1-3 「Intent to murder」
「つーわけだ」
ジュディとその友人である先生、オレとアイツで今度食事に行くことを手短に話すと、ヤツは怪訝な顔をした。
「ジュディ?」
「おう。ジュディと、そのダチ。ンだよ、てめぇジュディのこと嫌いだっけ?」
「良くも悪くもあまり印象が無いな」
兄弟のくせによくいけしゃあしゃあと。オレにしか興味が無かっただけだろ、そう言いそうになるのを何とか堪える。
「それに、ジュディの友人も連れてくるなんて。私はそいつのことを知らん」
「ジュディの弟分らしいんだよ。メチャクチャ人当たり良いから、きっとテメェも気に入るぜ」
「……兄さんが言うなら」
改めて髪を切った状態のヤツを見ると、スゲェイケメンでムカつく。
高級な美容院で手入れでもしてもらったんだろう。艶やかになった黒髪が綺麗に切り揃えられ、前髪も頬にかかっていたのがきちんとM字のセンター分けになった。元々整った顔立ちをしたヤツだ。髪まで切り揃えたら文句の付けようがない。これが努力の結果ではなく天然物なのだから、世界というのは理不尽だ。
「天は二物を与えずって言うが、テメェはイケメンだから性格悪ィのか?」
勘弁してくれ、性格が終わってると周りのヤツに迷惑がかかるんだよ。特にオレに。
「私の性格が悪い?兄さんこそ荒んだ生活をしていたのだろう、今日からは掃除以外は私がやるし、私の収入をアテにしていい。少し外の空気を吸って美味しいものでも食べれば、心に余裕が生まれて私の魅力を再発見するだろう」
ヤツが財布からドル札を複数枚出してオレに渡してきた。
「えっ、外に出ていいのかよ」
昔なら絶対オレを一人で外出させるなんてしなかった。そういえばベッドに拘束されないし、服も着られる。昔に比べたらかなりの自由度と好待遇だ。まさか本当に成長したのか?この数年で?
「あ……」
ヤツが自分でも驚いた顔をしてドル札を引っ込める。これはやぶ蛇だったかもしれない。何の言い訳も考えなくても外に出られるチャンスだ。無駄にはしない。
「ンじゃ外の空気吸ってくるわ。夕飯は適当に済ましといてくれ、オレは飲みに行くから」
さっさと背を向けて歩き出すと背後から呼び止められる。
「兄さん、お金……」
「いらねェよ、ナメてんのか?テメェが飲む金くらいテメェで払える。弟の金なんぞ借りるかよ」
予定より少し早い外出だが丁度良い。足早に玄関を出て鍵を閉める。約束の時間まで暇を潰せるものはないかと考えながらついつい慣れた足取りで裏路地のコンビニに足を運ぶ。
IDカードを店員に見せて数年ぶりに買った煙草のパッケージは昔買ってたものと全く変わりがなかった。
副流煙で肺が汚れた赤ちゃんの泣き顔。見る度辛くなって禁煙したはずなのに、ストレスが溜まるとまた買ってしまう。
テメェの憂さ晴らしの為なら他人の不幸なんぞ気にしない、今日のオレに無性に腹が立つ。
煙草を二本吸い終わる頃には、約束の時間になっていた。
***
上機嫌に鼻歌を唄いながら入ってくるモジャモジャの赤毛が一人。百人中百人がダサいと答えるであろうファッションをしながらバーに入ってくる。
「うっわ、煙草臭い。禁煙やめた?」
「一時休戦だ。悪ィな、キツかったか」
ほぼ骨みたいな細身のこいつはLIMEに即返信してきたノリの良いダチ、メイだ。
「別に〜。おれは煙草の臭いとか気にしないし。あっ、マスター、ウォッカのコーク割り!」
「ルシアンコークって言えよ……オレも同じの」
「2年ぶりの関係にかんぱ〜い」
「乾杯はまだ早ェよ!」
ポンポンとやり取りがスムーズに続いていくのがメイの小気味良いところだ。ノリで生きてるヤツと話すと、こっちも心持ちが軽くなってくる。疾走感のあるメイとのスピーディーな会話のテンポがオレには合っていた。
「んで、今日は何あったん?」
「あっ……えっと」
「言い淀むってことは弟関係か遂に職を失ったか、どっち?実験体になってくれるなら、おれの家に泊めても良いけど」
察しが良くて何よりだが頼むからオレを無職にしないでくれ。今でさえギリギリなんだ。
「死んでもテメェの実験体にはならねェよ」
「そっかー残念。また弟のヒモになるしかないね。弟のとこで好き勝手拷問されるのと、おれのとこで好き勝手実験されるのとじゃ待遇大違いだと思うけどなぁ」
言いながらメイはオレの足の付け根辺りを指でなぞる。丁度そこは他人に見られないからとアイツによく傷付けられた場所だ。
「テメェのとこの方がひでェまであるよ」
「え〜!そんなぁ」
メイが合法スレスレのことをやっているのはよく知っている。怪しげな実験やら開発やらの結果と考察をオレにプレゼンしてきては、実在する企業名まで出して取引の内容を話してきたのはもう2年前よりずっと前の話だ。
「弟の方だ」
短くそれだけ言うとメイはすぐに察したのか、まろ眉のような短く丸い眉毛を八の字にした。
「死んだ?」
は?と言いかけるとオレの返答を待たずにメイがまくし立てる。
「あ〜かわいそ。葬儀代大変じゃん。どうせ死後復活とかしないし土葬でいんじゃない?庭に埋めれば?おれ土葬経験あるから手伝うよ、死体埋め」
「人の弟を勝手に殺すな」
何か後半で怖い冗談が聞こえた気がしてメイの話を無理矢理ぶった斬る。
「帰ってきたんだよ」
「帰ってきたの?!ヴァーニで好き勝手遊んだ上で結婚するからってヴァーニをすぐ捨てた弟?!」
「酷ェ言われよう」
そういえば確かにそうだ。アイツと過ごした毎日の最後の方は、アイツは何やら大学と大学でできた友人に夢中でオレへの興味は薄れつつあった。段々と自由が増えていって困惑していた矢先に突然結婚すると告げられ、そこからはトントン拍子だった。
アイツのことをゲイだと思ったことはなかったが、突然家に女を連れ込まれた時はしばらくフリーズしたのを覚えている。
「……スゲェ美人だったのに、アイツに放置されてるなんて酷ェ話だ」
「へぇ〜帰ってきたんだ。それじゃ大変だったでしょ。古傷抉られたりしてない?」
「テメェに抉られてる真っ最中だよ」
呆れた顔で言うとメイはカラカラと笑った。すると突然真顔になり。
「顔色悪いよ」
指摘されて初めて自分の頭から血の気が引いていることに気付く。
「あ……悪ィ、ちょっとトイレ」
「うい〜」
早足でトイレに駆け込んで水を流しながら頭を下げた。
「ゔっ……ぅえ……っ」
ずっと考えないように、思い出さないようにと蓋をしていた昔の記憶を今日一日でたくさん思い出したからだろうか。腹の底が気持ち悪くて堪らない。吐き出したくてもまだ吐き出すような気持ち悪さじゃないからスッキリしない。とりあえず持っていた薬を飲んで落ち着こうと試みる。
それにしてもメイと少し話しただけでこうなるなんて、オレもヤワになったな。腹の底に気持ち悪さを抱えたまま席に戻ると、メイがルシアンコークのグラスを持ってつまらなそうにしていた。
「悪ィな、オレから誘ったのに」
「悪ィ悪ィ言い過ぎじゃね?ヴァーニってそういうとこあるよね。自己肯定感低そう」
いきなりブスリと核心を突かれて心臓が痛い。
「悪ィ……あークソっ、ダメだ」
「まぁまぁ、乾杯しようよ。ほいっ、ヴァーニの分。カンパーイ」
「おう、サンキュな。」
オレは受け取ったグラスをメイのグラスと合わせて鳴らしてから、グイッと一気に飲んだ。
「わ〜大丈夫?」
「こんくらいはな」
強い炭酸と冷えた喉ごしが喉を痛めつけるのに変な安心感を覚えながらオレは再び席についた。
「弟が帰ってきちゃうなんてねぇ〜。どーすんの、これから」
「わっかんねェよ」
カウンセリングに行った時とは違い、ここには解決策を求めに来た訳ではなかった。
その昔、地獄の真っ只中を生きていた時にアイツの目を盗んで飲んだ仲がメイだ。アイツとオレの間に何があったかは先生よりよく知っている。
ここには、自分一人じゃ抱えきれない感情を語りに来たんだ。
「2年も連絡しなかったくせにって感じだけど、またオレと定期的に飲んでくれるか?一人じゃ耐えられそうにねェんだ」
メイは少し考える素振りを見せながら答えた。
「ふーん、いーよ。元々飲み仲間だし。オレ的にはヴァーニのトラウマ聞くの好きだし」
「後半は余計だよ」
いや……知ってたけどさ、少し落胆するのは否めない。そりゃオレの苦しかった話をする度に目を輝かせていたのだから今更驚かない。多分メイはリョナラーの類なんだ。
「でも、帰って来たってんなら会ってみようかなぁ」
「絶対やめた方がいいぜ」
メイとアイツが会ったらヤバい、バカなオレでもそれくらいはわかる。ヤバいヤツとヤバいヤツが出会ってしまったら、ヤバいことが起こるんだ。
「えぇ〜そうかなぁ。面倒事が起きそうな気がしてヤなんでしょ」
当たり前だろ……とオレはため息をつく。
「でも、このまんまずぅ〜っと飼い殺されてるわけにもいかないでしょ。それともお互い老いぼれになってもまだすったもんだヤる気?そろそろ需要無いよ」
需要だなんだは知らないが、確かにメイの言う通りだ。先生の計らいでジュディにオレとアイツの関係をカミングアウトして助けを求める機会は持てそうだが、それだけではどうも不安が残る。
もっと、何か確かな救済が欲しい。それこそ警察という本来なら最強の選択肢を唾棄できるくらいの。
「殺してみる?」
「……は?」
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