第3話 小鬼退治だ巻き狩りだ

「これは……巻き狩りですか?」


書記官ルークはぽかんと前を見つめている。

森の周りにはずらっと村人たちが列を作っていた。

彼らは付近のゴブリン被害を受けた村から動員された若者たちだ。

それぞれに10尺前後はある木の棒を手に持っている。


騎士の号令に従い、皆が棒で地面をたたきながら森の奥へ進んでいく。

通りすがりの茂みや穴も忘れずに棒で突っつきまわし、驚いた鳥やウサギがバタバタと逃げだしていた。

巻き狩りというのは狩りの手法の一つで、こうやって大勢で獲物を取り巻いて狩るから巻き狩りという。


「ゴブリン狩りってこう、群れに突っ込んで斬り散らして終わりじゃないんです?」

「はっはっは、それだと狩り逃すから結局また増えるじゃないか。殲滅するんだよ」


不敵に笑う若君を見ながら、ルークは一体なぜここまでするのかと頭をひねっていた。


騎士たち13騎がそれぞれ百名ちかい村人を指揮し、千名を超える大人数で少しずつ包囲を狭めていく。

ゴブリンは基本的に臆病なので大勢の人間が来たり物音がするだけで逃げ出す。

しかし、たまに方角に迷ったり、やけになって村人に噛みつこうとするヤツもでてくる。


「射よ!」


そういうのは大弓を持った郎党や、駆り出された村の狩人たちが矢を射かける。

村人たちもそれぞれに短剣やこん棒を持っているのでいざとなれば戦える。

だが、若君は危ないからと射撃に専念させていた。


狩人を動員していると良いこともある。

「イノシシ取ったどー!」

「後方へ運べい!」


本来はゴブリンを追い込んでいるのだが、森に踏み込めば野生の動物たちもいる。

囲んで追い込んで弓矢で狙えば獲物も取れる。


これらの獲物は動員された狩人と村人たちに分配されることになっていた。


「む、あれは女鹿と小鹿だ。逃せい!」

不満そうな狩人を差し止めて騎士が鹿の親子を逃がしてやる。


春なので子連れの動物も多い。

狩りの獲物がなくならないように若君は子連れの獲物は逃がすように指示していた。


ゴブリンや野生動物を狩りつつ包囲網はじりじりと森の中心部に迫っている。

最初は大きく開いていた村人たちの間隔もだんだんと狭まってきた。


「若君、各隊がもう30匹ちかいゴブリンを倒しています」

「良かった、あんまりまとまられても困るんだよね」


結構いいペースで討伐が進んでいる、獲物の狩猟も進んでいるし、これならば被害者なく終われるだろう。


「騎士たちに魔法で撃たせればもっとペース早くいけたのでは?」

「何があるかわからないだろう?」


騎士たちは専門の魔導士ではないが、初級の攻撃魔法ぐらいなら使える。

それも温存させて、ただのゴブリン狩りに何があるというのだろう。

若君が機嫌よく鼻歌を歌いながら包囲陣を進めていると、急に森が開けてきた。


「む……?」

「木が倒されている……?」


農民たちを押し止め、騎士たちが様子を見に馬を進ませた。

あちこちで木が倒されているだけでなく、一か所にまとめられて乱雑に積み上げられているようにも見える。


「えー……」

「若君?」

「よっ、とっとっ……」


若君の気が抜けたような声にルークがいぶかし気に若君のほうを振り向く。

若君がちょっと慌てたように馬を進めて、丸太の山に向き直ると。


「風魔法声拡散……全隊!構えたまま待機っ!騎士たち前へ!」

若君の得意な風魔法にのり、各騎士に声が届いていく。


各騎士たちがその指示に従って前に出たかと思った瞬間!


丸太の山の陰から一斉にゴブリンが飛び出してきた!

それぞれに太いこん棒や牙や骨を加工した槍を持っている!


「こいや小鬼ども!」

騎士たちが馬を馳せ、それぞれの獲物を振り回して当たるを幸いゴブリンたちをなぎ倒していく。

訓練された軍馬はゴブリンを蹴り、踏みつぶしていく。

従う郎党たちは徒歩でゴブリンたちに切りかかり、次々に剣の錆にしていった。


ゴブリンたちは100匹もいただろうか。

流石に戦の専門家である騎士や郎党たちには敵わず。

数を次々に討ち減らされて行く。


「勝ちましたね!」

「……」

ルーク書記官の喜びの声に対し、若君はきょろきょろと丸太の山の周りを見渡していた。

その時。


「うわぁぁ!!!」

「オルクだぁあああ?!」


騎士たちとゴブリンたちが戦っている逆方面の村人たちから悲鳴があがる。

丸太の山の向こうにオルク、と呼ばれる大型のゴブリンが現れたのだ。


大きさは普通のゴブリンの倍、ふつうの人間の1.5倍はあるだろうか。

筋肉と脂肪で大きく盛り上がった身体を獣の毛皮で包み、

丸太のような腕には牙を乱雑に差し込んだ巨大な棍棒が握られている。


オルクはゴブリンの上位種である。

食料を豊富に手に入れた群れのゴブリンたちは爆発的に増える。

そして一定数以上の群れとなると大型種が産まれるようになる。

上位種は知恵もついてくるためゴブリンたちは武器や道具を加工し組織的な戦いをするようになってくる。

こうなると国家レベルの脅威である。


当然、棒を持っただけの村人たちでどうにかなる相手ではない。


「お助けぇ?!」

村人たちは突然現れたオルクに怯え、10尺棒を投げ出して逃げようとしたとき。


「やぁやぁ!悪霊大鬼よ!我こそはグリムホルン伯嫡子オウドリヒト!いざ尋常に勝負だ!!」

馬を馳せ、オルクに突っ込んでいったのが我らが若君である。


「わ、わ……バカーーーっ?!!」

ルーク書記官の叫び声がこだました。


 -  -  -  -  - 


ボクは迷宮伯嫡子、オウドリヒト・フォン・グリムホルン。

魔法適正は風魔法、生まれ星は雷星だよ!


村長たちを説得して人手を出してもらうのは大変だった。

ゴブリン退治はしたいけど大勢の働き手を取られるのはさすがに困ったらしい。

でもまぁ肉も手に入るし、大きな巻き狩りみたいなものだからと説明してようやく協力してくれた。


討伐自体は順調に進んでたんだけど、森の奥にゴブリンたちの要塞を見つけてしまった。

まずいなぁ。知恵がついてるってことは上位種がいるよね。


ふつうは100匹程度の群れならまだ上位種は産まれない。

だけど最悪の籤を引いてしまったみたいだね。


上位種であるオルクの襲撃を警戒して陣形を組んで要塞に向かおうとしたら武装ゴブリンたちが襲い掛かってきた。

戦闘態勢をとれていた騎士たちが一気にゴブリンたちを斬り伏せていく。


おかしいな?

これだとただの自爆にしか……


オルク?!

ってそっちかー?!


まずいまずい、そっちは村人しかいない!

オルクが襲い掛かったら怪我人どころか死人が出る!


……ボクが引き付けるしかない!大声で名乗りを上げて気を引くぞ!

風魔法声拡散時拡大っ!!!


「やぁやぁ!悪霊大鬼よ!我こそはグリムホルン伯嫡子オウドリヒト!いざ尋常に勝負だ!!」

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