第4話 新しい生活

 授業中に隠れて、生徒手帳に書かれた校則を確認する。こういう、法律っぽい文章を読むのも、社会人の時によくやっていたから慣れている。該当ページには、新しい部活を作る場合は、メンバーを5人以上集めて、顧問の先生を決めなくてはいけないらしい。いや、教師のブラック企業振りを考えると、メンバーよりも先生を集めるほうが大変だろうな。まだ、異動したばかりの先生を狙うか。それとパソコン部の動向も気になる。ゲームを作るなら、できる限り高性能なパソコンが欲しい。そんなパソコン、高校生なら学校の備品を使わせてもらうしかない。


でも、パソコン部に人が多かったら、使わせてもらえるパソコンが少なくなってしまう。いや、そもそも新しい部活をゼロベースに作るんじゃなくて、既存の部活の一部門として入れてもらうとかもありだな。新入生が入ってきたわけだし、ほとんどの部活が新入生募集中で、特に梨華みたいな美少女が加入するなら泣いて喜ぶ高校生が多いだろう。うん、悪い話じゃない。


「おう、道隆。今日は、幼馴染の後輩と登校か! モテモテだなぁ。でも、本命の恋人が嫉妬しないようにしろよな」

 高橋勝也が意気揚々に新しいクラスに入ってきた。こいつとは高校1年から3年までずっと同じクラスだった。こっちの世界でも同じ運命のようだな。


「おい勝也。まずは、同じクラスになったことを喜ぼうぜ。今日は、再会を祝して一杯どうだ?」


「なんだよ、道隆。また、古い洋画にでもはまったか。中年のおっさんかよ」

 やばい、また昔の癖が。いや、言うほど昔じゃないし。つい最近(当社比)だし。当社比なんて、大人の汚い保険だと思っていたのに、心が汚れちまった悲しみに泣きそうになりながら、ごまかす。


 ちなみに、勝也とは腐れ縁で、最終的にはうちの会社の副社長になってもらっていた。こいつは女の子にモテたいからというありきたりな理由で、ギターにはまり、軽音部で大人気になった。学園祭のステージでは、涙を流す生徒まででる始末、大学時代は真のアーティストは分野を選ばないと言って、小説を書き始めてしまった。それもどこかの地方文学賞で賞を受賞し、俺の会社で一緒に働きながら、年に数本は本を出版。さらに、ユーチューブで演奏してみたを投稿し、数十万人の登録者数を誇っていた。こんな感じで、興味が赴くままにいろんなことに手を出し会社の何でも屋、ゲフン、ゲフン、じゃなくてオールラウンダーとして、最強の補佐役として、俺を支えてくれた。副社長は副業で、本業はマルチメディアアーティストを名乗っていた変わり者だが……。


 そうだ。勝也に頼めば、音楽やストーリーを作ってくれるかもしれない。アリだな。こいつとは、20年近い付き合いとなっていたのに、ミヤビとは違って、絶対的な信頼がある。喧嘩したことはあったけど、お互いに寝たら忘れるくらい相性が良い。


 それに、勝也と好きな映画や本の話をしながら、餃子やからあげをつまみながら飲むビールやハイボールは最高だった。あの最高の時間を再現するには、あと3年は必要だけど、一緒に何かを作れば、あの時以上に楽しい時間になるだろうな。ちなみに、30を超えてからは、サラダも飲み会のメニューに加わったのは……まあ、忘れよう。


 なんて口説き落とそうかな。だが、俺みたいな人間がいきなり話すよりも、何か実績を作って、それを見せながら教師や勝也を説得するほうがいいな。これも社会人生活の癖だが、何か形あるものや実績があったほうが、信用がケタ違いだから。そりゃあ、絵に描いた餅を見せられるよりも、美味しそうなお雑煮のお椀を渡された方がみんな喜ぶよな。


 よし、決めたぞ。とりあえず、今日の夜にとりあえずやってみよう‼

 こういうのは、考えたり悩んでいるよりも行動しちゃったほうが意外とうまくいくし、わからないところが出てきたら詳しい人に聞くのも現物があったほうが聞きやすいし、理解も早い。むしろ、なんで高校時代の俺は、失敗を怖がっていたんだよ。行動すれば、わかるようになることの方が多いのにな。


「何だ誰もわからないのか? では、次は矢口! この英文を和訳しなさい」

 ぼうっとしていたら、老教師に指名されてしまった。

 翻訳サイト欲しいぃと思いつつ、「えーっと」と言葉をつないで時間を稼ぐ。


「『明日死ぬかのように生きなさい。永久に生きるかのように学びなさいとインドのガンディーは言いました』ですか?」

 聞いたことがある名言で助かった。ガンディーの絵が教科書に書かれていたから、ピンと来たんだ。


「うん、なかなかいいな。これが仮定形のas ifを使った特殊な形だから皆覚えておきなさい。テストに出すよ」

 教室からは、「おおー」という俺を称賛する声があがった。まぁ、正直、高校の成績は中の中くらいだったから、いきなりスラスラ和訳ができたことに驚いているんだろう。結構難しい問題だったし。

 

 勝也は「成績が悪すぎて、塾の春講習にでも行ってきたのか?」なんてチャチャを入れられた。うるせぇ、大きなお世話だ。塾の春講習よりもはるかに長い勉強したんだよ、俺たちはさ。

 

 やり直し人生初めての授業は、大活躍した形で無事に終わった。




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