NO2:VRカジノのクイーンとウサギ②

「今晩は〜!今夜のVRカジノチャンネルのゲストはモデルの〜」


撮影ブースから陽気な声がチラチラと聞こえる。俺も加入した最初の頃は自称業界人と名乗るおっさんやオネェさんたちにカジノの必勝法だとか、投資の勧誘などを受けたが騒々しいフロアを足速にすり抜け馴染みのラウンジに行く。


「あ!こっちですよ!」


早く早く!とMIMIちゃんがポーカー台で呼んでいる。うーん可愛い。ゲームと分かっていても可愛い。なんやかんや毎週、馴染みの連中と同じポーカー台でくっちゃべってる。カードの感触がVRスーツから感じられる。V.I.P.のポーカーはカードの感触など触覚センサーがフル活用されているのでカードの感触を覚えて手札を覚えるらしい。金持ちはリアリティが重要だとかで同世代でIT企業の偉い人らしいDDマンさんが色々と教えてくれた。


「あーゆー五月蝿いのはすぐに飽きられるね。そういえば、アッチの新しいスロット台。ウチがプログラミングしたんだよ。」


「へぇ、じゃぁ絶対勝てるプログラミングできるんじゃ無いっすか。」


DDマンさんにすかさず食い付くのは、アイドル崩れのコウ。随分イケメンでここのログインは事務所だとかパトロンのおかげだとか。本業はヒモで副業がアイドルだと自虐している。


「流石にね、それはやめとくよ。反応見たいからさぁ今度遊んでみてよ。」


5回ほど無料で遊べるチケットをメールしてくれるとちょっと得した気分になるねぇ。もっとおっさんおばさんが多いのかと思っていたが案外、同世代が多くてちょっと安心した。……なーんて!思うかーーーーー!!!ここの年会費!俺のボーナスの倍!どのゲームを遊ぶにもコインの最低金額がなんでも2倍3倍あたりまえ!!同世代であたりまえのように一晩で俺の給料の何倍もするような掛け方をしてる奴らが彷徨いててびっくりするわ!


「その普通な感覚がいいんだよぉ。ねぇねぇ!テストプレイしてみてよ!」


しがないサラリーマンの身の上としては言われるままにスロットやカードゲームなんかに興じるが俺にギャンブルの才能はないよ。それでも、なんとなく気が合うのか随分と居心地が良くてついついこのメンツでつるんじまう。


「あーあ、偶然ルーレットに当たったはいいもののそんなうまい話ねぇなぁ。」

「うまい話があったらボクがしりたいしぃ。」


コウくんと二人でブツブツ言いながらスロットの代打ちのバイトみたいなことをして仕事の愚痴なんぞに花が咲く。


「はぁ。クイーンのゲームっていうから期待したけどただのV.I.P.ルームってだけで大して変わらねぇなぁ。」


「あれぇ?お前まだ”クイーン”に会ってねぇの?」


コウくんがスロットをリズミカルに連打しながら目を丸くする。スロットの電飾のエフェクトがけたたましく発光し、コウくんの瞳をカラーコンタクトのように変わるがわる染めていく。


皮膚や瞳が色とりどりに目まぐるしく変わる中ぐるりと目を向けた先は……MIMIちゃんだった。


「ああ、強制イベントかなんか?」


案内役のアバターのMIMIちゃんが必須イベントなら教えてくれるはずだ。最近おろしたばかりの夏物のシフォンのワンピースとウサギの耳をピョコンとさせながらニコニコと笑う。


「強制イベント。では、無いんですよ。このまま楽しまれるのも良いかと思いまして。」

「ふぅん。まぁ確かにクイーン面倒だし、いいんじゃない。」

「えーなにそれ!気になるじゃん!!」


まだイベント発生要件がクリアできてないのか?迂闊だった、カジノだと思ってシナリオイベントが発生するとは思っていなかったからまったり過ごしてしまっていた。ふーん。元・ゲーマーの血がムクムクと湧いてくる。


「DDマンさん!クイーンのイベントも作ってるんですか?」


カジノのゲームを作ってるならイベント発生要件くらいは知ってる可能性はあるよな。流れに乗じてぶっ込んじまえ!


「あー。クイーンねぇ。それは特殊なんだよ。」


困った様子でフルフルと顔を振るがよけーに気になるじゃねぇか!

え?そんなレアイベントなの?過去のメールホルダーを見て当初の招待メールを繰り返し眺めて見る。あれ?コイン倍増?クイーンのチケットをGET?


「コイン……倍増してねぇな。」


俺は元々、ルーレットで倍増していたのにびっくりしてすっかり忘れてた。チケットをゲットしたら倍になるゲームに参加できるのか?それ以上大したことも書いてないが、国営カジノだし金融機関主催だからそんな怪しいもんでも無いだろ。


MIMIちゃんは困った様子で「少し歩きましょうか。」と手をとってフロアを抜ける。案内役。とはいえ、チュートリアルが終わったらずっとフィールドに出す必要もないがいつも呼んでしまう。グローブ越しに指が絡まる感触がなんだか不思議だ。


アバターと動画撮影をしている奴らの騒々しい声が聞こえる。


「ああ〜今回のチャレンジもクイーン召喚ならず!残念ですがまた来週チャレンジしまぁす!」


照明をチカチカさせながらオーバーリアクションでおどける奴ら……冷めた目線のDDマンさんは鼻で笑いながら「分かってねぇなぁ。」とため息をつく。


「MIMIくんさぁ。そちらさんだと厄介でしょ?うちの会社のアバターに変わってやってもいいよ?」


案内役が銀行経由だからなのか!腑に落ちた。たしかに大抵はチュートリアルが終わったらフリーフィールドで新しいパートナーキャラに変えてしまう。初期キャラのままは珍しい。キャラクターでストーリーイベントの発生要件が変わるならわかりやすいな!……MIMIちゃんに愛着はあるけれどイベントだけ発生させたらまた元に戻せばいいや。


「MIMIちゃん!ちょっと寂しいけどイベント気になるんだぁ。バーテン?ディーラー?フロアのバニーちゃん?どこがヒントか教えて!!」


まずは村人あに聞く方式だ。定番の情報収集を今更ながら行ってみよう。相方のMIMIちゃんには申し訳ないけれど久しぶりのゲームらしいゲームでやっぱさぁこうでなくっちゃ!とテンションがスロットの確変エフェクトみたいに上がっていく。


「……折角だから、夏休みにゆっくりしませんか?」


「あーまたチュートリアル時間かかる系?夏休みゲーム漬けとか学生の時以来だわぁ〜。」


MIMIちゃんのちょっと寂しそうな様子が気になるけれど、その方がじっくり遊べていいかもしれない。ポーカーの札を確かめながら金持ち連中のセレブトークにも飽きてきたところだ。呆れるDDマンさんとコウくんに「夏休みにログインしたら遊びましょう!」と告げてMIMIちゃんと浜辺のフィールドに画面を切り替える。


……ザザン………ザザ〜ン


ざらりと湿っぽい砂浜の感触がVRスーツ越しに伝わり妙に気持ちが悪い。時折、足首を撫でるように波の感触がウネウネと伝わって、大事な会話をするのに気が散ってしょうがない。


いや気が散るのはMIMIちゃんのせいかも知れない。手を握ったままの彼女はずっと黙ったまま。ねぇ!ねぇ!?怒ってる?

アバターに気を使うのも妙な話だけれども最近のアバターは人と変わらない。人工知能のおかげが妙に人間ぽいんだけど、こんなさー繊細っぽい感情の表現とかいいからぁ。なんだか彼女に浮気を怒られているみたいでソワソワする。


「……クイーンに浮気なんてしないよぉ〜!イベントやったらまたMIMIちゃんと遊ぶからさぁ……」


ぎゅっと握った手に力が……力が……って〜力入りすぎじゃねぇ?センサーぶっ壊れてねぇよね?っ痛〜!!!!!


「夏休み……ここのホテルのカジノに行きませんか?」


ん?久しぶりの営業?南の島のリゾートホテルだ。MIMIちゃんの銀行で契約したクイーンコースの会員で利用できるけど一度も使ったことないんだよね。確かに折角の夏休みだから南の島を堪能するのも悪くないかもなぁ。


「へへへっ。ここでさ、MIMIちゃん水着きてくれる?」


照れ臭そうに「みっ水着ですか?」と慌てながら「可愛いの選んでくださいね。」とコクんと頷く様子が可愛いなぁ!バニーガールが制服なのになに照れて嫌がるんだ!てのはご愛嬌。リアルじゃないのがちょっと寂しいが夏休みにちょっとくらいいいだろう。


***


フェリーを乗り継いできた高級リゾートにサンダルで来てしまった。

ガチじゃん。なんか規模が違う。建物全部大理石とキラキラ成分でできてるやつ。

こんなところでVRスーツを着てゲームを一日中するのかと思うとアホらしくなるわ、後でプライベートビーチで飲もう!


大きな窓ガラス越しに中庭のプールから「お前がアバターかよ!!」と思わず突っ込みたくなるようなピチピチギャルがキャピキャピとトロピカルジュース片手に霰もない水着姿で玉の汗を弾けんばかりにポヨンポヨンさせている。あーこれ!俺が求めていた夏はコレだわ!


「でさー、後でビーチ行くからチュートリアルさっさと終わらせたいんすよ〜。」


「ぶっちゃけ、クイーンのゲームどうだってよくなってんだろ。」


あんだけ騒いでたくせになぁ。とケラケラ笑うコウくんは「まぁナンパして彼女作れよ。」と励ましてくれDDマンさんに至っては「お前らはそーゆー奴らだよなぁ、アバターの参考にするから写メよろしくね。」と、謎のエールを送ってくれる。


ホテルのカジノラウンジから繋いだ映像を共有する。この二人も夏休みは別のホテルのカジノラウンジからログインしているらしい。なんかいつもと変わんねぇけどまぁいいや。パスケースに入れたカードでV.I.P.ルームに入るとポワンっとイベントの文字が浮かぶ。


「へぇ、リアルステージからログインするとチケットが手に入るのか。」


なるほどね。確かにリゾートホテルのV.I.P.ルームカジノまで使える軍資金がないと遊べねぇな。クイーンのチケットには幾つかの条件があるようだけれども、VR空間だけ探索しても意味は無い。とはそういう意味か。

年中「金がねぇ」とスロットを回す本業ヒモのコウくんがあっさりホテルのカジノでクイーンのチケットをゲットできた理由がわかった。俺にヒモは向いてないが先ほどのぷるんぷるんの女の子たちを思い返して今頃べつのホテルでよろしくやってんのかなとゴーグルを放り投げたくなる。


「しっかしねぇ、これだけじゃぁ面白くもへったくれもねぇや。」


イベントBOXに【Queen’s Party】とだけ表示されて面白くともなんともねぇ。

まさか全国のリゾートホテル回らなきゃいけないやつ?!うげーシンドイ。

男ひとりではシンドすぎるぞぉ。不意にホテルの契約を押してきたクローバー氏が恨めしくなってくる。畜生、VRじゃいくら可愛い女の子と遊んだって男ひとりにゃ変わんねぇぞぉ。案内役のMIMIちゃんには申し訳ないけれど生身の女の子には叶わない。


不意にポヨンと二の腕にいつもの感触が……


「え?MIMIちゃん……まさか、リアル?」


柔らかい感触。思ったより背が高いのかヒールを履いているのか俺と大して変わらない。慌ててVRゴーグルを外すとフルフェイスのVRマスクとボディスーツ。ピタピタのスーツが恥ずかしいのかミニ丈のワンピースを上から被っている。


「おおぅ……ボディスーツの上からわかるおっぱいの威力……」


水着とは違う破壊力が目の前に広がっている。聞き慣れたアバターの音声がやけに耳にくすぐったい。


「クイーンのイベント……チャレンジされるんですね。」


少し寂しげな声色が気に掛かる。ぶっちゃけクイーンのイベントなんてもうどうでもいい!!このままビーチでぷるんぷるんと遊ぼーよおおおお☆


心の声を必死に抑えながら”特別”なイベントに胸が鳴る。


君とボクのチューとリアルを堪能しないかい?!なーんて言ってボディスーツ越しにぶっちゃけちまいたい。


そんな俺を尻目にMIMIちゃんはカードを広げて言った。


「クイーンの遺産を見つけてください。」


いよいよゲームらしい展開に胸を高鳴らせる。


夏の南の島でクイーンの遺産。

ぴちぴちギャルとのロマンス。


最高の夏の予感がした。

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