北の海原
初夏であるというのに北は涼しいらしい。念のために長袖の洋服を仕入れておいてよかった。
澄んだ空気は美味く感じた。近代化の進んだ東の都の汚れた空気を吸っていたからなのだろうか。
遠くに見える港には巨大な帆船が停泊している。
「さて、どうやって乗せてもらおうか」
見る限り物資の運送をする為の貨物船であろう。あまり交渉というものは得意ではないし、この辺りの方言は全くもって理解していないのだが、なんとか乗せてもらう他ない。
なにせ成芥子のお嬢様に盆までに戻ると約束をしてしまっている。広い北の大地を巡るのにかなりの時間を要するのだから、海を渡れる時に渡っておかねば。
港に向かう道中で刻みタバコを仕入れた。仕入れ先の店主に船のことを聞くとどうやら船長はこの辺りの生まれではなく、四ノ国の生まれであるという事であった。それであれば話が通じないという事はないだろう。
「ありがとう。少し話をつけてみようと思う」
「上手くいけばいいがな」
「というと?」
「船乗りって奴は大概気難しいものだ。一癖も二癖ある。特にあの船長は曲者だろう」
「心配ご無用。生憎船乗りには慣れているんでね。ま、無理だったら戻ってくるさ」
「そうかい。頑張んな」
店主に別れを告げて港へとやってきた。大量の荷物を帆船に搬入しているところであった。船長と思われる男は背の高い筋骨隆々の白髪の男であった。
「随分と大きな帆船だ。圧巻だな」
「うん?何者だてめぇは?」
流石海の男というべきか。随分とガラが悪い。
「カミノマという。珍品探して国中回っている行商人だ」
「カミノマ?ああそうか、お前が赤毛の行商人か」
「なんだ、知っているのか」
「四ノ国にいた時に話を聞いたことがあるだけだ。それで、何のようだ?」
「北の大陸に渡りたい。船に乗せてはもらえないか?」
「そりゃ無理だな。荷物と船員で満杯だ。てめぇが乗りこめる場所なんぞない。他当たれ」
「最北まで行かねばならない。この場に留まっているわけにはいかない」
「そんなこと知った事じゃないな」
このまま話していても乗せてはもらえないだろう。何か相手に有益なものがあれば少しは考えが変わるだろうか。
ズボンのポケットから龍神の瞳を取り出して真上に投げた。
「あん?何を投げた」
「龍神の瞳という珍品だ。今のように天に向かって投げると、このようにガラス玉が色を変える。赤いという事はこの先晴れが続くという事だ。たとえ外れていても雨が降る事はない。船乗りにとって、天候を知れるというのは良いことではないか?」
「心配はいらん。どんな天候だろうと渡り切れる。それに、俺はそんなものは信じない」
駄目か。やはり一筋縄ではいかない。今ある珍品の中で何か交渉に使えるものがないかと考えてもみるが、この男には一蹴されるだろう。
先ほど仕入れたタバコを渡しても乗せてもらえないだろう。
ものの試しだが、一つ試してみようか。
「参った……成芥子のお嬢様の頼みで向かわねばならないのだ。お約束を守らなければならないのだが……」
「なに、成芥子だ!?」
明らかに反応した。成芥子の名はやはり大きいようだ。全国にその名が知れ渡っている名医の家というだけある。
「そうなのだ。いや参った」
畳みかけるように非常に困ったような顔をして見せた。
「……わかった。成芥子の頼みなのであれば乗せる他ない。とっとと乗れ」
「そりゃあどうも」
これで北の大陸に渡ることができる。こういう時ばかりは名家と知り合いで良かったと心底思う。
船内は荷物がぎっしりと詰まっている。少し広めのスペースを見つけ、背負子を背から下ろして少しばかり積み込みを手伝った。ただで乗せてもらうわけにもいかない。これくらいはせねば。
「よし、積み終わったな!出港だ!」
ガタリと揺れて船が動き出した。
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