1-4-B 「DARK HERO」

バーから帰って扉を開けるなりヤツの声がしてオレはウンザリする。


「兄さん!おかえりなさい、スイーツ作ったんだけど食べるよね?」

「……はぁ」

「ちょっ……!兄さん、何故扉を閉める?!あぁ!」


悲痛な叫び声が聞こえてきてもう一度扉を開けた。


「兄さん、おかえりなさい。スイーツにする?お風呂にする?私にする?」

「なぁ、一つだけ聞かせてくれ」


気晴らしにメイと飲んで帰ってきたはずなのに今日はどっと疲れていた。


「どうしたんだ?兄さん」

「テメェは、どうしてオレに執着するんだ?」


今まで一度も聞いたことがなかった。理由など聞いたところでまともな答えが帰ってくると期待してはいなかった。でも、今日は何だかまともな答えが聞ける気がした。それは昼間に外出許可をもらったからかもしれないし、コイツの成長を肌で感じたのかもしれないし、自分でもわからなかった。


「執着……」


一旦考え込んだと思うと、予想のできない言葉が返ってきた。


「兄さんは、私を助けてくれた」

「は?」

「私に、愛を教えてくれたんだ」


コイツを助けた覚えなんて、コイツと出会った頃まで遡ってもなかった。愛を教えた?オレが?そんな大仰なものを教えられるほど、オレは愛されて育ってなんてない。


「兄さんは私にとって、たった一人の大事な人だ」

「……妻と子供は」


思わず睨むと、ヤツは居心地が悪そうに言った。


「今は、話したくない」


たった一人の大事な人。そんな言葉が出てくるくらいなら、どうしてオレを痛めつけるんだとそのまま罵っても良かった。でもそんなことしたって変わらないのはわかっていた。

オレはそのままキッチンに向かって、手を洗いつつリビングに行きテレビをつける。


『ファイナルシーズン放送決定記念!ニコラス・ジョンソンの正義の鉄槌、全シーズン再放送スペシャル!』

テレビから流れてきたCMを見て重大なミスを犯したことに気付く。


「うっっっわマジかよ見逃した!」


視聴率となって貢献しなければいけなかったのに、もう2時間分も過ぎている。毎週3話ずつ放送だから残りは1話だ。


「あークソっ!」


死ぬだとか殺すだとか、そんな話をしているからだ。いや、そもそもアイツが帰ってこなければ見忘れることはなかった。ヤツの胸ぐらを掴みたくなる気持ちを必死に抑える。


「ニコラスか」


まだ見ていたのか……?というような顔でヤツがオレを見てくる。ニコラスの面白さを何もわかっていないとニコラス談義を始めそうになったが、もうそんな気力は残っていなかった。


そうこうしているうちにCMが明けてドラマの本編が再開する。どうやらクライマックスシーンに入っていたようだった。ということは、あと1話は最初から見ることができる。


『俺は正義のヒーローだ。悪を懲らしめることだけが仕事じゃない、教育で治る悪人には教育をするぜ。ニコラス・ジョンソンの正義の教育だ』


「これは……っ!第10シーズン第6話【ニコラス・ジョンソンの正義の教育】屈指の名シーンじゃねェか!タイトル回収が鮮やかでファンの間でも話題になってた!懐かしいぜ……!」


リアルタイムで見ていた頃のワクワク感を思い出し、思わず笑顔になる。やっぱり心を立て直すには、娯楽に限る。


『なぁ、コイツは知らないだけなんだ。世の中の仕組みを。だから俺が教えてやる、ちゃんと身体で覚えるまでな』


オレが憧れた姿がそこにある。ガキの頃からずっと一緒に歳を重ねてきたヒーローが。

悪を懲らしめるだけがヒーローじゃない。教育で治る悪人には教育を。


「なァ」

「兄さん?」

「そうだよな、まだ望みはある」


何となく感じた、誘導されているような雰囲気。何となく感じた、居心地の悪さ。

やっぱりニコラスはオレのヒーローだ。知りたい時に、全部を教えてくれる。


「兄さん……?」

「うしっ、やれる!」


教育……そうだ。先生は『認知療法』とかいう治療法をオレにやってくれた。コイツを先生の所に通わせれば……!


「兄さん、大丈夫?」

「おう、大丈夫だぜ。オレがテメェを、必ず治してやる」


光明は見えた。だったら後は先生に相談して実行するだけだ。オレもニコラスになる。ヒーローになる。メイには悪いが、殺しなんてオレはしない。希望があるなら、まずはそれにかける。明日、メイにはきちんと話さなければ。


これまでとは一転、晴れた気持ちでテレビの前に座る。ヤツが後ろでごにょごにょと何かを言った気がしたが、もう興味はなかった。

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