信じていないとはいえ、ホラー作品を見るのが好きなのは変わらないので、そういうことを考えたら現実になるかもしれないという忌避の感情はある程度持っていた。

 なので、これ以上考えないようにして作業を行っていたが、そういうことをすればするほど、逆に考えてしまう物のようで、作業中はずっとそのことにおびえながら作業をしていた。


 なので、全部の本を返せたあとは一気に緊張がなくなり、いそいで地下書庫から出るとエレベーターホールにいそいで行き、上の階に行こうとした。

が、そのせいだろうか、急におなかが少し痛くなった。

 作業は一通り終わったので、いったんトイレを借りるかとその時の私は思い、エレベーターのわきに或る地下書庫利用者用のトイレに入った。

トイレの中は地下書庫と打って変わって常に煌々とした明かりがつきっぱなしになっており、最近になって作られた設備なのもあって小奇麗だったので、トイレの中は安心感すら放っていた。


 (そういえば、小学校の時に使っていたトイレはセンサー式ですぐ暗くなって大変だったな)

と私は用を足しながら、のんきにそんなことを思いながら便座に座り込んでいた。


 (そういえば、書架で作業中につまさきのひと、に対してビビってたけど、よく考えたらあれは地元の高校に伝わる怪談なんだからどう考えてもここに現れるわけないな)


 とか思い安心しながら、扉に手をかけると、扉が重い。開かないのだ。

不思議に思って手元を見るも、鍵はしっかり開いている。

 こんなに新しい設備なのに建付けが悪くなったのだろうか、と思い扉に肩を当てて体重を乗せて無理やり開けようとするも、開かない。トイレの扉が引き戸になっているわけでもない。

 なんども、何度も開けようと体当たりする。どうにも、扉が開かない。まるで向こう側を重いものでふさがれているかのように、と思った瞬間だった。


 みている。扉の隙間から何かがこちらを見ている。そして、それと目が合いそうになった。


 そう思った瞬間、私はすぐに扉を引いて閉めて、手元にあるカギを掛けて、今度はさっきと逆に扉を抑えつけた。


 が、しばらくそうしていても何もない。

私は茫然とトイレの中で立ち尽くしていると、ズル、ズルっと何かが這いずるような音がして、それが終わったと思った後。

私は、今がアルバイトの最中であったことを思い出し、扉に手をかけて開けた。


 扉の外には誰もいなかった。が、床に小さな手鏡が落ちていて、それがまっすぐ天井を映し出していた。


 私はそれを見ると一目散にそこから立ち去った。



 「えぇ?本当に幽霊を見るなんてすごいじゃん。もっとなんかなかったの?」

さっきまで自分に合ったことを連絡すると、友人はそう答えた。

 アルバイトが終わった後、家に帰るのもなんとなく嫌だったので、そのまま24時間経営のネットカフェに行き、そこでマンガを読んで時間をつぶしている時にふと、    友人に相談したらどうだろうか、とふと思いついたのだ。

 私の記憶している友人はこういったオカルト的な悪乗りをするような人間ではなく、私に起こった出来事も友人なら、ホラーばかり見ている私の妄想だとはっきり言ってくれるのではないかと、私は期待していた。

 でも結果は違った。

 友人はしきりに私にあった出来事の詳細を聞き出そうとし、その内容にある程度満足した後、今度は私にあった出来事をSNSに投稿してもよいかと言った。

本当は嫌だと言いたかったが、そう答えても友人はそのままこっそり投稿するだろうと思ったので、もう勝手にすればいいと、私は言った。

 私がもう友人と話したくないな、と通話をやめるタイミングをうかがっていると、

 「あ、そういえば知ってる?」

と、友人は言った。

 「首つりをするときってさ、なんか天井にロープを吊ってってイメージが強いけど、そうやって死ぬのは大変だし、梁みたいな頑丈な支えがないと普通に体重を支えきれずに失敗するらしいし、もっと簡単に座ってできるような方法もあるから実際はみんなそっちでやるらしいよ」

友人は言った。

 「あと、鏡が捨てたいなら、その鏡は割って捨てないといけないらしいよ」

友人は言った。

 「あ、でも、実際に割り振られた鏡をそうやって捨てないと、駄目か。拾わなかったのは失敗だったね」

友人は言った。

 「あ、でも駄目でもやってみる?新しく送ろうか?鏡」

友人が言った。


 「わたしもさ、最初にこの話を聞いたとき、疑問に思っていたわけ。なんで鏡を床にぺたんと、天井に見えるように置くんだろうって。噂がどんどんエスカレートして普通につまさきのひと、の姿が暴かれて行ってるのに誰も死んだり事故にあったりしないんだろうって。全部見えるようになったのになんでずっと、つまさきのひと、って呼ばれ続けているんだろうって」

友人は言った。


「でも、ずっと勘違いしたんだね。あの女の幽霊はつまさきのひと、じゃなかったってわけ」


「でも、あの女も自分の子供はあたまから生まれてくるって勘違いしてたんだしおあいこだよね。きっと」


「ほら、推理小説でもあるじゃん。完全な密室で殺人事件が起きました。犯人はどこにいるでしょうってやつ。ほら、最初から密室の中にいた、密室の中に隠れていたが答えの奴」


「ずっと出られないから、ずっと、出たがってるんだろうね、アレ」


「でもさ、嘘のふりして、それでこっちに付きまとって置いて、こっちに拡散だけさせといて、解釈やら演出だけやらせといて、こっちの責任だとか言って、ちょっと見ただけで呪うなんて態度として本当に許せないから、ばきばきにしてやったんだよ、私ら」


「ざまあみろっての」


そう言って、電話は切れた。


 そしてその日の晩、私は夢を見た。 

 私の顔の枕元に女が立っていた。顔は陰に隠れて見えなくて、つまさきだけが見える。

 そして、そのつまさきのうえから、ずる、ずる、ずる、っと何かがはい出すような音がした。

 私が上を見上げると、そこには友人の顔があった。


 「このこは逆子だから、失敗したの?」

私が尋ねると、友人は、

 「逆子もくそもないよ。病院にもいってないんだから」

と言った。


 それを聞いて、ああ、友人たちが怪異に組み込まれてしまった時点で、あの怪異は私の学校に伝わるつまさきのひと、とは別のものになってしまったのだろう、と、私はなんとなく思った。

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つまさきのひと。 夜顔学派 @sabazusimusyamusya2024

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