ヴァンパイアのつま先

クロノヒョウ

第1話




 満月の夜にだけ人肉を求めて森の中をさまよい歩く。そう、俺は普段は人間として生活している狼男なのだ。

「くそ、今日は収穫なしか」

 一晩中待ち続けていたが今夜は誰も森の中には入って来なかった。それもそのはず、最近では満月の夜にこの森に入ると狼男に襲われるという噂が広まってきているからな。そろそろ住む場所を変えるか。

 そう思いながら闇に紛れて森を歩いている時だった。

「なんだ、人ならざる者か」

 人影が見えたかと思うと突然俺の目の前になんとも美しい青年が現れた。

「な、なんだとはなんだ」

 襲いかかるのも忘れるほどに俺はこの青年に見とれてしまっていた。

「いや、生き血を求めて森をさまよっていたのだが今日は人間に会えなかった。やっと誰かいたと思えば人狼だ。俺は人狼の血は吸わない。まずいからな」

「な、なんだと!?」

 そう言われてよく見れば青年は黒いマントを羽織っている。それに体からかすかに血の匂いもする。こいつはヴァンパイアだ。

「お、俺の血がまずい?」

「ああそうだ。人狼の血は生臭くて飲めやしない」

「ふん、悪かったな」

 俺の血はまずいのか? そう言いきられるとなぜか腹が立つのだが。

「しかしお前は変わった人狼だな。人間のように服を着て二足で歩いているとは」

 ヴァンパイアが俺の姿を不思議そうに見ている。

「ああ、確かにそうだな。俺は普段は人間として生活している。満月の夜にだけ体に毛が生えて顔は狼になる」

「なるほど。勉強になった。満月の夜以外に間違って人狼の血を吸わないようにしないとな」

「なんだよ、さっきからなんか失礼なやつだなお前」

 美しいヴァンパイアに真面目な顔でそう言われるといくら俺でも傷つくぞ。

「はは、悪かった。お、夜が明けそうだ、しまった、遠くまで来すぎた」

 ヴァンパイアは空を見上げた。確かにほんの少しだが空が明るくなりはじめていた。

「そうか、太陽が苦手なんだったよな」

「苦手どころではない。体が焼けて死んでしまう。無事に森を抜けられるか」

 不安そうな顔をしたヴァンパイアを見て俺はとっさに言った。

「俺んちに来るか? すぐそこだ」

 なぜそう言ったのかはわからない。だがこのヴァンパイアを放っておけなかった。

「いいのか?」

 ヴァンパイアが嬉しそうな笑顔で俺を見上げた。

「し、仕方ねえだろ。ほら、行くぞ」

 俺はすぐに振り返って歩き始めた。くそ、なんだか照れくさいぞ。

「ありがとう、助かるよ」

「おう」

 俺たちは静かに森の中を歩いた。


「ちょっと狭いが我慢してくれ」

 俺の家は森の中に建てた小さな小屋だ。満月になる前後の十日ほどをこの小屋で過ごす。狼の姿の間だけの小屋。だから窓も明かりもない、ただベッドがあるだけだ。

「いや、太陽をしのぐのにはちょうどいい」

 ヴァンパイアはそう言うとずかずかと部屋に入りマントを脱いだ。

「そうか」

 さてどうしたものか。連れて来たのはいいがベッドは一つしかない。

「お前はベッドを使ってくれ」

 俺はそう言ってから床に腰を下ろした。

「なんでだよ。寒いし、一緒に寝よう。そもそもここはお前の家だ」

 平然とした顔で俺を見ている青年。

「いや、いいよ。お前は客だ」

「ああ、そうか。確かに腹は減っているが、お前の血は吸わないと言っただろう。だから安心しろ。ほら」

 ヴァンパイアはそう言って俺のベッドの端っこで横になった。

「いや、それはわかってるけど」

 お前みたいな綺麗な顔と二人きりっていうのが緊張するんだよ、とは言えなかった。

「なら早く来い」

 俺はしぶしぶ立ち上がってヴァンパイアの隣で横になった。

「しかし本当に助かった。ここは窓もないし光も入らない。いい家だな」

「そ、そうか?」

 悪くない。こんな家をいい家だと言ってもらえるのは。

「だがちょっと寒いな」

「お、おい!」

 ヴァンパイアが背中を向けていた俺の後ろにぴったりとくっついてきたのだ。そして腕を回してきた。

「何やってんだ」

「ん? こうすると暖かいだろう」

 小さな体のヴァンパイアは俺の背中に顔をうずめると足先を絡めてきた。

「お前の足、毛だらけで暖かいな」

 ヴァンパイアのつま先は氷のように冷たかった。

「まあな」

 そう言うのが精一杯だった。なぜかさっきから俺の心臓が苦しいくらいに激しく動いているのだ。なんだこのドキドキは。

 ヴァンパイアがつま先を暖めようと必死で足を絡めてくる。俺もつられてヴァンパイアのつま先を足でこすって暖めようとしていた。

「ははっ、気持ちいいな」

 ヴァンパイアは俺にしがみついて楽しそうにそう言った。

 かわいいやつめ。

「なあ、また満月になったら来てもいいか」

「ん? ああ」

 急にヴァンパイアの顔を見たくなった俺は寝返りをうった。目が合った瞬間、俺の心臓は爆発するかと思った。なんで俺はヴァンパイアのことをこんなにかわいいと思ってるんだよ。

「わっ」

 俺は自分の胸にヴァンパイアの顔を押し付けて強く抱きしめていた。

「なんだよお前」

「いや、こうしたほうが暖かいだろ」

 俺はヴァンパイアの体をすっぽりと包みこんでつま先を絡めた。

「うん、あったかい」

 俺の心もあったかいよ。

「満月じゃなくても遊びに来ようかな」

 俺の胸の中でヴァンパイアがそうつぶやいた。

「そんなかわいいこと言われたらお前のことっちまうぞ」

 しまった。俺は思わず本音を口に出してしまっていた。引いたよな。引かれてるよな。ヴァンパイアも笑いもしなけりゃ何も言わないし。俺、ヤバいこと言っちゃったよな?

「俺、さっきからおかしいんだ」

 ヴァンパイアが俺の胸から顔を上げた。

「ん?」

「俺、お前になら食われてもいいって思ってる」

「へっ」

 ヴァンパイアは恥ずかしそうな顔をするとまた俺の胸に顔をうずめた。

「ガァルルルル」

 もう限界だった。俺はヴァンパイアをベッドに押しつけ馬乗りになりよだれをたらした舌でヴァンパイアの顔をベロベロと舐めまわしていた。

「わっ、くすぐったいよ」

 ヴァンパイアは顔を左右に振りながら美しい顔をくしゃくしゃにしていた。その顔にも興奮した俺はヴァンパイアの足をつかんでつま先を舐めまわした。

「おい、ちょっと、汚いよ」

 足をふりほどこうとするヴァンパイアだが狼男の俺の力に敵うはずもない。

「こうしたほうが暖まる」

 俺はそう言いながら必死でつま先を舐め続けた。起き上がって俺の背中を何度も叩くヴァンパイアをまた押し倒した。

「おとなしく俺に食われてろ」

 俺はヴァンパイアの頭を撫でながらそう言った。

「わかった」

 恥ずかしそうな表情をするヴァンパイアの小さな唇をこじ開け俺は長い舌を口の中に入れてかき回した。

「ん」

 ヴァンパイアの鋭い牙が俺の舌に当たり痛みがはしった。そこから少し血が出ているようだがもうお構い無しだ。

「ああ、人狼の血はまずいんだったな。悪い」

 俺がそう言うとヴァンパイアは首を横に振った。

「まずいが気持ちがいい。なあ、お前はどうすれば気持ちいいんだ?」

 ヴァンパイアは体を起こし俺と向かい合った。

「俺は、えっと、耳の後ろとか」

「わかった」

 そう言うなりヴァンパイアが俺の膝の上に乗ってきて両手を伸ばしてきた。

「ここか?」

 そして俺の両耳の後ろを優しくこすってくれた。

「ああ、気持ちいいな」

 俺は目の前にあるヴァンパイアの顔をまたペロペロと舐めまわした。口を開ければヴァンパイアの顔はすっぽりと俺の口の中に入ってしまう。ああ、このままお前の全てを食べてしまいたい。

「本当に、いいのか?」

「いいよ」

 俺はヴァンパイアの服に手をかけた。俺の鋭い爪で服はすぐにビリビリに破けた。そしてヴァンパイアの綺麗な体を隅々まで舐め続けた。あんなに冷たかったヴァンパイアのつま先はもうずいぶんと暖かくなっていた。



            完





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