控えめなタイプ

森野樽児

控えめなタイプ

「実はな、ここ事故物件なんだよ」


大学三回生の夏のこと。

俺と友人の矢野(仮名)を部屋に呼んでくれた柴田(仮名)という男は、突然そんな話をしてきた。

ゼミの中でも人付き合いが苦手で浮いた三人組だった我々は、自然と意気投合しいつのまにやら宅飲みし合う仲になった。中でも駅近で綺麗なマンションだった柴田家での飲み会は最も頻度が高く、これまでも何度も飲みにきていたが、そんな事実は初めて知った。


「まぁ俺も知ったのは最近でさ。ゼミOBの先輩から聞いたんだ。どうも五年程前にもうちの学生が住んでて、この部屋で自殺したらしい」

「ちょっと待てよ、そういうの借りる時に聞かなかったのかよ?」

「なんか間に二人学生が入ってるから、告知義務は無いんだってさ。ただ、今にして思えば確かにやたらこの部屋だけ家賃安かったんだよな」

「いや。そういうのもっと気にしとけよ」

「そん時は一人暮らしが嬉しすぎて気にして無いよ。お前もそうだっただろ?」


「いや、そんな事よりさぁ」


俺と柴田がああだこうだと話していると、矢野が割って入ってきた。


「つまりここ、本当に"出る"って……こと?」


矢野の表情はわくわくキラキラしていた。そういえばこの手の話が好きだとか以前言ってたような気がする。俺は幽霊やオカルトの類は端から信じていないので、どうせそんなの訊いても「いない」に決まっているだろ、と思っていた。

しかし柴田の答えは違った。


「あぁ、出るよ。幽霊。この部屋」


俺も矢野も一瞬顔を見合わせた。


「え!マジかよ!ちょっと詳しく聞かせてくれよ!」

「おい柴田!酔ってるからって揶揄うなよ。どうせ嘘なんだろ?」

「嘘じゃねーよ。俺も先輩から事故物件だとは聞いても正直半信半疑でさ。だって既に三年は住んでるのに特になんもないし。仮に自殺が本当でも幽霊はいないんじゃないか、って」


それで――確かめることにしたんだ。そう言いながら、柴田はスマホを見せてきた。


スマホの画面にはこの部屋を写したであろう写真が表示されている。今アルコール缶で埋め尽くされているテーブルに柴田が座り、ベランダへ続く窓にかかる緑のカーテンをバックに自撮りしている。


そのカーテンの下。

床との隙間に、写っている。

真っ白な肌をした、人のつま先だ。


「やっぱり写るんだな。心霊写真って」


俺と矢野は柴田から渡されたスマホをまじまじと見つめる。問題の部分を拡大して見るが、確かに合成だとか作り物には見えない。爪の先まで真っ白な足の先が、カーテン奥から見えている。


「すげぇ、実物初めて見たよ……!」


矢野が驚きの声を上げた。俺は正直まだ信じ難い気持ちの方が強かったが、現物を見ては反論しようがない。


「これ一枚だけか?この部屋で撮った写真」


俺は柴田に尋ねた。


「いや、他にもあるぞ。ほら、これも。あとこれも。これもだな」


画面をスワイプして他の写真を表示する。寝室やキッチン、玄関などこの部屋のあちこちで撮った写真が流れてくる。そのどれも――家具の影、棚の隙間、扉の間――どこかから白いつま先が覗いていた。


「ここで撮った写真全部が全部じゃないけどな。3枚に1枚くらいはやっぱり写るな」

「ほとんどじゃねーか。よく平気だなお前……」

「そりゃ俺も最初はめちゃくちゃビビったよ?でも、なんつーかなぁ、この幽霊、これだけなんだよ」

「これだけって?」


柴田はハイボール缶を握りつぶしながら、言ったまんまだよ、と言った。曰く、確かに写真には写るが必ずつま先だけ。それ以外は写った試しがないそうだ。またそれ以外に金縛だとかラップ音だとか声が聞こえるだとか、何か霊障的なことも無いという。


写真に撮るとつま先が写る、それがこの幽霊の全てだそうだ。


「まぁそういう訳で今は完全に飽きてるわけ。幽霊もいるにはいるけど、本当にいるだけ、だよ」


柴田は新しい缶チューハイを開けながらつまらなさそうに言った。


「控えめなタイプなんだろうな、この幽霊はさ」


そんな風に言いながら酒を飲み干していた。

俺も矢野もまだ色々聞きたい気持ちもあったが、柴田がそんな雰囲気だったのでこの件はそれ以上掘り下げず、また違うバカ話に花を咲かせながらアルコールを煽った。





「なぁ、やっぱりあれ、本物かなぁ」


小一時間程経ってから矢野がポツリと言った。

あれから妙に酒が進みみんなすっかり出来上がってしまった。矢野もうつろな目をしていたが、柴田なんかはいびきをかきながらソファで寝ている。俺も大分頭がフラフラしていたが、矢野の問いには答える。


「どうかなぁ。確かに妙な写真だとは思うが、つま先が写るからといって、あれが幽霊だとは断定出来ないよな。なんらかの現象が起きてるのは事実だろうけど。それを安易にオカルトで説明するのは個人的には早計だと……何してるんだ?」


気付くと矢野はスマホのカメラを構えて部屋の中をキョロキョロとしていた。


「いや、さっきの柴田の話だと俺でも心霊写真が撮れるかなって……」

「お前マジか。あんなの自分でも撮りたいのかよ」

「嬉しいじゃん、自分で心霊写真撮れたらさ?」


矢野は赤い顔をしながらいい笑顔だ。俺にはさっぱり分からん感情だが、まぁ本人が満足そうならいいか、とほっとく事にした。


「確率は三分の一だって言ってたぞ」

「ならますます運試しにもやってみたくなるな」

「はぁ……じゃ、どうせなら家主も写してやったらどうだ」

「お、そうだな。確率あがりそうだし。じゃあ……」


矢野は口を開けてだらしなく寝ている柴田を中心に、最初に見た写真と同じくカーテンをバックにしたアングルに決めた。


カシャリ


とカメラアプリの音が響く。


「さぁてちゃんと運良く、幽霊ちゃんが写ってるかなぁ……あっ」


スマホ画面を見て矢野が小さく唸った。そしてそのまま固まってしまった。俺はその反応を見て笑う。


「おい、そういうのやめろよ。写ったのか写ってないのかどっちだ?」

「……写った」

「ならいいじゃねーか、良かったな。なぁ、どんな感じか俺も見せてくれよ」


何故か反応の薄い矢野からスマホを奪い取り、俺は写真を見た。


「あっ」


俺も思わず声が出た。

確かに先程見たのと同様に、つま先が写っていた。心霊写真が撮れたと言っていいだろう。ただ、問題はつま先が写ってる場所だ。


つま先は大きく開いた柴田の口の中にあった。


まるで古いギャグマンガの出っ歯のキャラの様に、彼の口から真っ白なつま先が飛び出していた。


俺はスマホから目を外し眠りこけてる柴田の顔を見る。当然ながら、彼の口には何も無い。

だが、スマホの写真にははっきり写っている。真っ白なつま先が。口の中に。


矢野が俺の手からスマホを奪い返し、写真を消した。


「……この事、柴田に言わないでおこうぜ」

「そ、そうだな……アイツ、この部屋気に入ってるしな……」


俺と矢野はそう話した。


結局、柴田はその部屋に住み続け特にその後も何事もなく無事卒業した。


最後まで彼は"控えめなタイプ"の幽霊と一緒だったと思っていたようだが、俺と矢野だけは"相手が見てないとこだと大胆になるタイプ"だと確信していた。


<了>

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控えめなタイプ 森野樽児 @tulugey_woood

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