情報収集

 物音が聞こえて目を覚ました。身を起こして目をこすると扉の方に目をやった。扉を開けて佐伯が部屋に入ってきているところであった。


「ああ、お休み中でしたか」


 寝起きの俺に気が付いてそう言った。


「待っているのも暇なんでね。寝て疲れをとっていた方がいいと思ってな」


「そうですか。それは申し訳ない」


 佐伯は軽く頭を下げて、手に持っていたやかんをちゃぶ台の上に置いた。湯気が出ていないところを見るに入っているのはただの水なのだろう。ちゃぶ台のすぐそばで円城寺殿が大の字で眠っている。近くによって上から見下ろしてみると情けなく大口を開けてよだれを垂らしている。人の家でよくもまあこんな姿で眠れるものだ。


「晩御飯はどうしますか?」


「俺は腹が減ってないんでいい。それより知りたいことがあるのだが、佐伯さん、あなたは現地民とも親しいと円城寺殿から聞いているが」


「ええ、この診療所を利用してくれていますから、交流はありますよ」


「ではこのあたりの方言もわかる?」


「ええ、ある程度は」


「そうか、それでは一つ頼みたい。今から私とともにこの村を回ってナリゲシの花についての情報集めをしてはもらえないだろうか」


 佐伯は少し悩んで、仕方のなさそうに頭をかいた。


「わかりました。円城寺さんのお知合いですからいいですよ」


「それは助かる。ではよろしく頼む」


 俺はすっと立ち上がって、玄関に向かった。後をのっそりと佐伯が付いてくる。靴を履いて外に出た。北の大地は冷えるとは聞いていたが、これは寒い。まるで冬のようであった。


「この辺りはいつもこんなに寒いんで?」


「ええ、だから夏だからと言って薄着でいると風邪をひきます」


 佐伯はいつの間にか薄い半纏を羽織っていた。俺に羽織を貸してほしいと思いもしたが持っていない俺が悪い。俺は寒さに耐えてこのまま聞き込みに行くことを決めた。


 おそらく一番の情報通である集落の長の家に真っ先に向かった。佐伯がイランカラプテと声をかけた。どうやらこれが北の大地に住む原住民の言葉らしい。出てきた女性と話しているが何を言っているのかさっぱりわからない。

 女性と話が付いたようで、どうやら家の中に入っていいとのことだった。俺は佐伯について家の中に入っていった。

 家はカヤやササでできているようであった。家の中央には囲炉裏があり、そこを囲むように茣蓙が敷かれていた。囲炉裏の前には民族衣装を身にまとった小柄な老人が座っていた。老人の体には無数の生傷の跡がある。おそらくは狩りの時についた傷なのだろう。

 佐伯が挨拶をすると老人も返した。声は小さいが圧がありひどく鋭い。だからかよく聞き取れる。

 先ほどの女性はこの老人の娘なのだろう。綺麗な白い肌をしている。変な模様があしらわれている民族衣装は老人の者と同じようであった。


「カミノマさん、この方がこの集落の長、イソンノアシ。狩りの名人という意味だ」


 その見た目通りの名であった。まさに歴戦の戦士というわけだ。俺は、会釈をして入り口に背を向けた位置に座り、すぐ横に佐伯も座った。

 佐伯は長にナリゲシの花について聞いてくれた。会話の内容は全く分からないが、なんとなく普段俺たちの使うような言葉もあるのでわかるかと思ったが、それが違う意味でつかわれている可能性を考えると結局何もわからない。円城寺殿に汽車出会っていなかったら俺自身でどうにかしなければならなかったのだからこれは運がよかったのだと思った。


「イヤイライケレ」


 そういうと話が終わり、俺と佐伯は一礼をして長の家から出ることとなった。


「どうだった?俺には何と言っているかわからなかった」


「情報はありました。なんでもこの季節になると岩山の頂近くに咲くそうです。このあたりの人たちはナリゲシの花を見つけるとそのあと良いことが起こると信じているようですね」


「岩山ならどこでもいいのか?」


「標高の高い岩山だと見つかりやすいそうです。まあでもかなり見つけるのは難しいそうです。小さいうえに色が白と青の縞模様をしていてよく探さないとわからないそうで、群生もしていないようです」


「そうか。それはありがたい情報だ。助かった。俺一人では聞き出すことはできなった」


「いえ、このくらいなら……。それより晩御飯にしましょう。鹿肉があるのですが食べますか?」


「それは食べたいな。是非食べさせて欲しい」


「わかりました。準備しましょう」


 診療所に戻って住居部屋に戻ってくるとまだ円城寺殿は眠っていた。どれだけ疲れていたのであろうか。

 しかし、この北の大地に足を踏み入れて二日で花の咲いている場所がわかるとは思っていなかった。これは大きな収穫だ。しかし、問題は岩山を登らなければならないことだ。登山自体は問題ないが、防寒には不安が残る。毛皮でできた羽織ものでもあればなんとかなりそうだが、どうやって手に入れるか。

 背負子の中を確認するがそんな高級品を手に入れる金も商品も入っていない。


「まいったなこれは」


 まあ、その辺りは何とかしよう。何とかするのも行商人の腕だ。

 扉の隙間からいいにおいが漂ってくる。そうすると不思議と腹が減ってくる。シカの肉などあまり食べたことがないものだからどんな味かすっかり忘れてしまった。確かうまかった。

 部屋に皿に盛られた焼いた鹿肉がやってきた。量はそう多くないが、まあ贅沢は言えない。


「うん、いい匂いではないか」


 この時になってようやく円城寺殿が目を覚ました。


「シカの肉。今日の晩飯です」


「おお、そうかそうか。それはうまそうだ」


「ではいただきましょう」


 手を合わせて、鹿肉を手に取るとかぶりついた。少し血生臭いがあっさりとしていて食べやすい。近頃食べられるようになった牛の肉よりもおいしいと感じる。


「おお、こりゃあうまいな」


 さっきまで寝ていたというのにすっかり目が覚めたのかすごい勢いで肉を食らっている。


「それで、ナリゲシの花の情報は手に入ったのかな?」


「ええ、どこに咲くかはわかったのであとは足で探します」


「そうか。それは頑張ることだ。では明日にはここを発つのか」


「ええ、そのつもりです」


「そうか。まあ頑張るのだぞ」


「はい」


 食事を済ませるとすぐに眠りについた。明日からは足を使う。今日のうちによくよく休めておかないと役に立たなくなってしまう。明日は早朝に発とう。そう決めた。

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