第3話 最愛の後輩
ずっと会いたかった人が見えた。それだけで、泣き崩れかけるほど嬉しかった。
言葉が出てこない。なんて話しかけていいのかわからない。彼女は、ゆっくり先に進んでいく。ダメだ、時間は有限だ。彼女のために時間を使いたいと思った、決心した。
「梨華っ‼」
思った以上に大きな声になってしまった。梨華はびっくりした様子で振り返り、言葉の主が自分だと知って笑顔になった。他にもいた数人の生徒から注目を浴びてしまった。少しだけ申し訳なく思ったけど、他人のことを気にして、一番大事な人と過ごす時間を減らしたくはない。
「道隆センパイ、どうしたんですか?」
そうか、まだ付き合ってないから、センパイ呼びなんだな。小学校までは、道隆君だったのに、中学に上がって、周りの目があるからと変わってしまった。
「ずっと、会いたかった」
「会いたかったって、春休みも何度か会ってますよね、私たち。他に言うことないんですか? わざと会うためにゆっくり歩いていたのに、なかなか来ないから会えないんじゃないかと不安になっちゃいましたよ」
桜の美しさに負けないくらい魅力的な容姿。真新しい制服。そうだ、彼女は今年入学だった。
「うちの学校の制服、本当に似合ってる」
「もう少し、早く言ってくれれば、満点だったのになぁ」
そう言うと、くるりと一回転した。スカートがふわりと宙を舞った。
「本当にそう思うよ」
だめだ、さっきから気持ちばかりが先行してうまく言葉が出てこない。
「……ないか……った」
彼女はそんな俺を見て、何か小声でつぶやいた。よく聞き取れなくて何と聞き返したけど、頭を振ってそれ以上先は教えてくれなかった。
俺たちはゆっくりと、桜吹雪に彩られた道を進んでいく。
※
「そういえば、センパイは何か部活にでも入っているんですか?」
高校時代は完全に帰宅部だ。でも、それで少しだけ後悔が生まれた。俺も友達と何かを目指したかったし、感動を共有したかった。高校2年から新しい部活に入るのは、少し気が引けるけど、でも、そんなのあとあとの後悔に比べたら軽いはず。
「入っていないけど、立ち上げたい部活が今日できた」
そして、俺は新しい部活を作りたくなってしまったのだ。それも、社会人の経験が生きる部活を。
「どうして、急に?」
梨華は不思議そうに顔をかしげる。
「だってさ、今日の俺がこれから生きる中で一番若いんだぜ‼ これ以上若くなるのは無理だし、時間がもったいない。なら、俺は今日から悔いなく生きる!」
「どうして、そんな中年のお父さんみたいなことを急に⁉ 自己啓発本でも読んで影響を受けたんですか?」
はい、中身は中年のおっさんです。本当にありがとうございます。
「まあ、そんなところだよ」
そう言ってごまかす。本当のことを言っても誰も信じてくれないだろうし。信じてもらおうとも思っていない。
「それでどんな部活を作ろうと思っているんですか?」
「ん、ゲーム部」
「そんなの絶対に作れるわけないじゃないですか。ただ、ゲームで遊ぶだけでしょ。それも高校でテレビゲームしたいなんて言っても、先生たちは絶対に納得しないです」
まあ、そうだな。普通に考えたらそっちだよな。
「いや、違うの。そっちじゃなくてさ。俺は、仲間たちとゲームを作りたいの。遊ぶんじゃなくて、作って品評会みたいな大会に出たり、専門サイトに投稿したり」
いきなり人数は集まらないかもしれない。でも、俺は作る方なら社会人の時のスキルを活かせるし、できない絵やストーリー、音楽については既存の部活に外部委託する感じでどうだろう? ちゃんとクレジットには、名前を載せる約束をして、皆の作品にしたい。そうすれば、高校生だけど、形ある実績みたいなものだって作ることができる。
これからは、少しずつインディーズのゲームが流行していく時代だ。
任天堂やプレステにもダウンロードストアでインディーズのゲームが発売されるのなんて珍しくないし、アイディア次第では大手の力を見せつけるかのような多額の予算が使われた大型タイトルとも戦える。ニッチ戦略がどんどん日の目を見る時代になる。発表する場だってどんどん増えていく。
チャンスは無限大だろう。別にうまくいかなくたって、一生の思い出になるはず。
そう熱く説明したら、梨華も笑ってくれた。
「楽しそうですね、私も混ぜてもらおうかな!」
それは願ったりかなったりだ。まずは、最初の仲間ができたな。さあ、ここからいっぱい挑戦して、いっぱい失敗して、たくさん思い出を作るぞ。一度社会人を経験したからわかる。失敗だって、無駄にはならないんだと。高校時代、俺は失敗を恐れるように生きてきた。傷つきはしなかったけど、思い出はその分少なくなってしまったと思う。だから、この時代にしかできないことを、できない失敗を、そして前世で痛感した後悔を最大限無くして、俺は青春をリベンジする。
俺のことを好きでもない奴らは無視して、あいつらにボロボロにされた人生を取り返す。それが一番の復讐になる。俺が幸せになれば、あいつらは悔しがるだろうよ。
ずっと会いたかった最愛の人と、また学校に一緒に行ける。それだけで、人生がまるで変ったみたいに思う。
「道隆センパイは、進路とか考えているんですか? 私は高校の勉強についていけるか心配で」
「俺は、筑波大に行きたいと思っている」
「やっぱり近いからですか?」
たしかに、筑波大は家から通える場所にある。
「いや、それだけじゃなくてさ、学生ベンチャーが盛んだからさ。俺も興味あるんだ。だから、そう言う土壌がある場所がいいなって空気感があれば成長できるだろ」
筑波大はかなり学生ベンチャーが行われていて、大学別ランキングでもトップ5の常連だ。そう言う環境に身を置けば、前回の人生で出会えなかった人に会えるだろう。前世で卒業生に会う機会が多かったからそれで詳しくなったんだけどさ。
「すごい、そこまで考えているんですね」
いや、すごくない。だって、俺が高校生の時なんて、勉強は嫌だし、適当に時間を浪費していた。それに、あんなショッキングな事件もあったし。後輩にかっこつけたくなったのもあるし。
そうこうしているうちに、学校についてしまった。正直、懐かしすぎる。思い出の校舎そのままだった。
「じゃあ、ここで。授業終わったら連絡しますね」
「えっ?」
「だって、一緒に部活作るんでしょ? 何を言っているんですか」
そうにこやかに笑う彼女の後姿を見守って、俺も新しい人生の第一歩を歩みだした。
※
―α世界線―
道隆の葬儀が終わり、俺は途方に暮れていた。高校からずっと仲が良くて、会社を作った時もお互いに社長と副社長となって、二人三脚で頑張ってきたのに。あの女の裏切りで全部崩壊だ。俺はあいつがあの女と結婚することに反対だった。一度裏切ったやつを信用できないからやめろと何度も言ったのに、あいつは優しすぎるから。
そして、裏切り者は、恥知らずにもあの男に頼って、俺たちの会社まで乗っ取ろうとしてきた。
部下たちも、道隆の葬儀の時に一緒に泣き崩れていた。
「あの女絶対に許せない」
「社長を殺したのはあいつじゃないか」
「なんで被害者みたいに喪主やってるんだよ、
「愛璃ちゃんがかわいそうすぎる」
こいつらの無念も手に取るようにわかる。だが、今は俺が道隆の遺志を継がなくてはいけない。ならば……奇策に打って出る。
「みんな、今回の買収、どうも防ぐことはできないようだ。資本力が違い過ぎる」
俺は冷静に現状を分析して、そう伝えた。皆からは悲鳴が上がった。
「だからさ、みんなで新しい会社を作らないか? 道隆の遺志は、今の会社にあるんじゃない。俺たちがひとりひとりあいつのやりたかったことを実現できればいいんじゃないかと思うんだ。場所なんて関係ない」
そう、会社は売り渡されたとしても、それはしょせんハードにしか過ぎない。いくつかの財産を奪われるのは
「そうですね」
「いい考えだ」
「会社は奪えても、俺たちの経験や知識は奪えないもんな」
みんなが賛同してくれる。これなら……
道隆、見ていてくれよな。お前たちの意志は俺たちが継いでいく。
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