逆巻く女の7日と1日

花浦 権米衛

第1話 始まりの日

 突然、男の人たちに囲まれたらあなたはどうする? それも、いかつい顔で「警察だ」と言われた時は? 私の場合、びっくりし過ぎて動けなかった。

「カタヤマ ミナミだな? なぜ警察に呼び止められたか、わかるよな?」

 そんなこと言われたってわかるわけがない。なにせ私は品行方正、清廉潔白、生まれてこのかた誰も傷つけたことのない(と思う)一般市民だ。それがなぜ警察に囲まれなければいけないのか。

「え? え?」

 人間、パニックになると返事もままならないようになるらしい。それを見てなお、警察と名乗る男の詰問は止まらなかった。

「しらばっくれるつもりか? まあいい。お前を轢き逃げの容疑で逮捕する」

「え? え? え?」

 わけのわからないまま警察署へ連れていかれた私の心情を誰かわかってくれるだろうか? いや、誰もわからないだろう。このときの私は恥ずかしい話、少し漏らしてしまったくらいにビビっていたのだから。

「5日前の11月20日、山下公園で遊んでいた親子3組、計5人を轢き、車を置いて逃走したな?」

 取調室はドラマと違ってとにかく狭い、というのを説明しておこう。2畳くらいの白い部屋に小さな机を挟んで人間が3人も入っているのだから、取り調べとは関係なく息苦しく感じるのは私だけではないだろう。

「し、知りませんよ。私、その日は風邪で寝込んでたんです。ほんとです」

「とんだ嘘つきだな。お前が現場にいたのは近くに停まってた車のカメラで確認済みなんだよ!」

 唾を吐き捨てるように言う刑事さんが、閻魔様に見えたのをよく覚えてる。まるで私を地獄へ送るのを楽しみにしているみたいだったから。

「人違いです! わ、私、本当に風邪をひいてたんですから。熱が40度も出て死にそうな思いをして、やっと2日前治ったばかりなんですよ?」

「まだ、しらばっくれんのか! こっちは証拠があがってんだよ!」

 机をバンバン叩く刑事さんが本当に恐くてたまらなかった。男の人の怒鳴り声は殴られるのと同じだと私は思ったものだ。殺されるとも思った。

「ほ、本当なんです……。うっ、うっ」

「でたでた。泣くくらいなら正直に話したらどうだ」

 涙が出るのもわかって欲しい。理不尽な取り調べと聞く耳を持たない刑事というのは心にくるのだ。泣きたくなくても泣いてしまうほどに。

「今日はこのくらいにしてやる。明日は心を入れ換えるんだな」

 この日は食事も喉を通らず、一晩中泣いていた。どうしてこんなことになったのか、と考えては泣いた。誰にも助けてもらえず、本当のことを言っても信じてもらえず、犯罪者扱いされた。それが悲しくて、留置場の冷たい布団で丸くなって泣いた。

 泣きつかれて、気づくと朝になっていた。また最悪の1日が始まる。そう思って目を開けると、そこは私の寝室だった。

「あれ?」

 すっとんきょうな声をあげたのを覚えている。それと同時に胸を撫で下ろしたのも覚えている。

「はあ、ゆ、夢かぁ。よかったぁ」

 ものすごくリアルな夢だったなぁ、なんて思って安心したのをよく覚えている。心臓が陸地に上がってパクパク口を開ける鯉みたいになったくらいだ。

 落ち着いてから歯を磨き、朝食を作ってニュースを見ようとテレビをつけると変なことに気がついた。

「ん? なんで朝のニュースやってないんだ」

 私は平日のニュースをかかさず見ている。なぜならお気に入りの男性アナウンサーを拝むためだ。それが私の1日の活力になる。なのに、この日は男性アナウンサーどころか、朝のニュースすらやっていなかった。

 違和感を感じてスマホの日付を見ると、画面には11月24日(日)と出ていた。

「あれ、今日は日曜日だったかな?」

 始めは風邪のせいで日付の感覚が麻痺していると思った。でも、よくよく考えるとそれはおかしいのだ。なにせ、毎週日曜日は教会へ行っているのだから。そして、教会へはたしかに行ったのだ。

「どういうこと?」

 これが私の悪夢の始まりだった。

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