第9話

 夜。何だか寂しいなと思って目を開けると、さっき隣同士一緒に眠ったはずのモコの姿がなかった。辺りを探すと、開け放した部屋の窓辺に座りながら、モコはいつも首から下げている不思議な形をした美しい音色の鳴る笛を吹いていた。月明かりに照らされたモコの輪郭は薄く輝きを帯びていて、今にもキラキラホロホロと光の粒子となって消えてしまいそうに見えた。そんな事を思ったせいだろうか、いつもは美しいはずのモコの吹く笛の音色がなんだか今日はやけに悲しく胸に響いてきた。

「モコ、」

眠たい目を擦りながら名前を呼ぶと、モコは笛を吹くのを止めて静かに私を見た。

「今日は何だか悲しい音がするね」

モコの顔も心なしか悲しそうに見えたので、そう言って私はモコに出来るだけ優しく微笑んだ。いつもならすぐに何か言い返してくれるのに、けれどもモコは無表情に黙って私の顔をじっと見つめていた。

「亜子ちゃん、僕の笛の音が聞こえるの?」

やがてモコは消え入りそうなほど小さな声で私にそう問うた。モコの声は小さかったけれどとても硬くて、今までで一番冷たく温度を失って聞こえた。

「うん、」

いつもと違うモコの反応に内心首を傾げながら、私はコクンと頷いた。

「いつから?」

モコの質問の意味がよく分からなくて、私は黙ってモコを見つめたまま緩慢に瞬きをした。

「亜子ちゃん、いつから僕の笛の音が聞こえてたの?」

そう問い直したモコの声は小さくて頼りなくて、何かを恐れるように震えていた。

「えっと、いつからだったかなぁ、よく思い出せない」

記憶を辿りながら私がそう曖昧に答え終わるより早く、モコはさっと窓辺を離れると、私の体を抱きしめた。白い大きな翼で、闇夜に浮かぶ月の光から私の体をすっぽり覆い隠すように。

「亜子ちゃん、」

私の体を抱きしめながら私の名前を呼んだモコの声は震えていた。

「どうしたの、モコ」

私が問うてもモコは何も言わなかった。私を抱きしめたまま、モコは何度も私の名前を呼んだ。

亜子ちゃん、

亜子ちゃん、

亜子ちゃん、

私はこの時初めてモコの涙を見た。モコの涙は月の光と同じ、美しい銀色をしていた。

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