第2話 焼き肉屋の誓い

 会社を退職し、数日後の金曜の夜。

 久しぶりの再会を前にちょっと緊張しつつ、俺は待ち合わせの駅で降り、改札を出た。


 改札を抜けた目の前にある壁際で、楽しそうに話していた男二人がこちらを見てくる。


「おおっ、来た来た。楓太! こっちこっち!」


 そう言って、ドカッとした体形のおデブが、小さく手を上げてアピールしている。

 髪が半端に長い若干不潔そうなこの男が、川辺健斗かわべけんと

 同じ高校出身で、今でも付き合いのある貴重なオタク友達だ。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「気にするな。まだ時間じゃない。僕らが少し早かっただけだ」


 謝る俺に、問題ないと頷くのが伊波智いばとも

 川辺と違い清潔感はあるが、スマートというには痩せすぎて、見ているこっちが不安になる不健康そうなメガネだ。


 こいつもまた、川辺と同じで高校で知り合ったオタク仲間である。


 なんとも対照的な二人が、俺の数少ない友人だ。

 久しぶりの再会だったが、二人共変わってなさそうで少し安心した。


 とりとめのない話をしながら、三人で予約していた近くの焼き肉屋に入る。

 適当に肉と酒を注文し、乾杯してから近況報告が始まった。


「いや~、久しぶりの飲み会だけど、あれだな。なんか久しぶりって感じはしないな」

「そうだな。こうして会ってないってだけで、ネット飲みとかはしていたからな」


 二人の発言に思わず頷く。

 ダンジョン発生前に世界中で広がったあの伝染病を切っ掛けに、こうして実際に会うということが少なくなった。


 それでも誘われれば、ネット越しに定期的に顔を合わせてはいた。気の置ける友人との会話は楽しいし、数少ないオタク仲間は貴重なのだ。


 こいつらしか友達が居ないから、というのもあるが。……深く考えるのは止めよう。友達は数ではない。絆の深さよ、絆の。無駄に傷つきたくない。


「川辺は最近どうなの? 前にようやく自由に仕事ができて楽しくなってきたとか言ってたよな?」


 川辺はコンテンツを楽しむだけの俺や伊波とは違い、作る側に回りたいと高校卒業後、ゲーム制作の専門学校に通った。


 そして卒業後はゲームデザイナーとして、大手でこそないものの、そこそこ長く経営している会社に就職している。詳しくはよく分からんが、イラストにちょこちょこエフェクトを入れたり、音楽を足したりして動画にするだけのお仕事、とか嘯いていた。


「ふははっ。実はあれから頑張りまして、私、チームリーダーになりました」

「マジで? 凄くね?」

「うむ、それは本当に凄い」


 おおっ、と感嘆の声が漏れる俺と伊波。


 実力もないくせに口だけは達者な先輩から、そりゃもう長いことこき使われたところから、ベテランとして一人で仕事を任されるようになり、クソからようやく解放されたと前に言っていた筈なのに。


 そこから大して時間も経っていないのに、いきなりリーダーはマジで凄いのでは?


「ふっ、ふふふっ! ……まぁ、リーダーが失踪したから余った俺が押し付けられただけなんですけどね。そして今、現在進行形で失踪した理由を実感している」

「あっ、ああ。そういうことね」

「なるほど。そういうアレか。よく聞く話だな、うん」


 どうやら空元気だったらしい。

 川辺はやさぐれた笑みを浮かべて、手元のビールに口を付ける。

 俺も伊波も、哀れすぎて下手に慰められなかった。


「伊波はどうなの? なんか変わったことあった?」


 伊波は大学卒業後、特にやりたいこともなく成績はそこそこ良かったため、そのまま大学職員として雇われている。


 だいたい定時で帰れるし、慣れた場所で気楽に働けて良いとか言っていたが。


「ほとんど変わりないよ。待遇も給料もね。毎月決まった事務、雑務をしつつ、たまに来る頭のおかしいクレーマーの相手と、提出期限が遅れた書類のせいで時々残業があるくらいだ」

「お、おぅ。それは川辺とは違った苦労だな」


 一部のクレーマーはマジでどうかしていると思う。

 俺も経験があるが、奴らはマジで話が通じない。同じ言語を喋っているのかと本気で混乱する。


「いや、もはや慣れ過ぎてどんな主張をしてくるのか楽しんでいるよ。イカれた人間は予想を容易く外してくるから正直面白い」

「お前スゲェな」


 冷静なメガネキャラに見えて、やはりこいつは中身がぶっ飛んでいる。

 ハッキリ言って、俺らの中でコイツが一番怖い。


「それよりも提出期限を守らない同僚に腹が立つ。後から出しておいて、これくらいすぐ出来るっしょ? じゃないんだよ。そのせいで僕が残業する羽目になるんだよ。というかまず謝れよ」

「クレーマーよりもそっちなのか。大丈夫、ストレス溜まってない?」


「大丈夫だ。クレーマーにしろ同僚にしろ、舐めた真似をした奴は即座に頭の中で顔面を踏みつぶしているからな。僕の心はいつだって凪いでいる」

「それは大丈夫じゃねぇんだよなぁ……」


 スチャリ、とかっこよくメガネをいじってるけどさ、それもう野蛮人の思考なのよ。いつ実行してもおかしくないだろ。行動したら確実に返り討ちされる弱さだというのに。


「そういう君はどうなんだ? 珍しく君から飲みに誘ったんだ。何か話したいことがあったんじゃないか?」

「あっ。それは俺も思った。で、実際どうなの?」


 なんでもないような態度で、二人は俺を見てくる。

 少しでも話しやすいように、あえてこういう空気を作っているのだろう。

 言い辛いことだし、その気遣いはありがたい。この流れで報告させてもらおう。


「あ~、実は先月で仕事を辞めてさ」

「……ほん? なるほど」

「ふむ。クビになったのかい? それとも自分で?」

「自主退職、だな」


 そうか、と川辺は静かに酒を飲みながら天井を見上げ。

 伊波は腕を組み、考え込むように視線を落とす。


 微妙な緊張感の中、俺は続けた。


「で、辞めた理由なんだけど。俺、探索者になろうと思ってさ。本当はもっと早くそうしたかったけど、いろいろ考えたら今が一番――」

「待て」


 川辺が手を出し、俺を止める。

 そして俺に指を差し、続けた。

 

「探索者に憧れていたけど、死ぬかもしれないという状況に飛び込めるほどの勇気はなかった。だから、最初期から探索者になることは諦めていた?」

「おっ? おっ、おう。良く分かっ――」


「だけど、今は違う。もちろん今も危険だが、十分な情報が出てきた今なら最低限の安全を確保しつつ、ダンジョン探索が出来る」


 今度は伊波がそう続け、川辺と顔を見合わせる。


「最前線の攻略組として、世間から持て囃される英雄にはなれない。そいつらと比べて、使いきれない程の大金が手に入る訳でもない。だけど――」

「命を大事に。それでいてそこそこの稼ぎを求めるエンジョイ勢としては、むしろ今がベスト。つまり――」


「「俺(僕)が退職するなら、今しかない!」」


 二人はお互いに指を差し、そう言い切った。

 というか、待て。これはまさか……!?


「お前ら、もしかして? マジで?」

「皆、考えることは同じってことだな」

「うむ。まさか相談なしで三人共同じことをするとは。もはや笑うしかない」


 三人で顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。

 まじか。本当にこいつらも仕事を辞めてたのか。

 いや、ちょっと待て。


「じゃあ何でお前らまだ仕事しているみたいなこと言ったん?」


「いや、探索者になるから仕事辞めたわ、なんて言うの恥ずかしくて。ほら、ネット飲みでもさ、面白そうだけどこの歳で命張るのはさすがになぁ、って言い合っていたじゃん俺ら。常識人ぶってさ」


「僕もそれが頭をよぎってね。言えそうな空気だったら実は――とタイミングを計るつもりだった。まさか堂々と口に出すバカが居てくれるとは思わなかった。助かったよ」


「おっ、なんだお前。喧嘩か? 買ってやるぞ?」


 好き勝手言いやがって。っていうか、こいつら自分が仕事を辞めてなかったら俺をそんな風に見てたのかよ。最低か。


 ……いや、俺もたぶん内心でバカにするかもな。所詮、似たもの同士か。


「でも川辺。お前さっきリーダーになったって言ったよな?」

「ああ、そうだよ。そしてそれが決定的な辞める理由になった」


 苦々しく、川辺は続ける。


「後輩だからってリーダーの俺の言うことを全く聞かない先輩。やりたくないからって言われたことをやらずに勝手なことしだす後輩。ちょっと修正指示を出しただけでブチギレて転職しやがった職人を気取るバカ。そしてこいつらの勤務態度を無視して全ての責任を俺に押し付けてくる無能なプロデューサー。なんで真面目にやっている俺がこんなゴミクズ共の為に怒られなきゃならんのかと思ったら、もう我慢できなくてな……」


「お、おう。そうか」


 よっぽど鬱憤が溜まっていたんだな、お前。

 つい先日の所長の話を思い出す。管理職の立場に立つと嫌でもそんな目に合うんだな。


「正直、この歳になってダンジョンに潜れるかって不安はあったけどさ、あんなクソ共の為に働くとか嫌だし、ならいっそ……って挑戦することにしたんだよ。それに、やっぱりジョブとかスキルとか欲しいじゃん?」

「だよな! 超欲しいよな!」


 やっぱそれよな!

 オタクなら絶対欲しいよな!


「僕は川辺と違って仕事内容に不満はなかったけど、もう少し給料が上がらないかとは思っていた。生活できてしまうから惰性でズルズルここまで来ていたが、そろそろ転職の必要性を感じていたんだ。探索者も興味があったから、情報収集は続けていたんだが……今の探索者のレベルと収入は知っているだろう?」


 俺も川辺も頷く。そして、伊波の言いたいことも分かった。


 探索者協会の公式発表だと、現在はトップ層でだいたい三十レベルを超えてくる感じらしい。そして、その人達は年収で数億を超える。


 俺達がそこまでいけるとは思えないが、初心者脱出と言われているレベル十超え。このあたりまで行くだけで、一千万近くの収入になるとか。


「素材の買い取りが落ち着いてきたって言っても、未だにそれだけの需要があるってことだよな」

「初心者を脱出するだけで会社員の平均年収を超えてくるのはヤバいよな。そりゃ探索者を目指す奴が減らないわけだ」


「もっとも、現実を知り挫折する者も多いから、実際にはそこまで増えてないそうだけどね。正直、収入は魅力的だが僕も最後まで迷ったよ。だけど――とうとう現れただろ!?」


 これまで冷静な態度を崩さなかった伊波が、クワッと目を瞠って言う。


「エルフ! エルフだよ! なら行くしかないだろ! ダンジョンに!」


「ああ~。“森山さん”ね。そうか。うん、お前はそうだよな」

「気持ちは痛いほど分かるけどな。俺もお前の立場だったらそうなるだろうし」


 興奮する伊波を、暖かい目で見る俺と川辺。

 そう、これが直近のダンジョン事情で最大のニュースだろう。


 魔物が居るならば、エルフや獣人といった異種族も居るのでは? 


 自然な流れで、そんな意見が初期の頃から出ていた。そんなロマンとの邂逅を目指し(特に独身の男が)ダンジョンの探索を進めていたが、しかし一向にそういった存在は見つからなかった。


 異種族ではなく魔物の淫魔と出会い、コミュニケーションを取ろうとして殺されかけた、なんて笑い話まで出たほどだ。


 異種族は居ないのかもしれないと、そう誰もが思い始めていた頃――今から四カ月ほど前に、とうとう待望の異種族が見つかった!


 それが日本の超一流探索者――森山林華もりやまりんか

 最前線を攻略し続けた結果、人からエルフへと【】を果たした女傑。


 エルフになっても不思議ではない本名と穏やかな気質で、ネットでは森山さんと呼ばれ人気の高い人である。


 肉を焼きながら、それを知った当時の驚きを思いだす。


「あのニュースを見た時はマジでビビったね。テレビ越しでリアルの美人を見て目が離せなくなったのは初めてだったよ。美しい、って言葉がこれほど似合う人がいるのかと思った」


「ゲーム的に考えれば十分にあり得る話ではあったけど、本気で信じていた奴は居なかったよな。実際、自分が人間じゃなくなるなんて想像すらしねぇもん」


 川辺の言う通りだ。

 文字通り今までの自分とは変わるのだから。レベルやジョブ、スキルとは訳が違う。


「だが、もはやエルフや獣人は空想ではなくなった。だったら嫁を求めてダンジョンにくよなぁ?!」

「静かにしろ。恥ずかしいわ」

「同じ席だと他人のふりすら出来ないんだぞ」


 これだから夢が現実になった異種族フリークは手に負えん。

 っていうか、コイツ分かってんのかな。


「水を差すようで悪いんだけどさ、探索者になったからといって、理想の嫁に出会える訳じゃなくないか? 噂だけど、森山さんってレベル五十は超えているらしいぞ? それってつまり、最低でもそのくらい強くならないと種族進化できないってことだろ?」


 トップ層が三十と聞いているのにそれを遥かに上回るとか、よくよく考えれば控えめに言ってもバケモンだな。

 

「俺ら如きが身の程を知れって話だぞ。それともお前、まさか種族進化を目指すほど強くなるつもりなの?」


「おいおい、僕如きがそれほどの高みへ至れるわけがないだろ」

「そこは現実を見てるのな」


 さすがにそこまでバカではなかったか。ほっとしたよ。

 川辺も同じ気持ちだったらしい。小さく息を吐いたのが見えた。

 が、それを裏切るのが伊波である。


「堂々と当たって砕けるだけだ。意外と弱い方が庇護欲を誘って上手くいく可能性がある。ゼロじゃないなら、僕はそこに懸ける!」

「いや現実を見ろよ。発想が低みすぎる」

「ナナメ下を行く大バカ野郎だったか」


 こいつ、森山さんに会ったらマジでいきなり告白しに行きそうだな。

 頭が痛い。見捨てたいが、友達なんだよなぁ……。


 いざとなったら止めようと、川辺と目で頷きあう。


 とにかく、それぞれ理由はどうあれ。


「三人とも探索者になる、ってことはさ。そういうことでいいよな?」

「まぁ、言わずもがなって感じだよな」

「信頼の置ける仲間を見つけるのは難しい、と何処でも言われている。そんな仲間が最初から二人確保できているんだ。このアドバンテージはデカい」


 三人で頷きあい、グラスを持ち上げる。

 

 命がかかっているからこそ。優先順位。ここだけは確認しないといけない。

 だから、俺はちゃんと口に出す。


「まず何より、命を大事に」


 川辺が頷き、引き継ぐ。


「英雄は目指さず、悪目立ちせず、マイペースにほどほどの稼ぎを」


 そして、伊波が閉める。


「そして――異種族の嫁をこの手に」


「そりゃお前だけだ」

「しまらねぇなぁ。でもまぁいいわ。はいっ、かんぱーい」


 カチャン、とグラスを合わせ、らしくねぇとヘラヘラと笑いあう。


「三十過ぎてまさかこんな青春っぽいことをやるとは」

「いやぁ、でもこいつのせいで雰囲気の欠片もないぞ? 命懸けになるんだし……三国志のあれでも言えばよかったな。ほら、我ら同年同月同日の~ってやつ」


「桃園の誓いか。ここは焼肉屋だが」

「じゃあ焼き肉屋の誓いでいいだろ。死ぬときは一緒ってことではいもう一度かんぱーい!」


 こうして、ゆるっとした空気で俺達のパーティーが結成された。

 順調には上がっていくとは到底思えないが、辛くともゆっくり登っていける。そんな予感をさせる宴だった。


 そして、この日から二週間後。

 探索者協会が主催する初心者講習を受け、初めてのダンジョン探索を行った俺達は――





「悪いな楓太。このパーティー二人乗りなんだ」

「楓太は僕が置いてきた。修行もしてないしハッキリいってこの闘いにはついていけない」


「待って?! ちょっと本当に待って!!」


 早くもパーティー崩壊の危機を迎えていた。




 ●




【探索のヒント! その二】

<〇〇の誓い>

 三国志、蜀の英雄――劉備、関羽、張飛が序盤で義兄弟となることを誓った桃園の誓いを参考にしたもの。

 ざっくりと内容を言うと、生まれた日は違っても、義兄弟になるならお互い支えあって人を救って、死ぬときは一緒に死のうぜ、という感じ。

 ちなみに史実ではなく、史実に基づいた創作らしい。

 今回は“焼き肉屋の誓い”になるが、ファミレス、居酒屋など、行う場所によって派生が生まれる。

 ダンジョン発生以来。これから探索者になろうという命知らず達が酒に酔い、悪ノリして行う姿が時々見られるようになった。

 本人達は酒の場の悪ふざけで楽しんでいるが、一部の人間から見れば、ああ、探索者になるのねと冷たい目で見られる対象になる。

 ダンジョンとはいえ暴力で生きようとする連中は、現実的に必要な存在だと分かっていても、安全地帯に引きこもるモラル高い一般人からすればヤクザ者となんら変わらない。知らぬは本人達ばかりである。

 なお、誓いが守られることはまずない。



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