3 ―転―
中埜アオ君は詩人だった。そして小説を嫌っていた。
「中原中也の日」をきっかけにして、ぼくは中埜君と少しずつ親しくなっていった。学校の行事でクラスの誰かと何かを一緒にやるという時は、いつでもぼくのパートナーあるいはグループの中の一人は中埜君だった。
ぼくは相変わらず、学校で一人で手持ち無沙汰になった時のために、何かしらの本を持ち歩いていた。中埜君とはそれなりに仲良くなっていたけれど、ぼくも中埜君もひっきりなしにおしゃべりしているようなタイプでもなかったので、教室ではやっぱり、一人で本を読んで過ごしていることが多かった。
中埜君はあきらかにぼくなんかよりずっと文学に詳しかったけれど、教科書以外の本を開いているところは見たことがない。人前で本を読むのはハシタナイという、分かるような分からないような信念を持っているみたいだった。ぼくみたいに歩きながらでも本を読んでしまう人のことをどう思っていたのかなと思う。
そんな中埜君が、文庫本を一冊学校に持ってきたことがあった。それは中埜君が自分で読むためのものじゃなくて、ぼくにくれるためのものだった。中埜君がぼくに本をくれたのは、その時が初めてで、今のところそれっきりだ。その本というのがつまり、カフカだったのだ。
中埜君は詩人で、基本的には小説のことは嫌っていた。中埜君がどうして小説が嫌いなのかということについては、本人からいろいろ聞いていて、そのことについてはそれから今までずっと考えている。中埜君の小説嫌いについては、なんとなく分かることとよく分からないことと、すごく分かるけど同意はできないというような部分もあったりして、まあなんというか、すごく難しいことだなって思う。
そんな小説嫌いの中埜君が、唯一――でもないのかもしれないけど――認めているのがカフカで、「読んだことがなかったら読んでみて」と言ってぼくに手渡してくれた。それは「変身」といくつかの短編が一冊になった本だった。確かにその時、ぼくはまだカフカを読んだことがなくて、初めて読んで、ドラマチックな言い方をすれば、衝撃を受けた。正直に言えば、「これって何? 何を読まされたの?」という感じだった。
変身 西添イチゴ @ichigo_n
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