1-7・カクエターナル運営からの連絡

「来年度から、うちの高校は世界の多様性容認と複雑化、および生徒の減少その他の理由により、エタってる、つまり物語を完結させられない怠惰な作者による作品の、登場人物の入学を許可することにしたんだ」


「エタ支援ですね!」と、クルミは言った。


「そういう言いかたになるかな。もともとうちの高校は、校則もゆるいし、生徒の中にはヒトではない知性体もこっそり、数多く混ざっていることは、実は本当なのでね。異能力者とか、あやかしとか、ヒムヤル人とか。残念ながら現在の日本では、ひっそりこっそり、自らの出自を隠して生きていかなければならないかたがたも多く、その中でも、ネットでは目立っていてもリアル世界では最下層の存在として、エタってる作品の中のキャラが……」


「エタ難民?」と、ミドリは聞いた。


「エタ差別!」と、ワタルは言った。


「ちょっと待てい」


 そこで部長のミロクが、定席である黒と灰色のソファからむくりと身をおこし、のろのろと自分の携帯端末のところに行って、その下にあったプリントアウトした紙をメンバーに配った。


     *


いつもお世話になっております。カクエターナル運営の 片岡です。


質問いただきました件につきましてご連絡いたします。


弊社は 表現の自由を重んじながらも、徒にに人権の損害や差別を助長する表現に関しては、弊社のネット小説としては 自粛を要請する場合もあります。


エタる若しくはエタという言葉・表現には、確かに現在はネットスラングとしては、専ら差別的な意図は含まれていないという判断はあります。


とはいえ、その語の歴史的背景を考慮すると、 未だに積極的に作品上に使うことは奨励しにくい現状であります。


宜しく慮って頂けない場合、また庇い切れない場合は、 弊社としては 記述の削除もしくは訂正を お願いするかもしれません。


以上よろしくお願いいたします。


カクエターナル運営 片岡


     *


「なんかよくわかんないね。要するにどういうこと?」と、ミドリは聞いた。


「つまり、部の名称とか日常会話に、避けて欲しい語がある、と」と、ミナセは説明した。


 そうだったんか。


「新しい部の名称として「エタ部」もしくはそれに類するものはあかんよ、ということだ」と、ミロクは言った。


「いくつか疑問点があるんですけど」と、ミドリは眼鏡のフチをぐいと上げて言った。


「カクエターナルなんて名前の、投稿ネット小説や投稿漫画を運営してる会社なんてあるの?」


「業界ナンバーワンだよ」と、おれは心から答えた。


「作品の質およびエタリ作品の少なさからいうと、かなり良質な会社なんじゃないかな。良質なのは投稿者のほうかもしれないけど」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、ウルフ」と、クルミは手をわたわたさせながら言った。


「それだと、この世界、つまり私たちがいまいる世界も、誰かの創作物、つまりネット小説として発表されている嘘世界ということになるじゃないですか」


「そうね。考えると変だね。嘘世界から嘘世界に来たって意味ないかもね。でも、ここはリアル世界なんだ」と、おれは力強く断言した。


「なぜなら、ここを嘘世界だと思っている登場人物は、ひとりもいないからだ」


「……登場人物……?」と、クルミは首をかしげた。


     *


 結局「エタ部」とか「エタ○○部」という名称は、満場一致で否決された。


「だって、そんな名前の部活、エタりそうじゃん」というミロクの意見があったからである。

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