3.先生のおにぎり
僕は、義務教育課程のひよっこ、小学一年生である。明日から、ついに夏休みだ。
というわけで、テンションの高い僕は、小さい頃からのお友達、ミナミちゃんといっしょに学校へ向かっていた。
「明日から、たくさん遊べるね。楽しみだね」
「うむ。夏休みというものは、人生で初めて経験する。如何様なものか、非常に楽しみである」
僕は、スキップをしながら学校へ向かっていた。つられて、ミナミちゃんもぎこちないスキップをする。さらに、それにつられて、僕たちのランドセルもそれぞれの背中で踊る。
さあ、いよいよこの坂を越えれば、僕たちの学校だ。今日は終業式があるのみで、あとは通知表やら、夏休みのしおりやらを受け取って、帰宅する。それだけのぬるい一日である。
僕は、初めての体験にウキウキが止まらなかった。しかし、進行方向上にあるものがいて、僕は冷静になった。
「にゃあ〜」
通学路、車の通りが少ないこの道の端に小さな猫が、倒れていた。
「猫ちゃんがいる...でも、様子がおかしいな」
「どれ、僕が確認してみよう...ふむ。この子はおそらく怪我をしているに違いあるまい」
「本当?あら、足をすりむいてる」
僕は、こういう時のために絆創膏を数枚持ち歩いている。ランドセルの中、小さなポケットの中で絆創膏たちが役目を全うできることに、歓喜の涙を流しているに違いないだろう、といらぬ想像をした。
「では、オペを開始する」
子猫の足へ、絆創膏を貼り付けようとしたその時、ミナミちゃんが僕の手をがしと掴んだ。
「ダメよう。このまま貼るとね、雑菌が繁殖しちゃう」
僕はハッとした。用意しておいたアイテム(絆創膏)を使いたいあまり、物事の中心部を見失っていた。ミナミちゃんの言う通りである。
「すまない。僕の考えが浅はかであった。...では、保健室へ連れていくのはどうだろうか」
「そうだね。それが良い!」
僕たちは、小さな猫を抱えて、坂を超えた先の学校へ向かった。既に登校していた生徒たちが、一年生の僕たちを正門から保健室へ向かうまでの数分の間にも、ちらと見ていたのが確認できた。このような愛くるしい猫を抱えているのであるから、当然であろう。
しかし、今は一刻も早く、保健室へ向かわねばなるまい。僕とミナミちゃんは息巻いた。
すると、
「ぎゅるるる」
僕とミナミちゃんの腹から音が鳴った。
恐らく、いつもとは違う行動パターンで登校したことが原因であろう。
僕たちの血中グルコース濃度は低下していた。だけれど、僕たちはそれを物ともせず、保健室へ足を進めた。
ついに、僕たちは到着した。保健室。すると、中にいた養護教諭が、珍しい動物の来客に面食らった顔をして、僕たちに問う。
「あらら、猫ちゃん連れてきたの?怪我してた?」
僕とミナミちゃんはこくりと頷く。すると、
「えらかったね。じゃあ、猫ちゃん預かるから、君たちは教室に行きなさい。また、放課後にでもここおいで。この子は、ちゃんと元気になるよ」
僕たちは喜んだ。と、同時に腹から、またも音が鳴った。
「朝から頑張ったもんね。はい!これどうぞ」
僕たちは、先生がおやつにと持ってきていたたくあんおにぎりをもらって、その場でいただいた。
僕たちの血中グルコース濃度は、正常値に戻った。
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