第2話 小鬼退治だ全員集合

ゴブリン退治の約束の日。


「ここをボクの集合地点とする!」


ゴブリン被害を受けた村の広場に若君、オウドリヒト・フォン・グリムホルンは高々と旗を掲げさせた。

若君つきの従者や執事がせっせと旗立て台を組み立てている。

これを見て領内の城や村々から続々と騎士たちが郎党を引き連れ集まってくる予定。であった。


「なぜこれだけしか集まらないんですか!?若君の手前であれだけ感動的に従軍の誓いをしたのに!」


広場の中央では若い書記官の青年ルークが怒り狂っていた。

ぼさぼさのシャギーにも見えるブラウンの髪を振り乱している。


集まった騎士たちは十三騎。それぞれ1~2名の郎党を連れてきているが、

参加表明した騎士たちの三分の一にも満たない。


「ルークさん、来なかった人たちをきちんと記録してくださいね?……ちゃんと覚えておきたいですから」


その隣には護衛の武装メイドを数名引き連れたドルミーナ姫。

戦闘に備えてか、だぼっとした大人用の硬革のドレスに身を包んでいる。

にこにこしながらルーク書記官に話しかけているが目が笑っていない。



集まってきた騎士たちはヒヤヒヤしながらそれを眺めていた。


自分たちはちゃんと来たのに同僚たちときたら情けない。

そもそも義務ではないし自由参加とは言われていたが来ると約束してしまったのは事実だろう。


だが、彼らの事情も分からなくはない。

騎士が出陣するとなれば武装した郎党だけでなく、馬を引いた召使いや小姓・見習い騎士なども連れてこないわけにはいかない。

そうすると弁当代や装備の手直し代だけでもそれなりの費用にはなるのである。

家に帰って冷静に考えたらやっぱりそれだけのカネがなかったという同僚の気持ちもよくわかる。


少しは弁護するかと旗持ちのベテラン騎士が一歩前に進み出た。


と、その騎士を制して弁護の声をあげたのは澄んだ紺青色の眼をした若君だった。

「来なかった人を記録とかしなくていいよ。彼らはちゃんと留守を守ってくれてるんだから」


「では来てくださった方々だけ記録しますね!」

というと書記官が参戦表明した人たちのリストから来た人にだけマルをつけていく。

「うんうん……いや一緒だよねそれ」


マルのついてないのを抜き出せばただの不参加リストになってしまう。


「だから要らないってば、ボクの勝手なお願いなんだから」

「しかし、平然と領主に嘘をつくなど……」


ルークがまだ文句を言おうとしたとき。


「ルーキウス・アマデウス・エスカヴィッツ!」

「はい!?」


若君がルーク書記官をフルネームで呼んだ。

愛称で呼ばずに正式名称をフルで呼ぶということは真剣な話をしているぞという意味になる。


若君はルーク書記官の肩を抱いて小声でささやいた。

「大丈夫、ボクが覚えているから」

「……!?」


ルーク書記官が黙ったのを見て、若君はにこやかに参陣した騎士たちに振り向いた。


「よくぞ来てくれた!フォン・ヴィッツンゲン!フォン・ハルトナイト!フォン・リンツ!フォン……」

「はっ!」

騎士十数名に一人ひとり呼びかけて回る若君。

名を呼ばれた騎士たちが順番に敬礼をしていく。


「おお!戦場の鷲たちよ、鋼の城壁よ、その威容をいかに称えん。

 武勇は炎のごとく燃え上がり、その進軍は風のごとく。

 守りは大地のようにゆるぎなく、その戦術は流れる水のごとし。

 我ら心正しき戦士ならば、たとえ千万と言えども我らゆかん」


ひらひらと手を舞わせながら若君が武勇を称える古歌を歌いあげる。


「たとえ千万と言えども我らゆかん!」

騎士たちが最後の行を斉唱して答える。


「ここに来てくれた諸君のことをボクは決して忘れないだろう!」

「ははーっ!」


若君の声に気持ちよく答える騎士たち。

まぁ、ゴブリン程度、騎士1人あたり5匹ぐらいは余裕で倒せる雑魚である。

10匹もきたらどうかとおもうが、正直この人数でも多いぐらい……


「ゴブリンが千万もいなくて申し訳ない、今回はたった200だ」

「え」


若君の言葉に暫し凍り付く騎士たち。


そこに妹姫、ドルミーナが進み出た。

簡易な胸当を縫いつけた大人用のドレスがだぼだぼ言っている。


「本陣はこの私が守ります、ポーションも用意しておりますので安心してください!」

ポーションの瓶を掲げる武装メイドたち。

こちらも長剣や槍と硬革の胸当てをつけたメイド服である。


「はっはっは、ボクの小さな妖精ちゃん。守りなんて不要だよ、この強い騎士たちが全部倒してくれるからね!」

「まぁ!楽しみにしてますわ!」


若君と姫君がワクワクしながら騎士たちを見ている。


「お、お任せくだされい!!」

「一匹たりとも本陣には通しませぬとも!」

「おお!小鬼どもがたった200?少なくてびっくりしたわい!」」

「ガハハハハッ!!」


「では作戦を言うよ!」

若君は騎士たちににこやかに宣言した。


 - - - - -


やぁ、伯爵母さんの留守番をしているオウドだよ。

念のために斥候を放ってよくよく調べたらゴブリンの群れが思ったより大きいみたい。

領内の複数の村に被害が発生してた。


なんでここまで放置してたんだと思ったら、上納金未払いで潰れた隣の領地から流入してきたみたい……。

ふつうはゴブリンなんて村人が追い散らすか、村が冒険者を雇って討伐させる。

だけど昨年の大不作で村にはそんな余裕がなかった。

あっちの領地は取りつぶされてたし、こっちは流民受け入れと借金対応でそれどころじゃない。

その間にたぶん増えちゃったんだろうなぁ。


行動範囲と目撃数から考えてたぶん100匹前後の群れになってる。

200は居ないと思う。居ないといいな。


対応に頭を悩ませていたら、妹のドルミーナがポーションを持ってやってきた。

「お兄様がゴブリン退治で怪我したらよくないから、水魔法で頑張って作ったの」


え、自分で作ったの偉いね!水魔法覚えたんだ!適正あるね天才かな?

ドルミーナを抱っこしてヨシヨシしてたら、やる気がでてきた。

まずは冒険者ギルドにゴブリンとの戦い方を改めて聞いてこよう。


あとは騎士さんたちのやる気だなぁ。

ちゃんとお願いしたけど、まぁ半分は留守に残ってもらったとして20~30騎も来てくれたら助かるんだけど……


13騎だった。郎党たちをあわせて総勢40名ぐらいの戦力か。

ゴブリンが100匹前後ならなんとか損害なしに勝てるかな。

怪我人がでたときのために念のためドルミーナたちにポーションを持って本陣で待機してもらって……と。


ってルーク怒らないで。せっかく集まってくれたのに文句ばかり言わないの。静かに。

そんなに記録したいの?だったらボクが覚えてるから安心して?


ルークが静かになってくれたので、みんながやる気になるように古の戦の歌でも歌おう!

良し盛り上がった。


うーん、ゴブリンがたった100とか言ったら甘く見て誰か怪我するの嫌だな。

よし、最大で200って言っておくかー。


みんなやる気だし、あとは作戦通りいけば無事に勝てるかな。

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