第5話 決断の日

 過去に戻るというのは、未来を変えるのが目的のことが多い。一般的なドラマや映画、小説などの題材はそうだと思う。では、私もそのために戻っているのだろうか。だとすれば、私はなんのために戻るのか?

「考えろ、私。考えろー」

 親子に会った次の日の朝一番に思いついたのは、やはりあの親子を救うことだった。しかし、昨日の22日の時点で親子は生きているはずだから、20日の私は助けるのに成功したということだ。

「こんがらがるなー」

 ならば、私がこれから助けなくとも、親子は勝手に助かるのでは? と次の瞬間には思いついた。どうだ、頭良いだろう。え? 馬鹿でもわかることだって? うるさいな、ちゃんと理由もつけて論破してやるから待ってろ。

 タイムパラドックス、というものがある。有名なものだと、親殺しのパラドックスだとか、バタフライエフェクトというものがあるそうだ。うん、ごめん、このときの私が調べまくってた。

「この映画面白そう。あ、これ見た気がする」

 とにかく、タイムパラドックスっていうのは、簡単にいうと過去を変えると大変なことが起こるぞ、というものらしい。ただ、それも幾つか説があって、過去を変えようとしても結局変わらないだとか、過去を変えても未来は別の世界軸で進むから無意味とか、色々あるらしい。

「んー、面白かったけど、難しい話だったな」

 こうして私は貴重な1日の半分をSF物の映画を観て潰した。四本観たが、一番面白かったのはタイムマシンに乗って両親の恋路を助ける青年と発明家の老人のやつ。2と3もあるみたいだから、今度また観てみるとしよう。

 一番つまらなかった、というより理解できなかったのは荒廃した未来から、過去を変えるためにタイムトラベルした囚人のやつ。海外のイケメン俳優が障がい者役として出てたんだけど、過去へ飛ぶ度に時系列も変わるからよくわからなかった。

 そうそう、あれも観た。おバカな青年二人組がタイムマシンでおバカなことやるやつ。これはすごくわかりやすくて勉強になった。

「よし、こういうことだな」

 私はスマホのメモ機能を使って、学んだことを書き出してみた。


・過去を変えると大変なことが起こる

・過去は変わらない

・過去へ戻ったら、自分に会ってはいけない

・過去のささいなことが、未来に大きく影響する

・過去を変えようとしても変えるのは難しい

・未来を決める時はまず過去で決める


 これを見て、私を馬鹿だと言うのはなしだ。有名な大学を出てるし、立派に社会人をやってるんだぞ。それだけでも偉いだろうが。

「なんか多いな……。ま、いっか」

 とにかくだ。私が1日の大半を使って得た結論は「未来は変えられる」だった。ただ、相当に難しいということを忘れてはならない。

 具体的に話そう。私は逮捕されるのを回避したい。だから、親子は助けないことにしたのだ。

 酷いやつだ、とか頭悪い、とか思うだろうがちゃんと理由がある。

 まず、私の未来は轢き逃げの容疑をかけられた可哀想な女性ということだ。裏を返せば、まだ轢き逃げ犯と確定はしていない。

 次に、親子はすでに助かった、ということだ。これはつまり、未来が確定していて、変わることのない事実になる。なにをしようと、これは変わらない。となれば、私が助けにいこうといくまいと親子は助かることになる。

「そうとわかればもう安心」

 このときの私は難解なパズルを解いたあとの解放感と達成感に溢れていた。今後、未来に戻ることがあるとしても、轢き逃げの犯人になること以外は何があっても大丈夫。そう思っていた。

「一応、山下公園には行くべきかな」

 最後に、私はそれを確認するべきか迷った。これは賭けに近い。もし、私が親子を助けなかったことで、親子に最悪の結果が訪れるようなら、私の考えは間違いということになる。それは本当に最悪だ。きっと生涯にわたって自責の念にかられるだろう。

「……見に行こう」

 保険だった。親子が危険な目に会って、やはり助けが必要ならば、隠れて見ている私が助けられるだろう。

 それと、真犯人を見るのに絶好の機会だと思った。このまま過去へ戻り続けていくならば、穏やかな死が私を待つだけだ。でも、もしも未来へ戻るようなことがあれば、私は冤罪を晴らすために証拠を集めなければならない。そうなると、真犯人が誰なのかは絶対に知っておかなければならない。

「よし、そうしよう」

 心は決まった。でも、緊張でなかなか寝付けないのは覚悟がないからだろうか? それとも、ただ興奮して眠れないだけなのか? 

 目をつむると、4日前の取調室が目の前に現れて怖くなった。絶対にあそこへは戻りたくない。絶対にだ。

 そして、いつしか眠りについた。

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