第2話 勝手に気持ちがぐっちゃぐちゃ
「……わー。聞いててすっごく恥ずかしくなる話だね」
「そんなに……⁉︎ そんなに私恥ずかしい話した?」
実際、この話をした後の私の顔は真っ赤だった。自分の心と惚れた時の話をするのってめっちゃ恥ずかしいな……。
「だってギャラクシー雀号って言いかけてたし……ぷぷっ」
「おい、命名したのが誰かは忘れさせないぞ?」
そこかよ。そこは全面的にお前が悪いよ、優。なんなんだよそのネーミング。センスが壊滅的すぎるだろ。
「へえ、信濃先輩とやらがお前のことを助けただなんてな……。それで惚れたと。珍しいこともあるもんだ。そういえば、ギャラクシー雀号は戻ってきたのか?」
「ああうん。なんか次の日になったら庭に戻ってたよ。一体なんだったんだか……」
翌朝、お母さんに、
『舞子ー! ライジングサン雲雀号帰ってきてるわよー!』
ってな感じで伝えられた。私の自転車の名称、そろそろ統一させてもらってもいいでしょうか。そして、揃ってネーミングセンスが終わってるのはなぜでしょうか。
「なあ小鳥。その話聞いてて思ったんだけどさ」
「何……?」
「信濃先輩と、お前の帰る方向って逆じゃなかったか?」
そう、それがこの話のオチである。悲しいことに、これにはオチがあるのだ。あのままハッピーエンドとは行かせない! とばかりに、私は結局信濃先輩と二人乗りできなかった。これは多分超常的な何かが働いてるね。許さねえ。
「え、じゃあ一緒に帰れなかったわけ?」
「うん、私。歩いて帰りました。土砂降りの中! 一時間くらい!」
あれは正直生き地獄だった……。ついでに、一回転んだし。私の脚本担当どうかしてるよ。
「一ミリもその話解決してないじゃん……」
「まあ、恋のお熱は人をそうさせるんだろうな。俺は恋したことないからわかんないけども」
誠は乙女みたいなことを言った。その面でそんなこと言うなよ……。
「だけど、信濃先輩の優しさに小鳥は惚れたんだ」
「……うむ」
お恥ずかしながら。自分で言うのはなんかいいんだけど、改まって他の人に言われるのは少し恥ずかしい。なんでかな、自虐ネタと同じ理論だ。
「で? なんでお前は突然入部届を出してきたわけだ?」
誠と優は机の上の紙に目をやった。私が語るのと同時に出した紙……それは、入部届だ。
「……それが、今回の本題なわけ」
「本題?」
優は首を傾げる。これ以上話が続くとは思っていなかったのだろう。
「入部届、ってことは、書道部入るの?」
入部届の希望する部のところには、書道部の文字が書いてあった。もちろん、私が書いたのだが。
「ま、まあね。そういうつもりではある」
私は額に冷や汗をかく。
「じゃあなんで理由の部分が白紙なんだよ」
そう、誠が言ったとおり、私の入部届は理由の部分が白紙だ。母親の印鑑も押してあるし、名前も書いているのだが、理由の部分だけ文字がない。
消した跡はあるものの、文字という文字は見受けられない状態になっている。
「それは……ちょっと、また話を聞いてもらうことになるんだけど……」
今朝のことだった。
私の朝は早い。
というか、家が遠いので早めに家を出ている。普段はそれでちょうどいいくらいなのだが、今朝は行くのが早く、昇降口が開いていなかった。
それもそのはず、母親が仕事のために早く家を出たため、それに合わせて家を出た。そりゃあいつもより早くなるに決まっている。
まあ、昇降口が空いていなかったため、そこの前にはたくさんの制服姿の少年少女がたむろしていたのは言わずもがな。
それだけならまだいい。
別に、そのくらいならただ話す相手がいなくて虚しいだけだ。合わせずに五反田兄妹と出ればよかった……とか少しは思ったけども。
早起きは三文の徳だった。
三文どころか、大判小判くらいの価値のある朝だったかもしれない。
「それで、昨日顧問の先生のカツラが風に飛ばされちゃってね……」
信濃先輩がいたのだ!
話す内容がアレだけど、澄み切った声なのは変わりなく、今日も黒髪は輝いている。話す内容がアレだけども!
私は大きな衝撃を受け、海老反りになりそうになる。海老反りどころか、そのままブリッジしそうな勢いであった。近くにいた同級生に思いっきり他人のふりをされたが、どうにか羞恥心に耐えた! というかそれどころではなかった!
羞恥心なんて関係ない、私の目は信濃先輩に釘付けになる。信濃先輩は友人と世間話をしており、時折朝顔のような笑顔を見せた。話している話題はともかく!
「見事なハゲ具合だったの! ツルピカって本当にあるのね!」
私は見つからないように壁に隠れる。近くにいた同級生にまたもや思いっきり他人のふりをされたが、私はまた耐えた。
何をするのかといえば、そりゃあ聞き耳を立てるに決まっているじゃないか。盗み聞きは趣味が悪いとはわかっていても、仕方ない。背に腹は変えられないのだ。
「そういえば、新入生の部員って入ってきた? ひなののところはどう?」
「演劇部は結構入ってきてるよ。それに、二年生の子とかもいる」
「へえ、そういう子もいるのね。いいなあ、うちの部、人数少ないから。もっと来てほしいわよ」
いつのまにか話題は部活の話になっていた。
信濃先輩の友人である先輩は(確か、名前は椿ひなの)演劇部の部長だ。あの人に見つかるといつも面倒なことになるから記憶している。去年色々とあったから、会うと気まずい。
つまりは、あの二人は互いに部長していることになる。部長トークは聞き逃せまい! と私は耳に集中した。同級生にまた他人のふりをされた。
「ポスターが悪いのかしら……それとも、書道が単に人気ない?」
そんなことないですよ、と声を上げたくなる。でもそこは椿先輩が慰めていた。そこどいてくれませんか? そんなしょうもないことを考えるのと同時に、私はこれをチャンスだということに気づいていた。
書道部にに入る→信濃先輩喜ぶ→信濃先輩と親しくなる→信濃先輩と恋仲になる!
見えたぜ! ハッピーエンドが!
「書道の人気がないってことはないと思うけど……」
私は今日学校に着いたら、先生に入部届の紙をもらおうと心に決めた。そうと決まれば私の心はどんどん浮き足立ってゆく。何かが進展したというわけでもないと言うのに。
「でも、書道って苦手な人多いと思わない? ひなののところは演劇だから、結構人が多いけど。ハ……顧問の先生のおかげで部活成り立ってるところあるし」
痛いところを突かれた。
いや、私に向けて信濃先輩は言ってないのだが、勝手に私が傷ついた。
書道というものは、信濃先輩のパフォーマンスを見るまでは私にとって嫌いな授業の一つだった。というかナンバーワン 書き初めの時期になれば憂鬱になり、書道セットを見ればため息が出る、そんな人間だった。
信濃先輩を見てからは、嫌いとまでは行かないものの、自分でやるのは苦手だ。だって、文字汚いし。
本当に、私の文字は汚い。だって、自分でも読めないんだよ? ははは、私のノートの二つ名は般若心経。ちな、誠命名。
「書道が苦手なのは別にいいんだけど」
自分の汚い文字を脳内に思い浮かべていたら、信濃先輩はまた口を開いていた。
でも、少しさっきと比べて冷淡な口調だった気がした。
まさか、この次に続く言葉で私が致命傷を受けるとは、思っていなかったのでした。
「私、書道部に人は入ってほしいけど、書道を馬鹿にしたり、苦手な人は入ってほしくないの」
「入部理由が、不純なのは絶対ダメだと思う」
世界中の、物が、人間が、音が、消えた。
例外は、私と信濃先輩。
信濃先輩の声が頭の中に、何度も響く。
『苦手な人は入ってほしくないの』
『入部理由が、不純なのは絶対ダメだと思う』
不純、苦手。
ダメ、絶対。
それ、私じゃね?
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
音も、人も、物も、戻ってきた。
そして、私は叫びながらその場にしゃがみ込んだ! 頭を抱えながら!
泣いてはいないけど、私はもうしばらくその場から動けなさそうだ。それくらいの衝撃を受けた。私の体と心は再起不能(推定)だった。
「…………突然叫んで、どうしたの?」
周囲の人々が白い目で私を見ている。
その中に、あの人はいなかった。昇降口は開いていて、いつのまにかみんな下駄箱の方に歩いて行っている。
話しかけてくれた女の子の見る目も、また周囲と同じ白い目だった。
「あああああああああああああああ」
「…………日本語喋れる?」
馬鹿にされた気がする。
「あああああああああああああああ」
「は、ハロー?」
馬鹿にされた気が(以下略)
それもそうだ、突然叫び始めたと思ったら、ずっと叫び続けているのだから。挙動不審にも程がある。
私はどうにか言い訳を考えた。
「ダンゴムシだと思ってひたすら観察してたら、その虫がワラジムシだったんだよおおおお! 指で突っついても! 丸くなんねえし! 紛らわしいんだよおおおおお!」
「そんな理由で叫んだの⁉︎」
「名前もつけたのにいいいいい! アントンー! お前ほんと一生許さねえええええええ!」
同級生から思いっきり他人の(以下略)
「お前恥ずかしい人間すぎるだろ……」
「うるさい黙って。それ、私も痛いほどわかってるから」
私の話を聞いて、誠は素直に引いていた。
そんな反応するなよ、私だって傷つくんだぞ。
「……アントン(笑)に裏切られてて草」
「(笑)なのか草なのかはっきりしろよ」
そもそもアントンなんて実在してないし。近くにダンゴムシ(ワラジムシかもしれないけど!)がいたから咄嗟に作っただけだし。
「だから今朝のお前を見る目が悲惨だったのか……。真っ白だったよ、本当。冬の北海道より白いぜありゃ」
誠は同じクラスだ。多分、あの同級生が私の恥態(ほんとだよ)を広めたんだろう。あいつマジ許さねえ。
「それで、入部届を突然引っ張り出してきたわけか」
「うん」
私は少し反省気味に頷いた。
私にだって羞恥心くらいあるよ。今朝の出来事は反省してるし、あれみたいなことはもうしないって心に決めてるよ。
「つまり、小鳥は入部理由が書けないから私たちに頼ったってこと?」
「うん」
二人に呆れた目を向けられた。二卵性双生児のため、一卵性と比べると似てないものの、十分その呆れ方は似ている。
「ま、一種の恋愛相談でもあるのかあ……」
あながち間違いじゃない。
「小鳥よ」
「何?」
帰宅部の誠は偉そうに言う。仙人が修行僧に教えを説くみたいに。夏休みの宿題が終わらないと愚痴を吐いている友人を心配するかのように。
「入部理由なんてそんな真面目に書くもんじゃないぞ?」
……。
「入部理由なんてな、ガチで書いてるのなんて一握りだぞ。ただ内申点のために入る奴もいるんだから、そんなん適当でいいと思うんだが」
「異議ありっ!」
私は机を国会議員ばりに叩いたっ!
「ええ……異議も何も、入部理由なんて適当に『書道が好きだからです』とか『書道に興味があるからです』とかでいいに決まって……」
「嘘はよくない!」
私は書道の作品を見るのは嫌いじゃないが、それは信濃先輩だったからで、多分他のおじさんとかが書いた作品を見ても何も思わない!
書道に興味はなくはないけど、どちらかといえば下心の方が勝る! いや、あくまでも清い恋愛なんだけれども。
「じゃあ正直に書けばいいいじゃん、はい、書いたよ」
優はいつのまにか筆箱を出し、理由の欄に何かを書いていた。
「勝手に書くなし!」
「ウジウジしててもしょうがなくない?」
それはそうだけども……。
私はそんなことを思いながら、恐る恐る優の書いた字を見る。そして、棒読みでその文章を読み上げた。
「『信濃先輩のことが好きで好きでたまらないからですマジで結婚してください赤ちゃん作りましょう』……」
「どうよ? 傑作でしょ?」
………………。
握り潰しそうになるのを必死で堪えた。
「……ダメに決まってるでしょ! こんな恥ずかしいの提出できるかちくしょう!」
「ええ、赤ちゃん作りたいのはガチでしょ? 正直に書いたらこうなるに決まってんじゃん」
「子供作りたいとまでは思ってないよ!」
私は顔を真っ赤にしながら優に怒鳴る。だって一枚しかもらってないもん。もう一度担任に怪訝な目を向けられるのは嫌なんだもん。
「え、小鳥のことだから授業中に先輩との子供の名前は……里子♡ とか考えてそうなのになあ」
「……考えてないし!」
図星だなんて言えない。そもそも女の子同士じゃ子供作れないよっ。
「というか、結婚したいは否定しないんだな」
「……乙女心のわからない男は黙ってなさいな」
「否定しないんだな」
誠は不敵に肩をすくめた。
「正直に書きたいのかあ……。まあ、小鳥は昔から生真面目で融通が効かないし几帳面だもんね。先に言っとくけど褒めてるよ」
絶対嘲笑の意もこもってるよ、それ。
几帳面やら生真面目とかはまだしも、融通が効かないはそれ悪口でしか聞かないっての。まあ、自分がそういう性格なのは分かりきってるけども。
「まあ、確かにお前書道大っ嫌いだもんな」
「大っ嫌いは違うよ。私は単に苦手なだけ。信濃先輩のパフォーマンスを見て変わったのよ」
「でも苦手な人は入らないでほしいって言ってたよな。信濃先輩がそう言ってるから新入部員が入らないんじゃないか?」
そこもあるのかもしれない。
でもばかすか新入部員に入られると、私が入部する理由のひとつが無くなってしまう。信濃先輩に感謝されるという理由が。……こんなことを考えちゃうなんて、やっぱり私は信濃先輩が好きだ。呆れ返るほどに。
「どうしたもんか……いや、俺が悩むことじゃないんだけれども。普通は乙女のお前が自分で考えることなんじゃないのか」
「自分で考えても四面楚歌なんだからあんたたちに頼ってるに決まってるじゃん。自分で思いついてたら、さっさと入部届出して今頃信濃先輩といちゃついてるよ」
「展開早すぎね? ギャルゲーのサブヒロインもびっくりの早さだよ」
「なんて?」
ギャルゲーってなんぞや?(健全に育った中学生女子)
「……いや、なんでも、ない、です」
誠(健全に育ったはずの中学生男子)は冷や汗をかいていた。どしたん?
「じゃあ、その書道を好きとか得意とかっていう気持ちを嘘じゃなくすれば良いじゃん」
優の声は堂々としていて、私の耳によく届いた。ウジウジ悩んでいる私とは違い、きっぱりとした性格なのだ。
優の手には空っぽになったメロンソーダが二つ。いつもう一つ頼んだんだよ、というツッコミはする暇なんてない。
「書道を好きになれば良いんだよ」
「そうかも……」
その考えは頭からすっぽり抜けていた。優は、こういう時に頭が回る。
「さすが俺の妹、天才だな」
「誰でも思いつくでしょ……。誠と小鳥がアホなだけだよ」
「待て、小鳥はまだしも俺はアホじゃない」
「兄のあはアホのあなんだよ?」
何気に私をディスるんじゃない。
「じゃあ妹のいは『いやっはあああああああああ俺の妹可愛すぎるううううううううううううううううううう』のいだな」
「兄のには『兄さんキモすぎる』のにだね」
「妹のもは『もうやだ俺の妹可愛すぎるうううううううううううううううううううううううううううう!』のもだな」
「……(呆れ)」
このシスコンが。
と、二人のやりとりに言いたかったものの、そんなことしている暇はまたもやなかった。
書道を好きになる、か。
そんなの私にできるのだろうか?
「誠がキモいのでそろそろ帰るね。小鳥、帰ろ」
「妹のうは『うわああああああああ妹可愛すぎr」
「ガチキモい」
その日は、これで解散になった。
夕日にギャラクシー雀号が照らされて、輝いていた。
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