Interude1-1 『the Theatre on a bed』

ああ、またこの夢だ。

何度も寝ては起きてを繰り返し、オレは過呼吸気味になる。


アイツが帰ってきてから毎晩のように夢を見るようになった。その内容は絶対にアイツのやってきた過去の事件の再生で、オレのトラウマの再上映だった。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


オレとヤツの過ごしてきた時間が長いからだろうか。上映される悪夢は多種多様で何度観ても耐性は付かなかった。


「はっ……はっ……はっ……」


呼吸がどんどん速くなっていく。脳味噌が恐怖に萎縮する。けれど、身体は完全に寝てしまっているせいか重くて動かせない。

速くなっていく呼吸と、夢の中のオレの呼吸のリズムが段々と一致してくる。彼女の悲鳴が聞こえて、視界が血みどろになる。


そして完全一致した時、また悪夢の上映時間が来た。


***


「はぁっ……はっ……うっ……」

「ちょっと、喘ぎ声キモいから抑えてくれる?聞いてらんない」


目の前の気の強そうな女がわかりやすくため息をつく仕草をする。


「うっせェなクソ女。黙って喘いでろ」

「あァンッ、ちょっとぉ、いやぁ」


わざとらしい嬌声を吐きながら腰をくねらせる彼女は、オレのセフレだった。

アイツと歪な関係になってからというもの、オレは人間関係が徐々に怖くなっていった。


笑いを取り繕い、その場のノリに合わせることはできても。

その先の深い関係を築くことは、怖くてどうしてもできなかった。


そんな矢先に出会ったのがこの女だった。

ダチの紹介で出会った彼女は、随分と性に奔放だった。


流れのままにセックスして、それからも互いに気が向いたら性処理をするだけの関係。

誰かと深い関係になったら、アイツのように化けの皮が剥がれてとんでもないことになるかもしれない。そんな恐怖を抱えたオレには、彼女との軽い関係が心の安らぎにすらなっていた。


「そういえば、また傷増えてるけど痛くないの?血滲んでるじゃん」

「痛くないかって聞かれたら痛いかもしんねェし、痛くないんだろって言われたら痛くねェって答えるよ」

「意味わかんない。あっ、腰逃げてる、ちょっとぉ、最後までヤって」


腰を彼女に脚で掴まれてしまう。


「妊娠してもオレは面倒見ねェかんな」

「アフターピルでなんとかなるから大丈夫!」


彼女が頭を上げてオレにキスをしてくる。彼女とのディープキスだけは、全く恐怖を感じなかった。

キスをしながら果てると、2人でしばらく余韻を味わう。


「最っ高」

「そりゃ良かった。でも毎度キスしてくんな、汚ェ」

「ひっどーい」


彼女が満足そうに笑うのを見て、オレは少し安心する。

身体の相性は良い方だった。もう何度もアイツに隠れて彼女と逢瀬を重ねたが、不満な日なんて一日もなかった。


すると突然、扉が開いた。


「ちょっと、順番って言ったでしょ?私の一番はいつもレンなの、私が出るまでおとなしくしてて」


開いた扉の方を見るなり彼女が文句を言う。オレはペットボトルの飲料水を飲んでから扉の方を見た。


「いかにも童貞って感じの見た目して、私に筆下ろししてほしいわけ?」


そこにいたのは、本来ならこんなクラブにいるはずの人間ではなかった。


「っ……ンで、テメェがいんだよッ……」

「兄さんこそ、図書館に寄るといつも私の帰りが遅いからって油断しすぎじゃない?」


ギラギラと光り蠢くカラフルな照明に、ヤツは絶望的に似合わなかった。


「クラブの何個かある個室でみーんなそうやって虫みたいに繋がってるんだ、兄さんも」

「……これは、そのっ、付き合いっつーか、テメェには関係ねェだろ」


オレとヤツが一触即発の空気の中、彼女がオレの下から這い出てその場に座り直した。


「キミが弟くん?へぇ。悪いけど、レンは今私と取り込み中だから」

「やめろ、煽るようなこと言うな……!」


ヤツはつまらなそうな顔をしながら部屋に入ってくる。

そうしてオレらのところまで歩いてくる。


「オレが悪かった。今すぐ帰ろう、なっ?」

「さっき兄さん、付き合いって言った。だから悪いのは兄さんじゃないでしょ?その女だ」


明らかに声のトーンが変わり、ヤツは彼女を睨む。

ヤバい、と思った頃にはもう遅かった。


「ひゃあ!」


開いた扉から、明らかにカタギじゃない男が複数人。


「お姉さん。お姉さんと遊びたい人、いっぱいいるんだけど」


ヤツが無邪気な顔をして言う。オレの隣にいる彼女は歯をガタガタと鳴らして震えている。

元々性に奔放な女だ。ヤバい手合いと関係を持ったことでもあるんだろう。


「大丈夫、今日は私が少し相手をしよう。あ、兄さん、邪魔したらダメだよ。早く服着て、お兄さんたちの邪魔だから見てるなら扉のところから」

「頼む、やめてくれ。エティカは何も悪くない」

「兄さんと交わった時点でアウトだ」


ヤツはククリナイフの刃先をオレの頬に突き付けてスライドする。オレの頬に血が滲む。


「……兄さんって、痛みに慣れちゃったよね」

「あ゙ァ゙ッ!!」


慣れた手付きでヤツがオレの下腹部に勢い良くナイフを打ち付けた。


「レン!」

「あ゙ッ……ぎっ……クソッ……」

「……ちょっと狙いズレちゃった」


足の付け根と股間のギリギリのところでヤツはグリグリと刃先を動かす。


「い゙ッ……!!」


そうして刃先を比較的新しめの傷までスライドして、治りかけの傷に深く刃先を侵入させた。


「ア゙ァ゙ッ……、ぎィ゙……ッ!」

「邪魔しないで」


ヤツはオレの傷口からククリナイフを抜くと、震えている彼女ーーーエティカに刃先を振り下ろした。

オレが傷口を抑えている間の、一瞬の出来事だった。


「エティカぁ!」


ヤツを止めようにも、脚に上手く力が入らない。傷を付けられたせいもあるが、恐怖で震えているのが大きかった。


「嫌ぁぁあああぁああ!!!い゙だい゙ッ……!!い゙ィ゙い゙い゙い゙い゙ッ!!!ごめっ……ごめんなさい……ごめ゙ん゙な゙ざい゙ッ゙!!!!!!」

「どうしたの?生理?生理痛?お腹あたためないとね。あ、ほら血が、あったかいでしょ」

「おい、撮影しとけ。高く売れるぞ」


エティカが下腹部の痛みに悶える中、その場にいる男たちはスマホで写真や動画を撮り始める。パシャパシャと聞こえる音がその場の人間たちの狂気性を表しているようで、オレはもう一歩も動けなかった。


「ゆ゙る゙じでッ……!!助けて……おねぎゃぁあぁああ゙あ゙あ゙!!!」


下腹部にある穴を拡張されるようにナイフで切りつけられ、無理矢理刃先で穴を掘削されている。


「あっ……や……っ、やめろっ……」


どこまで。


「おい……頼む、やめて……くれっ……あ……っ」


どこまでオレは堕ちていくんだ?


「ぁあ……ぁあああぁああ……ぁあぁあぁあああぁぁああぁあぁぁ……」


怖くて誰とも深い関係を築けず、軽い関係に逃げ続け、挙句の果てに手を出した女一人マトモに身体を張って守れない。

心の底では少し好きだったのに、雑な態度しか取れなかった。その先に進めなかった。そうやって結局終わるんだ。


どこまでもどこまでも、情けない声しか出ない自分に心底腹が立つ。

最悪な光景を見ながら何もできない自分が心底嫌いだった。


「だずげで……」

「ぁああ……あぁ……」


目の前で彼女が血塗れになっていく度に、オレの中にあった小さな恋心も少しずつズタズタに切り裂かれて。


あの日以来、人を愛したことはない。


***


景色が急にブツ切りになる。意識が覚醒して、現実が蘇ってくる。

最悪な朝だった。

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