アラサーからのダンジョン探索~英雄は目指さない。マイペースに遊びながら稼ぎます~

迷子

一章 脱サラ探索者デビュー

第1話 決意の前進

 ――今からおおよそ二年ほど前、世界で同時多発的にダンジョンが出現した。


 ダンジョン。そう、ダンジョンだ。


 様々な媒体のファンタジー作品に登場にする、あのダンジョン。それが突如、世界中に現れた。


 当初は急に出来たダンジョン――ただの洞窟だったり、なぜか光っている気味が悪い穴としか思われていなかった――に、警戒していた各国首脳部、そして現場の治安維持組織だったが。


 警戒心が薄い者。好奇心旺盛な者。そして、“まさか……”と一縷の望みをかけて飛び込んだとある分野のオタクたちによってもたらされた資源と情報が、世界中に衝撃をもたらした。


 既存の物質、技術、知識からは説明ができない効果を秘めた新素材。

 そこに居た、空想の世界でしか見られないような生物の実在。


 そして何より、ダンジョンに侵入した者達が自覚した【レベル】、【ジョブ】、【スキル】という存在。


 これらにより、世界は正しく認識した。

 ああ、これはダンジョンだ――と。

 現実にファンタジーがやってきた――と。


 世界各地で大混乱が起き、対応はそれぞれの国ごとに違ったりはしたが、そんなこと知るかとばかりに命知らずで夢見がちなバカ野郎達は次々とダンジョンに飛び込んだ。


 以来、幾度もの混乱と発見、対策を繰り返しながら二年。世界はようやく、ひとまずの安定を見せ始めていた。


 そして、そんな頃になった六月の最終日である、本日。


 俺――小畑楓太おばたふうたは会社を退職しようとしている。




 ●  




 ――東京都内。とある大学の薄暗い設備室。


 巨大な空調設備が置かれた広さだけは十分にある部屋のその一角に、折り畳み式の長テーブルを挟んでパイプ椅子に座り、俺と上司――所長は向かい合っている。


「小畑君。とりあえず、今日まで本当にお疲れ様。それでなんだけど、本当に辞めるの? 今からでも考え直さない?」

「いや、それはちょっと……」


 本気でそう願っているように見える五十を超えたオッサンに、少し申し訳なさが浮かんでくる。


 でもさすがに無理だろ。もういろいろと手続きも進んでるんじゃないのか。

 今さらやっぱ仕事続けますとか逆に言えないわ。恥ずかしい。


「これでも決心は固いつもりなんで。すみません。でもありがとうございます」

「そっか。そうだよね。仕方ないか……」


 ああ~、と所長はがっくりと肩を落とす。

 演技には見えないから嬉しくはあるが、少し大袈裟じゃなかろうか。


「俺が言うのもなんですが、なんだか本当に残念そうに見えますね?」

「――そりゃそうでしょうよ!」


 思っていたより強い反応が返ってきた。

 ちょっとビビった。


「もうこの際だから言うけどさ、君ほど有望な若い子って中々居ないから!」

「若いって、俺もう三十二ですよ」

「三十前半なんてこの業界で言ったら全然若者だからね! なんだったらこの業界じゃなくても社会的にはまだまだ若造だから!」


 確かにそれはそう。設備管理の仕事は年配からでも出来る仕事だからな。

 でも、有望ってのは違うんだよなぁ……。


「別に俺、優秀ってわけじゃないと思いますけど」

「前から思っていたけどさ。君は謙虚――いや、これだと誉め言葉になっちゃうからハッキリ言うわ。卑屈すぎるのよ! 自信ないなぁホントに! もったいない!」

「えっ? あっ、はぁ。すみません……」


 思わず謝ってしまった。

 そのまま、なんか愚痴っぽく続けてくる。


「まずさ、君はちゃんと挨拶も出来るし、誰とでも和やかに世間話をしているでしょ? ほら、この時点でかなり信頼できるからね」

「いや、それは人として当たり前では?」

「最近はそれが出来ない奴が大勢居るってことなんだよ」


 なんとも深刻そうな表情だった。

 ちょっと理解できちゃうだけに、なんの言葉もかけられねぇ。


「それでさ、君はちゃんとこっちの指示に従って仕事してくれるでしょ? 注意されたらすぐに直すし、分からないことがあったら素直に指示を仰いで、勝手なことしないでしょ?」

「……よっぽど理不尽でもない限り、上司の言うことに従うのは当然じゃないですか?」


 仕事で、相手は上司なんだから。

 あと、分かんなかったら聞くよね? 変なことして怒られたくないし。責任を上に投げられるし。


「そうだよ。普通はそう考えるんだよ。なのにその普通が出来る奴が居ないんだよ。こだわりを優先したり報告をせずに勝手なことをして、問題を大きくしてくんだよ。早めに相談してくれればもっと楽に終わるのに……ッ!」

「はっ、はぁ。そうなんですね」


「その点、君はそんなことやらないし、教えたことを一回で覚えようとしてくれるだろ? 間違ってミスしてもさ、繰り返さないじゃん。凄く優秀なんだよこれだけで」


 一回で覚えようとするのは何度も上司に話しかけたくないからで、繰り返さないのは怒られたくないからってだけなんだよなぁ。

 

 見方が好意的過ぎて気まずいわ。


「別に優秀でなくてもいいんだよ。でもな、最低限のラインすら超えてない奴らが多すぎるんだよ。人手不足だってのに、それでも雇う気にすらならない奴らばっかりってどうなってんだよ……ッ!」


 管理職の悲痛な叫びだった。

 やっぱ出世はするもんじゃないな、と強く思う。


「今の時代、辞めたいって奴を無理に引き止めることもできない。でもね、期待していた社員が死ぬかもしれないってなったら、やっぱり止めたくもなるよ」


 頭を抱えていた所長が、真剣な目でこちらを見てくる。

 ちょっと怖いが……本気で心配してくれているからこそなんだよな。


「探索者になりたいから退職したい、だもんな。確かに、年齢的に目指すなら今が最後って感じかもしれないけど、なんで今なのかってのが本音かな。逆にやるならもっと早く動くべきだったんじゃないかと思うけど」


「あ~。むしろ、俺の場合は今だからこそですね」


 所長の言うことも分からなくもない。

 年齢的にも利益的にも、どうせダンジョンに入る覚悟があるならそれこそ最初期から飛び込むべきだった。


 たとえばネトゲでも、一番利益を享受できるのは最前線を開拓していく者だ。リスクを覚悟で早く動く奴ほど、そこで得られる様々なアドバンテージがある。


 後に続く奴らは、そんな彼らの苦労によって舗装された道を行くことになる。手堅いがその分、得られる利益は小さい物になる。


 今のダンジョン事情で言えば、ダンジョン資源の需要が徐々に落ち着いてきているので、初期と比べれば素材の買い取り額が低くなっているとか。


 しかし、後に続くからこそのメリットもある。

 まさにその塗装された道を歩けるという事。情報が集まり、安全な探索ができるということだ。


「俺は大金を稼ぎたいとか、名誉が欲しいってわけじゃないんですよね。ダンジョンへの憧れはあるけど、死にたくない。でもダンジョンを諦められない。だから安全に探索する方法はないかって考えて」

「……ああ、なるほど。だからあえて待っていたのね」


 やや呆れながらも、上司はすぐに納得してくれた。


「うん、なら良かった。命を大事に考えているのならいいんだ。私が心配していたのは、考えなしに無茶をして死ぬんじゃないかってことだけだから。むしろ真逆だったなら何より」

「所長……」

「それに、私も気持ちは分かるからね」


 恥ずかしそうに、所長は笑った。


「家族が居なければ。あと二十年若ければ。今の立場になかったら。どれか一つでも当てはまっていたら、たぶん私も君と同じ選択をしたとおもうよ。正直、自分がどんなジョブなのか興味あるし」

「――ですよね!」


 どうりで理解が早いと思ったけど、そうだよなぁ!

 男の子だもんなぁ! ゲームみたいな力が手に入ると分かったらそりゃあ欲しくなるよなぁ!


「まっ、駄目なら駄目だったで、連絡しなさい。君だったらいつでも上に掛け合うから」


 そう所長に快く送り出され、他の社員さんにも挨拶した後、俺はこの職場を去った。

 皆から応援の言葉をかけてもらい、心おきなく退職を迎える。


 そんなに甘いものではないと分かっているつもりだが、これからのダンジョン生活を考えると、俺はワクワクしてしょうがなかった。

 



 ●




【探索のヒント! その一】

《ダンジョン》

 地球内部に蓄積された魔力により異界化した空間のこと。

 似たようなダンジョンもあるが、厳密な意味で同一のダンジョンはなく、ダンジョン毎に内部の環境が変わっている。

 探索者よ、探索せよ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 危険と知り、なお前に進む者だけが、財と栄光の全てを手にすることが出来る。

 失敗の代償が命だったとしても、挑むだけの価値がそこにある。






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