第13話
夜。眠っていると、急に体の自由を奪われた。頭の中が真っ白になって、全身が針金になったかのように、まるで自分の体じゃないみたいに言う事を効かなくなった。その後に急激に体中が震え始めて、それからドッと濁流に飲み込まれるみたいに、私はもう自分で自分をコントロールする事が出来なくなっていた。あまりに急な出来事に混乱する中で、けれども私は自分の身に起きている事の異変が何を意味するのかを理解した。やけにゆっくりと、あぁ、ママもこんな感じだったんだなと思った。きっとママが怒って私を呼んでいるのだと思った。深夜のアイスクリームに始まり、この数日で私は、モコと一緒になってママの鉄の掟を破りまくっていたから。ママに怒られるのは怖いけれど、今感じている訳の分からない恐怖の向こうで、ママが私を待っているんだと思うとそんなに怖くもなくなった。
「亜子ちゃん、」
激しい濁流に飲み込まれながら、不意にモコの声が聞こえた。
モコ、
私もモコの名前を呼んだ。モコが私を抱きしめているのが分かった。骨が砕けて、皮膚が裂けて、自分の体が今にもばらばらに引きちぎれて崩れそうになるのを感じながら、私はモコの感触を探して手を伸ばした。
モコ、
何だか悲しくなって、私はもう一度大きな声でモコの名前を呼んだ。それなのに、手を伸ばしても伸ばしても、私の手はちっともモコの声のする方へは届かなかった。
遠い。
自分の輪郭が崩れていくのが分かった。体の内側から地割れのように肉体が崩壊していく。雨で地盤の緩んだ土砂が崩れ落ちるような激しい崩壊の中で、モコの声だけが聞こえていた。モコは何度も何度も私の名前を、叫ぶように呼んでいた。必死で叫ぶモコの声を聞いていたら、あぁ、もうさよならなんだなと分かってしまって、私はボロボロ泣いた。今まで数えきれないくらい沢山泣いてきたのに、最後の最後まで涙にまみれて終わるなんてあんまりだった。でも、モコが強く強く私を抱きしめてくれていたから、私はそれがとてもとても嬉しくて泣きながら笑った。モコは優しい。モコは可愛い。モコは世界一のモコだ。
私がモコと一緒に過ごした時間は、ママと過ごした時間の長さには到底及ばないはずなのに、モコはママよりも長くずっと私と一緒にいてくれたんだなと、なぜだか今この瞬間にはっきりとわかった。モコは私が生まれた瞬間にはもう既に私の傍にいて、私をずっと見守ってくれていた。姿こそ見せなかったけれど、ずっとずっと、遠い所から私をそっと見守っていてくれたんだって。
気づかなくてごめんね、モコ。モコはずっとずっと、こんなに近くに私の傍に居てくれたのにね。
モコにありがとうと言いたいのに、涙が邪魔して何も言えなかった。体がばらばらになっていく。不意に今までとは比べものにならないほど大きな崩壊の波が全身に押し寄せてきた。圧倒的な恐怖が私を埋め尽くした。
怖い
嫌だ
待って
まだ行きたくない
モコ、
モコ、
モコ、
大好きなモコ
怖くて嬉しくて悲しくて、涙が止まらなかった。
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