入部理由が不純すぎる!

理 世羅

第1話 恥を忍んでの告白、なおテンプレ通り

 

「好きな人ができたの」

 

 夕方の、ファミリーレストラン。

 制服が可愛いことで有名なその店で、私は一世一代の告白をした。

 目の前に座るそっくりな二人の男女は、口をあんぐり開けていた。

 ということにしかった。

「…………?」

「好きな人?」

 その顔は、少なくとも驚愕ではなかった。

 嫉妬による怒りでもなく、もちろん悲しい表情ではない。

 怪訝そうな目であった。本当か? と怪しむようだ。兎にも角にも私の想像していた表情ではなかったのは確か。

「もうちょっと驚いてってば!」

 せっかくからかわれ覚悟で話したのに! 私は顔を真っ赤にしながら、二人を睨みつけた。

「好きな人ができたって言っても……」

「別に、そんな改まって言うことでもなくね?」

 二人はつまらなさそうに机の上に置いたクリームソーダに口をつける。完全に興味なしじゃん……。なんなの、こいつら。

「幼馴染が好きな人できたって告白したんだよっ! もっと関心あっても良くないっ⁉︎」

 二人は私、小鳥谷舞子の幼馴染だ。

 五反田誠と五反田優で、後者が女子。そっくりな見た目をしたこの二人は、二卵性双生児で、私と同い年。二人とも顔がすごく整っていて、聞いた話によれば外人の血が入っているらしい。もっとも、見た目で人は判断してはいけない。

「小鳥。私は関心がないんじゃない。ただクリームソーダに酔いしれていただけだよ。あ、今日も奢ってくれるんだよね?」

 こやつ……。

 優は当たり前のようにそんなことを尋ねてきた。もっと他に尋ねることないの? 金と食べ物のことしか考えていないのではないか。なんだ、酔いしれるって。これ単なるクリームソーダだぞ。

「で? なんかまるで誰なのか聞いて欲しそうな顔をしてるから仕方なく聞いてやるけど、誰なんだ? そのお前が気に入ったやつというのは」

 誠はクリームソーダを机の上に戻し、私に尋ねてきた。

 そうだよ、それを聞いてほしかったんだよ。私はうんうんと頷き、満を持してあの人の名前を口にしようと思ったんだけども。

「誰なんだ、一組の大葉か? 三組の早坂か? それとも二組の五反田か?」

「何言ってんの誠、一組の神山か四組の雪色か、一組の五反田でしょ?」

 …………。

 こいつら……。

 私は、一組の五反田と二組の五反田に目をやった。自信満々な笑みを浮かべている。もはや清々しいくらいのドヤ顔だった。どこから出てくるの? その自信。

 今度は私の方が怪訝な目で見つめることになった。立場逆転じゃんね。

「ちなみに」

「最有力候補は」

「一組の」

「二組の」

「「五反d……」」

「お前ら自意識過剰すぎるっ!」

 私はすかさず横槍を入れた。

「ええ……? 違うのか? 二組の五反田じゃないのか?」

 二組の五反田は、困惑の顔を浮かべていた。その顔はもっと前に浮かべるべきだっ!

「小鳥は絶対私のこと好きだなって思ってたのに」

 一組の五反田、もうちょっと隠す努力をしなさい。こんなやつが一部から天使と呼ばれていることには異議を唱えていいでしょうか。

「そして顔真っ赤にして告白したところを、『ごめんね小鳥ちゃん、私、小鳥ちゃんとは友達のままがいいな』って申し訳そうに笑いながら小鳥の脳を破壊……ゴホン、断りたかったのに」

「今脳破壊って言わなかった⁉︎」

「言った」

 くぅ……なんでこいつはこんなにいい性格してやがるんだ。

「奇遇だな、優。俺もそうしようと思ってたんだ」

「あんたもか! そして私があんたらに惚れるわけがないっ!」

 なんなんだこの兄妹は……。私はため息を吐く。二人の顔は生き生きとしていた。

「冗談はこのくらいにして……」

「本当に冗談だったわけ?」

 私は誠に呆れた目を向ける。というかあの話で呆れない方がおかしい。

「好きな人の話なんだけど……」

 私は、カバンから一枚の紙を取り出す。そして、今日の学校のことを思い出しながら、二人に声が上擦らないようにあの人のことを話した。

 

 信濃美里。

 私の通う中学校の三年生で、一つ上の先輩だ。長くて艶やかな美しい黒髪を持っており、白く清らかな肌とのコントラストは一つの芸術品かのように完成されている。もちろん顔立ちも日本古来の和風美人といった出立ちで、さらに洗練された、耳にすっと届く声も兼ね備えていた。

 つまるところ、超がつくほどの美人。

 はい、美人属性追加ー!

 いや、こんな陳腐で頭が悪そうな言葉で表現したくないんだけど、国語の成績が2な私にはこれでしか表現できない。

 そして、ななななななななんと。

 容姿だけではなく、趣味も美人。まず、彼女は書道部だ。彼女の長い黒髪と筆はよく似合う。

 はい、大和撫子属性追加ー!

 しかも部長なため、かなり達筆。

 はい、達筆属性追加ー!

 私が初めて彼女のことを認識したのは、去年の文化祭の時だった。信濃先輩は文化祭でパフォーマンスを行っており、私は偶然それを見ていた。いやまあ、偶然というか何というか、私は去年のクラス出し物で演劇をやらされて、そこでしかも主演女優をやらされたから、成り行き的な感じでついでに見たんだけど。

 まあその辺の自分語りは置いておいて。

 そのパフォーマンスは、芸術だった。

 彼女は筆をまるで自分の手足のように操り、美しい字を形作っていく。周りの視線なんて気にせず、汗をかきながらも必死に紙面上で筆を髪を揺らす姿は、もう本当に。

 かっこよくて、美しかった。

『大輪』

 繊細であり、力強くもあり、洗練されたその二つの文字。

 私はその漆黒に心をがっちり掴まれ、信濃美里の世界に誘われる。

「……すごい」

 その時、文字を初めて美しいと感じた。

 書いているのを見ていた時は、単にその姿が美しかったのであり、作品自体にはあまり注目していなかった。でも、作品自体もただの文字とは思えないほど美しいのだ。いや、あれはただの文字なんかじゃない。彼女の魂だ。信濃美里の魂を、私は目にしているのだ。

 信濃先輩は汗ばみながらも、笑みを浮かべながらこちらに手を振ってくれた。

 私はその時点で彼女に一つの憧れを抱いていたと思う。

 だが、私が信濃先輩に惚れた要因は、これだけではなかった。単なる憧れではなく、確かな恋愛感情を抱くようになった理由。

 信濃先輩に、助けられたのだ。

 

「嘘だ……」

 まず、右のほっぺをつねります。

 そして、左のほっぺもつねります。

 次に、膝の皮をつねります。反対側も、同時につねります。

 次、右のほっぺをはたきます。

 次、左のほっぺを以下略

 ……以上の行為を、近くに五反田誠または五反田優がいる場合は、彼らにつねってもらいましょう。手加減しないのでとても目が覚めます。

 彼らが近くにいない場合は、自分でやりましょう。それで何も起こらなければ、とても虚しくなります。

 …………。

 どうしよう! とてつもなく虚しい!

「…………この小鳥谷舞子が……こんな屈辱を受けるだなんて……!」

 ある日のことである。

 本当に、ある日のことである。というか、この前の放課後の話である。

 こんな高飛車系お嬢様みたいなセリフを私が吐いたのは理由があった。というか理由ないとこんなセリフを素で言うやついないよふざけんな。

 私は昇降口で項垂れながら、外を見た。雨だ。どう見ても雨だ。雨が地面を規則正しく叩いている。

 問題です。

 私の身にどんなことが起きたでしょうか?

 ①間違って魔法少女の服で学校に来てしまった。

 ②間違ってパンを咥えて学校に来てしまった。

 ③傘を忘れた。

 ④間違ってイケメンと遭遇してしまった。

 ⑤自転車パクられた。

 ⑥あだ名とキャラパクられた。

 はい正解、③と⑤。

 ①と②選んだ人は前の文を読んでください。④は常識を知ってください。⑥はもう何も言いません。そして私のあだ名は小鳥です。

「…………何やってんだろ、私」

 私は自転車通学だ。それなりに中学校から距離があるため、自転車で学校に来ている。小学校の頃は近かったんだけど、中学は遠かった。ちなみに五反田兄妹も自転車通学。家隣だからね……。

 そして!

 私の!

 ギャラクシー雀号が!(優命名です。私悪くない!)

 パクられた!

 パクられた!

 誰かに!

 パクられた!

 どこかの誰かに!

 パクられた!

 名前はあれだけど結構気に入ってたのに!何年も一緒にいた相棒なのに!

 パクられた!

「ああああああ…………!」

 私は小さく悲鳴をあげた。誰もいないのを確認しつつ。ついでに床に四つん這いになりながら。

 い。

 いったい誰がこんな酷いことを……。私のギャラクシー雀号をパクるだなんて!

 い。

「一生許さねええええええええ!」

 世間が許しても私は一生許さねえぜ!

 近辺で幼女誘拐事件が起きたらお巡りさんこの人ですって通報してやる!(小鳥谷以外は真似しないでください)

 私みたいな超絶美少女の(当社比)自転車を奪うだなんて、今頃私の尻に敷かれていたサドルをぺろぺろ汚らわしい舌で舐めているに違いない!

 くっそーーーーーー!

 私委員会で働いてただけなのに……。

 保健委員会やってただけなのに……。何もしてない! 恨まれるようなことしてない!

 いやそもそも鍵かけなかった私も十分悪いんだろうけど、パクる方もパクる方で悪い! というかパクる方が全部悪い! なんで私に責任転嫁してんだよ私!

 そんなこんなで私は地団駄を踏んだ。涙は流さなかったけど火山は噴火した。私は復讐の心を燃やす。いいぜ、そっちがその気なら全面抗争だ……。

「いや、とりあえず解決法見つけないとダメじゃね?」

 私は頭をブンブン振り、今までの考えを投げ飛ばす。とりあえず四つん這いをやめて、私は床に正座した。

 まずは落ち着こう。ヒッヒッフー。

 私は今絶体絶命の大ピンチにある。

 本当に今世紀最大の、一世一代の、スーパーピンチ。一歩間違えれば私は夕飯の時間に間に合わない。夕飯の時間に間に合わないということは、飢え死にするということである。

「歩くか……」

 私は外を見た。

 土砂降りだ。

 バケツをひっくり返したどころか水族館ひっくり返したくらいの。

 絶⭐︎望。

 しかも私傘持ってない。

 絶妙に生徒に親切じゃない我が学校の教員どもは、傘の貸し出しもしていない。マジでお前らバチ当たれ。お前らの傘腹いせに全部折ってやろうかしら。

「親か……」

 私は職員室を見た。

 バチ当たれと直前に書いたものの、結局最後に頼るのは教員どもなのだ。あいにく、まだ学校内に生徒はいる。例の五反田兄妹は帰ったけど、教員や生徒ならまだいるはずだ。

 先生たちに頼んで親を呼んでもらおう。

 そうだ、これが一番じゃないか。私のプライドには全力で反してるけど、これしか方法がない。私はゆっくり立ち上がった。そして職員室に向か

「いや待てよ……」

 おうと思ったけどすっごい重大な事実に気づいたっ!

 私は足を止める。

「今日親家にいないじゃん……」

 お父さんとお母さんは二桁の新婚旅行中である。わーラノベで母親が童顔美少女(?)なのと同じくらいよく見る展開だー。もうそろ私の元に美少女降ってくんじゃないかな。

 下駄箱の絶望の淵に立った私は、四面楚歌な現状に項垂れた。もうダメだ。マジでおしまいだ。

 傘もねえ! 自転車ねえ! 挙げ句の果てに、親いねえ!

 オラこんな日は嫌だー!

 東京我が家さ行くだ!

 行けねえ! だって傘もチャリもないんだから! 

 はははははははははは八方塞がりい!

 

「どうかなされたのですか?」

 

 塞がってなかった。後ろがあった。

 泉のせせらぎのような、澄んだ声。びっくりするほど大きな雨音にもかき消されない、耳によく通る声が私に届く。耳だけではなく、彼女の甘美な香りは私の鼻口を刺激した。

 私は涙目になりながらも声のした方向を振り返る。

「なんだか困っている様子ですけど……何かあったんです?」

 外では雨粒が天から落ちていた。

 ここでは、美しい花びらが舞っていた。

「……信濃……美里⁉︎」

 書道部部長の、あの信濃美里だった。

 墨よりも黒い髪と、端正な顔が私の目の前にある。

「あら、私の名前を知っていたんですね? 見たところ、後輩のようですが……」

「あっ、えと……先輩」

 私は狼狽えながらも内心緊張していた。

 なぜなら、それが信濃先輩と初めての会話だったからだ。今まで天上の人だと思っていたため、なんの準備もなく話すなんてハードルが高い。高嶺の花のようなものなのだから、私のような小市民が話すなんて無理難題すぎる。傘忘れて自転車パクられたのに気づいた時よりも、心臓がうるさかった。

「何か困っているようでしたから、声をかけてみたのですけれど……どうされたんです?」

 信濃先輩はしゃがみ込み、床にぺたりと座り込む私に近づく。

 ああもう顔が近い……!

 信濃先輩の端正な顔が、すぐ目の前にあった。私はつい顔を紅潮させてしまう。

「えと……その、なんと言いますか……」

「?」

 私は失言しないように、慎重に言葉を紡ぐ。こんなところで間違えたりしてしまったらもう恥ずかしすぎる。

 一瞬全てを話していいのかと迷ったが、お言葉に甘えることにした。

「ギャラクシー雀ご……じゃなくて、自転車パクられて……」

「ギャラクシー雀?」

「気にしないでください。パクられたうえにしかも傘も忘れてしまいまして……」

 彼女のまっすぐな瞳に怖気付きながらも、頑張って目を合わせる。この人こんなに澄んだ瞳してたんだな……。

「あら……災難でしたね。傘も忘れて、自転車も盗まれるだなんて……。それじゃあ、帰れないじゃないですか」

「お恥ずかしながらそうなんです……」

 ほんと災難だよちくしょう。

「何か私にできることは……」

 信濃先輩は、見ず知らずの私のために真剣な眼差しで考えてくれていた。

 私はその姿に呆然と見つめるしかできない。

「……あっ、そうです。実は私も自転車通学でして……」

「自転車通学……」

 私は外を見た。

「そうです、私の後ろに乗ってきませんか?」

 信濃先輩は満面の笑みだった。

 そして、私はもうすでに信濃先輩に惚れていた。

 見えた、恋愛フラグが。

 憧れが、恋に変わった瞬間であった。

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