炭鉱の町

 汽車が終点駅に到着したようだった。いつの間にか眠っていてここまでどのくらいの時間を要したのかよくわからない。空はまだ明るいようだ。横を見ると円城寺殿も眠っていた。肩をゆすって起こすとうあぁと大きなあくびを一つして目を覚ました。


「円城寺殿、どうやら終点についたようです」


「おおそうか。では早く下りないとな」


 俺は足元に置いておいた背負子を持ち上げて背負った。円城寺殿は大きなトランクを持ち上げて、狭い通路を身を細めて進んでいくので私も後に続いた。

 外に出るとそこは木造の家がずらりと並んでおり、待ちゆく人は殆どが女性か子供で男は目にしない。炭鉱の町なのだからきっと男たちは石炭を採掘するために穴を掘っているのだ。危険な仕事だが、石炭がなければ今乗ってきた汽車だって動かないのだから、人々の生活を支える重要な仕事である。私の地元も鉱山の町であったからよく知っている。


「カミノマくん、君は懐かしいのではないかね?」


「ええまあ。ところで、円城寺殿の知り合いというのはどこにお住みなのですか?」


「この炭鉱から少し離れた集落にいてな。医者をやっている」


 多くの者と言葉を交わす機会のある医師という職業であれば現地の人たちと仲良くなるのも早いだろう。これはかなり期待が持てそうだ。


「駅を出て左の通りをまっすぐ進む。道中はずっと上り坂で少々きついが、登り切った先に集落がある」


「そうですか。しかし心配はいりません。足腰には自信があるのです」


「そうだろうそうだろう。きっとそうだと思った」


 では参ろうと言い、円城寺殿が先頭に立って集落への道を進んでいく。木々の間に踏み固められた土の道がずっと伸びていて先日雨が降ったのか少し湿っていて滑りやすい場所が散見された。円城寺殿は足を悪くしたと聞いたがそれにしてはしっかりとした足取りで坂を上っていく。もしかすると汽車の車両内ではベンチに座りたいがためにあのようなウソを言っていたのであろうか。


「円城寺殿、そういえば足は大丈夫なのですか?」


 真実を知るため私は直接円城寺殿に質問を投げかけてみることにした。


「ああ、歩いている分には問題ない。直立しているのがつらかったのだ。君だってそうだろう?」


「ええ、わかります」


 人間ずっと立ちっぱなしというのはつらいものである。それに汽車の中ではただ立っているだけではない。揺れるのだからそのたび足を踏ん張って転ばないようにしなければならない。それは確かに座りたくなるものだ。


「席に座れず我慢というのも手ではある。しかし、この坂を歩くと考えれば足を休めておいたほうがいい。そこでああして席を探していたというわけだ」


「そうだったのですか。私は少々心配していました」


「おお、それはすまない。見ての通り問題ないから心配は無用だよ」


 大きく足を踏み出して円城寺殿は自分の足が強靭であることを示した。


「そうだ、後ろを見てみるといい」


 言われた通り後ろを振り返ると炭鉱の町が木々の隙間から一望できた。駅からまっすぐ伸びた大通りを進んでいくと炭鉱の入り口に迎えるようだ。木造の建物の中には商店の看板や宿の看板が掛けられているものが多くあることに気が付いた。滞在にはあまり困らなそうだ。全景を見ると小さな町だが活気にあふれているのは感じられる。


「いい景色だろう」


「まったくそうですな」


 しばらく眺めて、また坂を上った。勾配はだんだんと急になってきているが、さんざん山を登っている私からすればたいしたことではなかった。俺の足腰を鍛えたということで山籠もりの情報屋には少しは感謝しなければいけないだろうか。いや、そんなことはない。とっととあいつは下の集落に降りるべきだと考えを改めた。


 そんなことを考えていると急に道の先が開けて、家屋が見えてきた。


「ようし、着いた。ここが私の知り合いがいる集落だ」


 集落には10ほどの家が建っており、周りは木に囲まれている。一番大きな建物は集落の長の家だろう。そして集落の南西にある二番目に大きな建物が円城寺殿の知り合いが営む病院なのだろう。

 俺が「あれか」と聞くと、円城寺殿は「そう、あの南西の家だ」といったので間違いない。

 家に近づくと、入り口に佐伯診療所という木製看板が掲げられていた。


「ごめんください」


 中に入って声をかけると、はいただいまという男の声が聞こえてきた。奥から出てきたのは白衣をまとった中年の男だった。白髪の目立つ薄い頭で顔は面長で頬はこけている。これが医者では患者が心配になるのではないかと思った。


「ようこそお待ちしてましたよ円城寺さん。……おや?そちらの方は?」


「ああ、こちらは私の知り合いのカミノマだ」


「どうも、カミノマです」


「カミノマ……。なんという字を書くのです?」


「上下の上にカタカナのノに間と書いて上ノ間ですが、漢字を書くのが面倒でいつもカタカナで書いているので知っているものはそういません」


「そうですか。ああ、僕は佐伯紺介です。よろしく願いします」


 そういって深々と頭を下げた。頭頂部の髪は産毛程度のものしか残っていない。キンカまっしぐらである。


「ささ、中にどうぞ。建物の右側は居住空間なので、そこに荷物を置いて休んでいてください。僕はまだ仕事が残っていますので」


「そうかい、じゃあ、そうさせてもらおう」


「お邪魔します」


 履いていた靴を脱いで靴箱に押し込むと、居住空間だという建物右側へ入っていった。薄暗い廊下を抜けた先の扉を開くと、8畳ほどの部屋があった。中央にちゃぶ台があり、その上には瓶に水を入れて活けられた小さな花があった。向かって左端には箪笥があり右側には押入れがあった。どうやら佐伯という人はあまりものを置かない人のようだ。


「うむ、彼らしい部屋だ。しかし、男三人ではちと狭いな」


「大丈夫ですよ。情報さえ手に入ったら私はすぐに出ますから」


「そうか、それもそうだな」


 早く情報が欲しいが、仕事中に聞くわけにっもいかない。俺は少し眠って佐伯の仕事が終わるのを待つことにした。

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