第2話 過去へ戻った日
デジャブというものを知っているだろうか? 簡単に説明すると、なんか見たことあるなー、でも初めてのはずなんだよなー、というやつだ。
「慈しみは、わたしの主よ、あなたのものである。ひとりひとりに、その業に従って、あなたは人間に報いをお与えになる」
「なんか聞いたことあるなー」
礼拝を終え、私は関内駅へ向かいながら馬鹿みたいに頭をひねった。なにせ、礼拝の説教が昨日聞いたものとまったく同じだったからだ。
「やっぱり変な感じ」
このときの私は深くは考えなかった。きっと熱のせいでそう思ったのだろう。そう考えて、家路についてしまったのだ。
「ただいまー」
ここで、ちょっとだけ私の話をしておこう。私は今年で35歳の独身女性だ。親の敷いたレールに乗っかり、中高一貫の女子高を出て、大学へ進み、そのまま親の経営する会社へ入った。
実家に居てもよかったのだが、「結婚まだか、孫はまだか」とうるさいので30歳の時に家を出た。いまはマンションで一人暮らしだ。たまに会社で親に会うと「イイ人が、この人が」と言うので煙たいったらない。
あと、箱入りというのは間違いだが、男性経験はほとんどないとだけ言っておこう。苦手だとか、恐怖症とかそんなのではなく、単に私の人生に必要ないのだ。女友達はほとんど結婚してしまったが、別に悔しくも羨ましくもない。
「さあ、録画したドラマでも見よーっと」
大好きな俳優や大好きなアイドルが目の前に現れても、悲鳴一つあげない自信がある。
「はあ、何度見ても格好いいなぁ」
別にカップルとかに憧れもない。面倒くさいだろうし、自分の時間を削られてしまうのは目に見えているのだから。
「あれ? なんかこのドラマ見たな」
話を戻そう。今日2度目のデジャブを体感すると、さすがの私もおかしいと思い始めた。だから、録画一覧を確認して愕然としたものだ。
「この歌番組も昨日見たような? あれ? これもだ。え? どういうこと?」
急に恐怖が襲ってくるのを感じた。なにかがおかしい、絶対におかしい。それは現実感のない心霊現象が目の前で起こったような感覚だった。
「やだ、怖い! え? なにこれ、なにこれ」
スマホでSNSを確認したのは間違いだったかもしれない。どれもこれも見たことのあるものばかりで、それがさらに恐怖の度合いを上げてしまったのだから。
極めつけは速報のニュースだった。昨日の夕方、大好きなアイドルが結婚報道をしたのを思い出したのだ。そう、それは昨日の日曜日だったはずなのだ。
「まさか……」
私はニュース番組をやっているチャンネルへ切り替えると、スマホを片手にその時を待った。確か、午後5時頃に発表があったはずだから、その時までSNSとテレビの両方をチェックすることにしたのだ。
「次のニュースです。今日の午前、横浜市神奈川区の団地で男性の死体が発見された事件で……」
「まさかね。そう、絶対に勘違い」
「次のニュースです。先月18日の強盗未遂事件で逮捕された男2人の証言により、警察は連絡役を務めたもう1人の容疑者として……」
「大丈夫、ただの思い過ごしよ」
「次のニュースの前に速報です。大人気アイドルグループのヒラノ グレンさんが結婚報告を行いました。お相手は……」
「ひいっ!」
私はひきつけを起こしそうなほど身体が硬直してしまった。あり得ない、そう思いながらも確信してもいた。
私は過去に戻っている!
しばらく身体の震えが止まらなかった。どうして? どうして、こんなことが起きたの? それだけが私の頭を占めていた。だが、それだけでは話は終わらなかった。
「おめでとうございます。それでは、続いてのニュースです。今月20日に横浜市、山下公園で起きた轢き逃げの事件で、警察は近くに駐車していた車の車載カメラから、犯人を絞りつつあるという情報が入りました」
「!?」
「目撃者から提供されたスマホの録画によりますと犯人は女性で、逃げ惑う男性を追いかけるようにその場を去っていったとのことです」
ニュースには遠目から事故現場を撮ったスマホの動画が流されていた。動画は公園から逃げ出す男性らしき姿と、それを追う女性が遠目から撮られたものだった。ニュース番組はご丁寧に男性と女性の姿を静止画にして、デカデカと拡大までしていて、そこで私はついにひきつけを起こした。
走っていたのは私だった。身に覚えのあるコート、身に覚えのあるパンツスーツ。それは私がいつも会社に行くときの格好だった。私は私をテレビ画面越しに確認し、そしてそれが私だと確信したのだった。それはもう100%の精度で私だった。
「な、なんで?」
そこで私は気絶した、と思う。なにせ、記憶がないのだから。
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