1-12・冗談言っちゃいけねぇ
ミロクが用意したのは、無地の扇子だった。
ミドリはそれを受け取ると、次はワタルに、部室の隅に重ねてあった、薄青色の座布団を取ってきて、と言った。
ワタルはまだリアルなものを受け取れないため、おれが手にして、ワタルに渡した。
ミドリはおれにホワイトボードを片隅に移させて、床の間の前に座布団が正しく置かれたのを確認した。
座布団に座って、片手にワンズ、じゃなくて扇子を持ったミドリは、いよいよ魔法を使ってくれるらしい。
「えー……、お笑いを一席。こんちわ。おや誰かと思ったら横丁の勇者さんじゃねぇか」
「冗談言っちゃいけねぇ。はい、オチがついたから、ちゃんと魔法やってね」と、ミロクは言った。
異世界落語は個人的には興味あったけど、やはり話が進まないからなあ。
ミドリは、扇子を広げて、はいこの通り、裏も表も無地の白、種も仕掛けもありません、と、プレステージをしてから畳み、再び広げると、黒地に麻生太郎みたいな達筆で「寂滅」と白く書かれた面が見られ、裏返すと白地に赤の日の丸が描けていた。
「なんで扇子みたいなもん、茶道部にあるんですか。踊りの稽古とか?」と、クルミは聞いた。
「落語ダンス部が、去年の学園祭のとき使ったものだったかな。一応預かってはいるけど、許可がないと捨てられないのよ」
おれはさらに段ボール箱をあさり、軍扇、軍配、采配、羽扇とかいろいろなものを出した。映画ダンス部、相撲ダンス部、歴史ダンス部、三国志限定ダンス部とか、昔はいろいろな専門部もあったんだけど、全部ダンス部に統合されてしまったのである。
おれがそれらをせっせとミドリに放り投げてやってると、うまいことミドリはジャグリングをはじめて、ときどきおれに投げ返してくる。
「自分が見たいのは大道芸ではない!」と、だんだんミロクの怒りゲージがあがって目がつり上がってきた。
そしておれはそれ以外のミロクの変化にも気がついた。つまり、あごマスクだったのをしっかりマスクにしている。
今まで特に必要がなかったため言及していなかったけれども、おれたちのリアル世界ではスギ花粉による花粉症というものがあって、日本人の3分の2ぐらいは、晩冬から初夏にかけて、鼻水がずりずり、目がしょぼしょぼの状態になる。
薬である程度はおさまるとはいえ、鼻の頭を赤くして、すごいクシャミなどをするのは見栄えがよくないため、特に息苦しくならない場合は、マスクと花粉除けメガネをしているヒト(特に女子)は多いのだった。
はっ、と気がついたミドリは、いちばん花粉がたまってそうな羽扇で、ミロクに風を送りはじめた。
ふゎさ
ふゎさ
ふゎさ
ミロクはおれの後ろに隠れて、身を縮こませて、頭を抱えながら念仏のようなものを唱えている。
「どうだー、私の花粉魔法、すごいだろ」と、ミドリは言った。
しかしそれは魔法でもなんでもないのでは。
一応、緑魔法の一種なんだろうけど、異世界にもスギ花粉症というのは存在するんだろうか。
春の日差しは、密閉度が高い部室のアルミサッシ越しにものどかで、サクラの花のつぼみはどんどん膨らんでいる、そんな時期だった。
さて、それじゃ本気出しましょうか、と、ミドリは、薄い羽織にも見えなくはない法服の結び紐を解き、はらりと置いて立ち上がり、畳んだ扇子で窓の留め金を指し示すと、かちゃかちゃと一斉にはずれた。
「オープン!」
なんで英語なの、迫力ないやん、とおれは言い、アペルタってラテン語もあるんだけど、そもそも異世界に英語もラテン語も、あるわけないじゃん、って、異世界にうるさいヒトもいるからねー、と、ミドリは答えた。
とりあえず、部室(茶室)の南側の窓は、この季節にはかつてなかったほど大きく開かれた。
「さーこれからですぜ部長。覚悟はちゃんとあるのん?」
ミロクは、魔術師によってグリーンドラゴンでも召喚された村の小娘のようにぷるぷるしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます