1-4-A 「DARK HERO」

「殺しちゃえばいいじゃん。一生安泰だよ」


脳味噌の理解が追いつかない。当たり前みたいに、今までオレが考えもしなかった……いや、何度か考えてもすぐに掻き消してきた選択肢を急浮上させた。


「ンな……殺生な」

「殺されるよりキツいことされてきて、人生ぶち壊されてる自覚ある?」


まん丸の翡翠の瞳に顔を覗かれると、筆舌に尽くし難い居心地の悪さがある。

どこまで続いているかわからない瞳の奥、吸い込まれそうな視線に全て誘導されているような気さえしてくるんだ。


「そりゃ……」

「ヴァーニ、今だよ。ぶち壊された夢を叶えるんだよ」


ヒーローになりたいって言ってたでしょ?とメイが不敵に笑う。


「これまで好き勝手暴れてきたヴィランをその手で倒すんだ。ヴァーニが、ヒーローになるんだよ」

「ンなことっ、オレはそういう意味で言ったんじゃ……」


確かにオレの夢はガキの頃からずっと変わらず、ヒーローになることだ。でもそんなのはもう……


「拘束されて自由奪われて身体も痛々しい傷が残るほどたくさん傷つけられて、おそろい〜って言われながら素人に耳切られたり消えないタトゥー彫られたのに喉元過ぎればもう忘れたの?」


手首、足の付け根、耳、そして臀部と椅子の接触部分をメイが指でツーっとなぞる。


「思い出せよ。随分腑抜けた顔しやがって」


翡翠の半眼が責めるようにオレを睨めつける。それに全身が粟立ち、胃の底にまた不快感を覚える。


「昔のヴァーニはもっと面白い男だったよ。口では綺麗事言いながら、顔は世の中の全てを恨んでる顔してた」


自覚が、無かった。


「ンな、顔……してたのか」

「おれのとぅっても好きな顔。残念だな、ヴァーニのためなら一肌脱いで、おれも手伝ってあげようと思ったのに。腑抜けヴァーニ」

「腑抜けとかじゃねェだろ、どう考えても。殺すなんて……いくらなんでもやっていいことと悪いことがある」

「その悪いことを最初に犯したのはどっち?殺されたって今更文句言える立場じゃないでしょ」


軽く命の扱いの話をするメイはまるで経験者のように見えた。人の命など何でもないと言うように、冷えた目をしていた。


「おれはね、怒ってるんだよヴァーニ。そりゃ大変楽しく話を聞かせてもらいましたとも、今まで散々。でも生きるか死ぬかって時に人殺す選択できなきゃ死ぬのはヴァーニだよわかってる?」


何を言われても完全に論破されてしまいそうで黙りこくるしかなかった。

全部わかってる。でも殺しだけは……


「ニコラスは殺しだけはやったことがない?」

「っ!」

「いーや、嘘だね。第11シーズン第12話【ダークヒーロー】でニコラスは間接的に人を殺した。正当な方法じゃ罪を裁けない極悪人をね」


ニコラスは、オレが憧れたドラマのヒーローの名前。


「『こういうのを必要悪ってンだよ。俺は今日この日みてぇな日のために存在する必要悪なのさ』」


ダビングしたDVDでもう何度も聞いたドラマの中のニコラスのセリフ。一言一句違わぬイントネーションで、目の前で再現されたことに驚く。


「ヴァーニはどう?今まで何にも成したことがないヴァーニは。いいの?これからも何も成さなくて。ヴァーニが死んだら弟さんはどうなっちゃうんだろうね?兄離れできてなきゃ一人で生きていかれないよ?」


わかってる、わかってるんだ。考えないようにしてただけでホントは全部わかってる。

いつかはオレが、アイツを根本からどうにかしなきゃいけないことくらい。


「一人で彷徨って、全然別の人にヴァーニの面影を見て、ヴァーニの代わりとして愛しちゃうかもね。そしたらその人は何も対処しなかったヴァーニによって弟さんの手で苦しめられることになる。それが許せる?ヴァーニ、人はいつ死ぬか、いつ正気を失うかわかんないんだよ。明日にでも発狂しちゃうかもよ?」


そしたら、今すぐにでもアイツが次のターゲットを探して彷徨い始めるんだ。


「それってヴァーニがちゃんと対処しなかったせいにならない?兄としての責任問題だよねぇ?」


そうだ、オレがやらなきゃ。アイツをどうにかできる可能性があるとしたらオレだけなんだ。


「オレが……アイツを……」

「そうだよ、これこそヴァーニが世界に貢献できることだよ」

「殺す……」


思ったことはあっても、口にしたことはなかった。その言葉を口にしてみれば、案外重みはなくて。


「オレが、殺す。アイツを……殺す。そうだ、オレがやらなきゃ……」


ずっと閉じ込めていた。考えないようにしていた。考えたって気が狂うだけだとテメェに言い聞かせてきた。いくら憎んでも恨んでも、目の前の相手はオレが殺さない限りのうのうと生き続けるんだ。


「そうだヴァーニ!勇気を出せ!死体埋めなら経験者のおれが指導してあげる」

「ぞっとしねェ冗談だぜ……」


飛び跳ねて興奮するメイを見て、誘導されたような気分になったが致し方なかった。どの道メイが言っていることはレンにとって正しかった。


「それじゃ、詳細詰めよっか!マスター、2杯目!」

「あっ……いや、えっとそれは……まだ、考えさせてくれ……」


話をトントン拍子に進めようとするメイを止めて考える。


「まだ……決心に時間がかかんだよ」

「え〜」


つまらなそうに唇を尖らせたメイはグラスをカウンターに上げながらそれじゃあ……と言った。


「明日。ここで待ってる。明日までに決心してきて」


余裕のありそうな笑顔を浮かべるメイに、オレは思わず息を漏らした。


「わぁったよ。あんま酒臭ェとアイツに文句言われるから、今日は帰るわ」


何だか無性に居心地が悪くて、古ぼけた財布から金を取り出してカウンターに置いた。


「待ってる」


目を細めて笑うメイが人間の類ではないように思えて、怖気が走った。

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