第2話 義母との再会

 義母はすぐにこちらに気づいて笑いかけてくれる。


「あら、道隆さん。今日は早かったのね。もうすぐご飯できるから、少し待ってね」

かなでさん?」

 実の父が亡くなって、血が繋がらないのに、女手一つで高校と大学を卒業させてくれた恩人。実の息子のようにかわいがってくれた継母で、大学4年生の時に脳梗塞で亡くなった楓さんがそこにいた。


 大好きだったのに、思春期特有の気恥ずかしさで一度もお母さんと呼べなかった。就職して親孝行しようと思ったのに、それすらできなかった。お礼すらいえなかった大恩人……


「ねぇ、今、西暦何年?」

「どうしたの、そんなタイムトラベラーみたいなことを言って。2014年の4月よ。今日から春休みが終わって、学校でしょう?」

 こうして、俺の青春リベンジが始まった。


 ※


「戻っている。俺、高校2年の春に戻っているのか」

 ぽつんと言葉がもれた。


「何を言っているの、道隆さん。そんなタイムスリップものの映画みたいなことを言って。早く着替えてきて。そうじゃないと、学校遅れちゃうわよ」

 これ以上、不審に思われるわけにはいかないので、言われるがままに洗面所で顔を洗う。心が震える。そうか、あの時の痛みはきっと心筋梗塞かなにかで死んでしまって、走馬灯のような夢を見ているのかもしれない。でも、顔をつねっても痛みはある。俺も自由に行動できる。なら、これは走馬灯でもなんでもいい。


 もう一度、人生をやり直す。そして、家族と本当に俺を愛してくれた人たちを幸せにして見せる。そう考えれば、どうして高校2年生に戻ったのかもわかりやすい。この学年で恋人の浮気が発覚して、ショックで不登校気味になり、梨華のおかげで復帰できたけど、さすがにブランクが大きく、第一志望の大学には受からなかった。


 楓さんや梨華の病気にも気づかずに、二人を守ることができなかった。二人の運命を変えることはできないのかもしれない。それでも、できる限り幸せにしたい。少なくとも、俺が後悔していたことは全部、やりなおしたい。顔を洗いながら、涙がこぼれるのを必死に隠した。


 それに、なんだかんだで1度目の人生の経験値がある。4年間の大学生活と14年間の社会人生活で培った経験は、たとえミヤビたちですら奪えない。これなら充実した学校生活を送ることができるはず。


 まずは……ミヤビたちの浮気の証拠を見つけて、すぐに別れよう。あんな奴らに、大事な時間を使うわけにはいかない。ただ、絶交して無視する。好きの反対は無関心だ。どうなっても、知ったことじゃない。


  ひとしきり泣いて、覚悟を決めて、俺は楓さんが作ってくれた朝食を食べる。懐かしい味だ。野菜がたくさん入ったコンソメスープは、優しい旨味が詰まっている。カリカリになるまで焼いたベーコンと半熟の目玉焼き。大好きなおふくろの味。14年ぶりの味にまた目頭が熱くなる。


「おはよー。あれ、お兄ちゃん、今日は早いのね!」

 妹で、来年に俺の後輩になる美里みさとが現れる。2個下の彼女は、父さんと楓さんの実子だ。異母妹ということになる。楓さんは、もともと俺の実の母さんの親友だったらしい。らしいというのは、そもそも俺は産んでくれた母の記憶がない。母さんは、俺を産んだ後すぐに事故に巻き込まれて死んでしまったらしい。


 親友の忘れ形見を、本当に実の子の様に可愛がってくれた。でも、彼女は親友のことを思っているのか、絶対に俺のことを「道隆さん」と呼んでいた。


 美里とは、楓さんが亡くなった後、俺が大学の学費を払って通わせ続けたこともあってか、異母妹とはいえ、関係はとても良好だった。この人生でもそうありたいと思う。


「ああ、楓さんの美味しい朝ご飯を早く食べたくてさ」

「何、言ってんの? ちょっとキモい」

「キモいって実の兄貴に言うなよ、傷つく。部活の朝練はいいのか?」

「ごめん、ごめん。うん。今日は休み。さすがに、連チャンでみんな疲れていたから、コーチが休もうって」

「そうか」

 こんな家族団らんの当たり前があの日、一瞬でなくなってしまったんだよな。できれば、父さんが生きている時代にまで戻りたかったけど……

 ここでできる限りのことをしよう。


「はい、道隆さん。お弁当ね。じゃあ、私は仕事行くから、二人とも気を付けていってらっしゃい」

 高校時代ずっと使っていた弁当箱を見ると、思わず涙が出そうになる。さっき作っていたのを見ると、今日は生姜焼きがメインらしい。俺の好物を用意してくれていた。たぶん、学校の初日という憂鬱な日に配慮してくれているんだろう。


 社会人を経験して、本当にありがたさがわかる。早起きする辛さも、献立を考えるめんどくささも……


 どうして、俺はこんなに愛されていたのに……


 いや、後悔しても仕方ない。今は、今を生きるだけだ。


「なあ、美里?」


「何?」


「今日の夕食、俺が作るよ。楓さん、人事異動で新しい部署になって、少し帰るの遅いじゃん。疲れているだろうし、たまにはさ」


「いいけど、お兄ちゃんが料理できるの? してるところ見たことないけど」


「学校で調理実習くらいはしてるし。カレーなら基本的に失敗しないだろう?」

 野菜を切って、あとは煮込んで、ルーを入れるだけ。レタスをちぎって、ツナ缶でものせれば、サラダも出来上がる。これで、美味しい夕食だ。具材も一緒だから、ついでにおかずに肉じゃがだって作れるだろう。そう、めんつゆという万能調味料ならね。


「え~、お兄ちゃん、野菜とか切るところ思いつかないよ」

 たしかにそうだけど、楓さんが亡くなった後は、美里のためにも少しは自炊していたから、多分大丈夫だ。


「なら、カット野菜買ってくるよ」

 スーパーにはすでにカットされている野菜も売っている。サラダ用、鍋用、バーベキュー用、豚汁用、野菜炒め用などなど。用途によっていろいろ分かれているし、高校生のお小遣いでも手を出しやすい。


「まぁいいや。楽しみにしているね、お兄ちゃんカレー」

 少しだけ、バカにされているように思ったが、見返してやるとちょっとだけ対抗心が燃える。


「おう、楽しみにしていてくれ」

 そう言って、何事もないけど、最高の家族の朝が終わった。


 ※


 俺は戸締りを終えて、通学路を歩いた。若いときは、何の感慨もなかった普通の道は、哀愁が漂っている。懐かしいなと感慨にふけっていると、見慣れた背中が見えた。


 14年ぶりの最愛の幼馴染の後輩が目の前に歩いていた。

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