TalkerーVRカジノー
小川かこ
NO1:VRカジノのクイーンとウサギ①
❤︎ Queenのパーティ ❤︎
招待状は金融機関の管理者ドメインから無機質にそして唐突にきた。
狭い自宅のゲーミングチェアがギシギシと軋むたびに、ゴーグルをかけて操作するレーシングゲームの臨場感と高揚感が増すのに事務的な金融機関からのメールになると急に職場の貧乏チェアに座って仕事をしている気になる。
「クイーンのパーティねぇ。ああ……国営カジノのイベント招待券でコラボしてアカウント数増やしたいのかねぇご苦労様でっす。」
一応、詐欺アカウントじゃないかはチェックする。ここ数年国営カジノが盛り上がりも落ち着いてきたからテコ入れか。できた当初はアカウントやらVRゴーグルとボディスーツなんぞも買って大学の仲間とうろついていたけど就職してからすっかりご無沙汰してしまってる。宝くじと一緒だな。コインを買って遊ぶが手元には大して残らないし実家を出てしまって節約で遠のいてしまってる。遊ぶにも金がかかるんで癪に触る。
「にしてもだ。クイーン❤︎なんて詐欺か、えっちなお店の案内みたいじゃん。国営事業も大変っすねぇ。」
ちょっと期待したのは内緒。中には金融機関らしい【コイン倍増キャンペーン!クイーンのチケットをゲットして遊ぼう!】と可愛いキャラクターが描かれている。
ふーん。まぁ、いいや。レーシングゲームに飽きてきたところだ。久しぶりにアカウントをチェックしてみようかな。
……
………まじか?
数年間放置していた金融機関と連携しているコインボックスの0の数が爆増している。はぁ?どーゆーこと?えっ確かに数千円とかそのくらいは残ってたと思うけど、まじ富豪じゃん!これ換金したらしばらく遊んで暮らせるわ。
VRボディスーツの下の汗がジワリと伝う。いや、しかしなんで増えてるんだ?誤入金の使い込みで頭を下げるニュースで有名になりたくないんだけど!
VRカジノはいくつかのプランがあって金融機関と連動している金融機関ごとのボード・現実の通貨として電子決済できるボード・競馬や宝くじや他のネットゲームやネットサービスと連動しているボードなどがある。ここから、ゲームのチケットやコインに換金するのだが他のボードは見慣れた金額で大した額は入ってない。VRバンクの口座だけが桁違いだ。
薄暗いカジノフィールドの中でフロントの看板を探しながら急いで金融機関のチャットアバターのバニーちゃんに駆け寄る!!金融機関の看板やマップよりバニーちゃんを見つける方が早い。くっそ分かってんなぁ。バニーちゃんの映像良くなってんなっクソクソクソ!!ギシギシとボロいゲーミングチェアの上で体を揺らしても変わらないのに気持ちが心臓と一緒に焦って脳みそから飛び出しそうだ。
落ち着け。落ち着け……バグかもしれない。男の誠実さを示すんだ!よっし!!
一番可愛いアバターの子に精一杯落ち着き払った態度でなけなしのネットマナーを振り絞りながら挨拶をしよう!そう紳士的に質問をすれば逮捕されない!俺は無実だ!!
「えー……んっんっ。失礼します。御社のコインについて質問があるのですが……」
「はい。どういったご質問ですか?」
【MIMI】と表示されたバニーちゃんは胸を揺らせ耳をピョコっと動かしながらふわふわ近寄りニコッと微笑んでくれる。あー良いなぁ。職場のさぁ女性陣もこーゆーかわいらしさって必要よ。癒されるわー。いやいや。紳士としてね、ビシッと。うん。ビシッとしなくっちゃ。
「久しぶりにログインしたら金融機関のボードのコインが爆増しているんですが何かのバグなどではないでしょうか?」
「あら、お客さますごいですね。今データをお調べしますね。」
ホログラム風のデバイスパットをカウンターで操作するとエフェクトと共に「しばらくお待ちください」の表示がクルクルと回る。なんで人類はローミング中が一番イライラするのだろう。待てば待つほど気持ちが急かされてしまう。
ポロン……ピロン……
「大変お待たせしました。」CMと同じ定番のテーマソングとともにバニーちゃんのアバターがクルリと謎の一回転とポーズを決めてニコリとウインクする。イッライラするのがほんわかするので不思議なシステムだ。人類はバニーガールがお尻をプリんとしてウインクをすることによるローミングのイライラ緩和と世界の平和についての研究と論文を用意すべきじゃないのかな。
「お客様のアカウントですが、こちらの二つのプログラムに加入していたのが理由になってますね。」
ぱよんっ!とMIMIちゃんの手元のタブレットに金融機関らしい書面が表示された。
「なになに。”月額プラン”と”投資信託型ルーレット”」
思い出した。確かに入ってたな。月額定額1000円が給与口座から引き落とされてコインに変換される。確かなんかのキャンペーンで1000円分が1300円分のコインになるとかだった気がする。はーん。なるほどね。これが積み立てられて2〜3年分溜まったらそれなりの額にはなる……が、ゼロが増えるほどとは思えない。
「えっとすみません。この”投資信託型ルーレット”ってなんでしたっけ?」
「はい!こちらは定期預金されているコインを節税対策としてカジノ内で信託運用していただくプランです!お客様の場合、毎月ランダムで500円分・ボーナス定額プランの信託用コイン口座と金融機関口座の金額を一番利回りの高いルーレットに自動信託していただいたのが昨年の夏にヒットしたようです!おめでとうございます。」
あー思い出した。就職前に給与口座を開設した時に、悪友と酔っ払って調子に乗って信託に小額投資と思って自動ルーレットに入れてたんだ。その後、何回か遊んだが別にちっとも増えないし放置にしてた。まじかよ。
MIMIちゃんのバニーガール姿とお堅い銀行員トークのギャップがなんとも言えないがしげしげと運用履歴を確認する。よく見ると一番ギャンブル性の高い赤と黒と数字の組み合わせの一発勝負プラン。ボーナス月は競馬で言う一番デカい高配当のゲームに自動参加になっている。
なにやら世界中でBETする中で数人しか当たらずほぼ総取りだったらしい。
「いかがなさいますか?換金されますと課税がかかりますが、節税対策として他のゲームや投資商材への振替も可能になってます。」
ふわふわのバニーちゃんがニコリと案内するが、目の前のポヨンポヨンのおっぱいは今は目に入らない。
えーっと現金化するのに一番バクチなのが、VRバンクのコインで宝くじ当てて現金化するのが非課税になるんだっけ?いやいや、ルーレットより当たらねぇぞ。今のコインのレートってどうなんだっけ。カジノ中の電飾板が責め立てるようにギラギラ光るがちっとも頭に入らねぇ。税金とか投資とか頭が回らんぞ。まず調べて……いやいや、プロに相談した方がいいのか?
「もしよかったらこちらのカタログをご覧ください」
【Q&Aなぜなに?高額配当の税金とトラブルチェック!】
あー宝くじで貰うって噂の!あーゆーの?あるの?カジノも???
急に現実味が増してきた!目の前はバニーちゃんのおっぱいだけど!パンフレットを震える手で受け取ると思わずアバターの手に触れてしまった。ほんわかと温かく柔らかい。
わーーーーー!っと叫び出しそうになりガバっとVRゴーグルを一瞬外して全身汗でダラダラの身体を身震いする。えっとアバターセクハラってどこからがヤバイんだっけ?同意における接触は?現実と仮想空間人格保護法がゴッチャになる。実際のところ大して変わらないがVRカジノが流行った頃にトラブルが頻発して制定された。仮想現実における犯罪抑止関連の条例だ。仮想通貨を巡った詐欺や恐喝、金銭トラブルとセクハラを含めた犯罪はカジノのような多額のお金が動く所ではVRアバターの匿名性もあって加速度的にトラブルが増えて急遽制定された。年々厳しくなってる気もする。
ったくよー。こんな感度の良い接触センサーのついたVRスーツもそんな法律のせいで機能の宝の持ち腐れだ。導電性ゴムとシリコン繊維基盤の間に磁性スライムがウネウネとネット上の感触を再現してくれるせいで触れたものの感覚が妙に生々しい。しかし、なにも手にちょっと触れたからって捕まることはない。気を取り直して再ログインしようとゴーグルを付け直すと画面の隅にチケットのアイコンがチラチラと光る。
クイーンの招待状。ああそうだ、すっかり忘れていた。
気付に栄養ドリンクをグイッと飲み干し、気を取り直してカウンターに向かう。
「お客様大丈夫ですか?」
MIMIちゃんが心配げにお耳をピョコピョコとさせながらヒアリングを再開する。パンフレットを受け取りながら「そういえばさぁ……」と、クイーンのチケットを見せる。
「チケットにリンクが無くって。せっかくのコインがからクイーンのゲームフィールドでちょっと遊んでもバチは当たらないよね」
モニターでチケットを表示するとバニーちゃんは狼狽えながらクルクルと回転して「少々お待ちください」モードになり派手なエフェクトと共に燕尾服のディーラーが登場した。にこやかなディーラーは【V.I.P.御案内係:クローバー】と胸元にポップアップを表示させながら複数のバニーちゃんを引き連れて登場した。
ちょっとムカつく。
「お客様、お越しいただきありがとうございます。こちらV.I.P.のためのチケットになっておりますのでログインゲートが特別になっております。保守のため個室にご案内しますね。」
えぇぇぇ!V.I.P.!?そんなの今までの人生で縁がない!まじかよ!!
バニーちゃんのアバターが両腕に柔らかいおっぱいをプニプニと押し付けてきてVRスーツ越しの磁性スライムと分かっているが……うーん堪らないねぇ。
ゴーグルの端に表示されたボードのコイン数とV.I.P.の響きに悦に入る。
豪華な内装のV.I.P.ROOMフィールドに切り替わりお尻の感触が慣れたギシギシとしたゲーミングチェアではなく柔らかいふわふわのソファにかけている感触。やっば。
全身がふわふわしている?!VRスーツが未だかつて無いくらいに駆使されているぞ。めんどくさがらずに着ておいてよかったぁ!!
「こちらのクイーンのフィールドは特別なお客様のコーナーになっております。」
ふむふむ。テレビやネットで時々ニュースになる芸能人や有名人の参加するフロアらしい。金持ちが多いので身辺審査などの上、招待される。掛け率も桁違いに高い。
「はぁ〜。なんか世界が違うっすね。」
「ええ。こちらのサーバーでしたらお客様のコインも安心して運用、遊用いただけるかと思いますよ。」
クローバーはフィールドモニターを見せながら説明するがどうも運用、遊用と投資して欲しい気満々で胡散臭い。とにかく癪に障る。
「べっつにさーそんな堅苦しいところじゃなくて気楽に遊びたいだけなんでぇいいっすよ。」
こんだけあれば別に不自由しない。俺は金に惑わされんぞ。甘いセリフで欲を掻いたら大損するに決まってるねっ!現に、V.I.P.会員の年間利用料が俺の夏のボーナスの倍はする。とんでもない。こんなに払うくらいなら換金して贅沢したほうがマシだ。
「そうでしたか……、一緒にご案内できるかと思ってMIMI残念ですぅ。」
んんんっ??MIMIちゃぁ〜ん?なにを残念がるのかな?
瞳を潤ませてしょんぼりと頭を下げると柔らかな毛先がサラリと腕に触れる。
ああああああ。なんて芸の細かい!ボディスーツの感触と分かっていて女の子の感触がっ!お前一応銀行員のアバターだろ!と思いながらバニーガールの格好をしている時点で倫理観もへったくれもねぇ。が、なんか犯罪臭い。
「V.I.P.のお客様にはご案内役が1名必ずつくことになっているんですよ。」
ああ、VRペットやキャラクターか。なるほどな。人気のあるゲームキャラクターなどもGAMEステージで連動しているので連れて歩けたりする。MIMIちゃんはよく出来ているけどVRの仮想キャラならセクハラじゃない。V.I.P.も成人以上のコーナーだし大人向けのサービスがあるってことねぇ。ははぁん。
「んーこれってお試しで1年遊んで解約してもいいんですよね?」
「ええもちろんですとも。」
クローバーはニコリと微笑みながらV.I.P.特典として全国の提携ホテルや各種施設の割引とホテルのカジノの利用ができるVRバンクのゴールドカードなどをテキパキと説明しながら、専用サーバーのログインリンクとパスワードを発行する。こーゆーとこは銀行員って感じだよな。
「でもさぁ、ホテルに男一人で行ってVRで女の子と遊ぶのもなんか虚しいよねぇ。」
想像しただけで虚しすぎる。芸能人やカップルなら高級リゾートのホテルカジノも楽しいかもしれないが俺はゴーグルを外したら8畳一間のボロアパートの自分の部屋が待っているのだ。かといって調子に乗って換金して高級マンションに住んだらあっという間にコインがなくなってしまいそうだ。ふわふわのVR空間のソファのケツの下にはギシギシと音のなる高校の頃から愛用しているゲーミングチェアが現実の俺の居場所。
まぁ、1年だけ。せっかくの機会だから遊びながら運用を考えよう。
ニコニコと微笑んでくれるアバターのMIMIちゃんがV.I.P.ルームの案内を教えてくれている。
「せっかくだし色々教えてくださいね。っと、女の子の衣装も選べるんだ。」
早速、見慣れたカタログ上にパートナーアバターのクロークBOXができている。はぁ、結構際どいのや限定アイテムも多いのね。キャラメイクには対して興味が無いのだがネット上で女の子に貢ぐ奴もいるらしいしな。ふむふむ。
俺は手頃な服を3着ほどパートナーのクローゼットに放り込んで、クローバーに勧められるままに手堅そうな銀行の定番信託プランと外貨積立保険に加入しておいた。もちろん仮想通貨定額元金補償カジノ保険付きのプラン。一定金額までは非課税らしい。勧誘トークがウザいのでテキトーにレートギリギリまでぶっ込んどいた。これで文句ねーだろ。
一通りチュートリアルを聞いたが正直、保険と投資の案内でカジノの気分じゃねぇ。
チュートリアルが長いゲームってやる気なくすんだよな。ステージで提案のゲームのチュートリアルまで済ませた後、腹が減ったとかなんとか言ってさっさと離脱。
まだMIMIちゃんの感触の残る男臭い部屋でVRスーツを投げ捨てて居酒屋かラーメン屋にでも行くかな。V.I.P.だなんだと言って現実なんてそんなもんだ。胃の中に収まるラーメンのスープの感覚と頬を撫でる湯気に「何がVRだ。腹が膨れるわけじゃねぇのにな。」と、ぼやきながら不意に飛び込んだ金の面倒臭さをスープごと飲み干して「まじダリい。」としか言えない俺がぽつんといた。
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