1-13・ミドリがちょっとだけ実力を出す

 ミドリは、手にした落語ダンス部の、ほどほどに使い込まれた扇子を両手で握りしめた。


 ミドリが手にする前は無地だった扇子は、表が黒地に「寂滅」の文字、裏が白地に日の丸の印が入っている。


「発っ破! 小悪退散!」


 陰陽師みたいなことを唱えると、ミドリの服も和洋中折衷の魔法使いに見える。


 ミドリはまず、黒の面を表に向けて広げた。


 すると薄青いもやーっとしたものが扇形に広がり、バリヤーみたいな感じで、部室のある庵よりもやや広い、雑木林と泉を含めたぐらいの半ドームの、膜のようなものが形成されたのが確認できた。


 次に、ミドリは扇子を裏返すと、日の丸の赤い部分がだんだん黄色みを帯びてきた。


「これで私の実力、わかったん?」


「実力はわかんないけど、魔法っぽいことだけはわかったよ」と、おれは答えた。


「まず、この建物周辺に簡易防護膜を設置してみたのね。簡単なものだから、外気とか無害な生き物は、存在に気がつかないで通り抜けられるよ。ただ、ヒトやあやかしのような知性体は、そこに何があるか知っていないと、あるいは誰かに教えてもらわないと認識できない」


「というと?」


「うちらの部活と部室の秘密度が高くなる、ということやね。もちろん、生徒会関係者とか、以前からこの庵に遊びに来てたヒトには以前通りなんだけど、ぼやーっと、あそこになんかあったよなー、ぐらいにしか思ってなかったヒトとか、新しくこの高校の生徒になるヒトには認識されない。ものすごいレベルのあやかしとか魔物だったらあきらめるしかないけど、そこまでこの世界は非リアルじゃないよね?」


「最後のところはものすごくひっかかるけど、確かにリアルだからいいかな。学校が魔物の群れに襲われたって話は聞いたことがないし」


「簡易防護膜以上の、防護壁みたいなことにすることもできるけど、その場合は少々魔力がかかりすぎるので。あと、日の丸の部分に溜まってるのはスギ花粉ね」


 ひっ、とミロクは声をあげて、急いでマスクを二枚重ねにした。


「なるほど、空気清浄機能もあるんだ」


「そうしとかないと、防護膜と地面の接点に、スギ花粉が溜まっちゃうよ? この扇子を立てかけるような、適当な台ってあるかな」


 おれとミナセは工夫して、通常の扇子置き台の底の部分に、インスタントコーヒーの空きビンをセットした。


 確かに、そうやっておくと、日の丸の部分から、さらさらと黄色い粉が扇子の折り目から要に流れ、ビンに少しずつ溜まっていく。


「うちの部室にも、空気清浄機みたいなものはありますけど、ただ、ある、ってだけのもんでしたからねえ。これはいいなあ」と、ミナセは感心した。


「ここらへんの魔法は、攻撃・防御・治癒といった、対魔物・対人魔法じゃないからね。んー、サブスクの「使い魔放題」契約してるんで」


 じゃ、これ、と、ミドリは携帯端末内の電子契約書をおれたちに見せたので、ミロクは驚愕した。


 このあと、驚きの料金表示が。


「安いな!」と、ミドリは言った。


「これ、ぼくたちでも契約できるんですか?」と、ミナセは聞いた。

 

「異世界人じゃないと無理だと思うけど。あとこの料金、電気料金に上乗せして、学校持ちにできないのん? 個人じゃなくて公費扱いってことで。冷房・暖房代も魔法を使えば安くなるんよ」


 ただにはならないんだな。よしわかった、と、交渉力には定評がある部長のミロクは言った。


 しかし、魔力が金で買えるとは。それも日本円で大丈夫とは知らなかった。

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