第2話 三つの班
ボーイスカウト隊がキャンプをしているサイト全体に、甲高い号笛が鳴り響いた。
長音・短音・長音の組み合わせ。
擬音で表記すると「ピーーー!! ピッ! ピーーー!!」である。
「うあ! 班長集合だ、しゃあねぇな。聡、すまん。食器棚つくりかけだわ。あとよろしく!」
「あいよー♪ こっちはまかしとけー。いってらー」
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時間は少しだけ巻き戻り・・・
「松木副長!北見副長!夕飯食材の配給準備、整いました!」
「オッケー! ごくろうさん! 」
隊付(たいつき)の吉岡 希は、元気はつらつな声で副長に声をかけた。
吉岡は18歳の女の子。高校3年生である。
いわゆるベンチャースカウト隊なのだが、ボーイスカウト隊のキャンプに「隊付」という肩書で参加していた。
隊付とは、隊指導者のサポート役で、隊長から命じられた任務を行う。
上級班長と協力して、各班のサポートをすることもある。
この隊は、隊長の中田、副長の松木、北見の指導陣で構成されている。
さらに副長補というポジションもあるのだが、副長補の猪股は仕事のため欠席となっていた。
そのため、隊付である吉岡の負担はいつもよりちょっと多めになっていた。
「蒼真!その食材は明日の朝食分だよ!計画書に書いてあったでしょ~」
吉岡はそう言うと、もう一人のベンチャースカウトのところへ駆け寄っていった。
「あれ?これ明日のか、すんません希さん」
「倉庫テントに戻しといてね♪ キチンと閉めておかないと野犬にやられるよ」
「了解っす」
北見蒼真、高校2年生のベンチャースカウト。
班長達を束ねる上級班長である。隼章を取得していて、技能章は、ハイキング章、リーダーシップ章、世界友情章、野営管理章、信号章、読図章、スカウトソング章、救急章、野外炊事章、野営章、安全章、防災章、パイオニアリング章、案内章と数多い。
ちなみに吉岡は同じく隼章で、読図章、野営章、野外炊事章、リーダーシップ章、ハイキング章、救急章、看護章、パイオニアリング章、アーチェリー章を持っていた。
「上班!隊付!ちょっときてくれ」
副長の北見が遠くから声をかけてきた。
苗字で推測できるように、北見蒼真の父親でもある。
自分の親が指導者だとなにかとやりにくいんじゃないの?と蒼真はよく聞かれるが、わりとプライベートとボーイスカウトを分けて考えているので、周りから言われるほどではない。
それにプライベートでも最近は接点がなくなってきており、その為もあってか、他人行儀な対応が板についている。
「なんでしょう?副長」
蒼真と希が副長の北見のもとへ来た。
「うん、あと15分後に食材の配給なんだが、その前に各班長を集めてほしい。食事後の予定に変更があったので通達したいんだ」
「了解しました。ホイッスル、お借りしていいですか?」
「オーケー、これな。ちゃんと洗ってるから大丈夫だよ」
笑いながら蒼真に渡す。
「はい。通達事項って何ですか?」
「みんなが集まってから一緒に話すよ」
「了解です」
蒼真は表情を崩すことなく、ホイッスルを受け取った。
その時、風が吹いた。ただの風・・・だったはずだが、蒼真は変な違和感を感じていた。
(・・・さっきまで吹いていた風とは方向が違う・・・なんだ?)
ハッと我に返ってホイッスルを吹いた。
「ピーーー!! ピッ! ピーーー!!」
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このキャンプ場は、彼らの隊がよく訓練で使用しているキャンプ場である。
ほどよく班のグループごとにサイトが分かれており、しかも他のサイトが見えない。
各サイトの中心には、隊本部テントが張られた広場がある。
水道はここにしかないので、必要な分を各班が汲みに来る。無駄遣いすると水汲み労働が増えるので、水の扱いは慎重になる。
そして全員が集合するときはここに集まるのだ。
班同士で競い合う面もあるため、他班のサイトで何をやっているか偵察をしようとすると、必ずこの隊本部エリアを通らねばならず、偵察はほぼ無可能。
班同士が集中して競い合うのに適した位置関係にあった。
蒼真がホイッスルを鳴らしてすぐに、各班の班長が駆け足で姿を現す。
この隊には現在3つの班がある。
「イーグル班」「オオカミ班」「コブラ班」である。
各班それぞれ6名のスカウトで構成されていた。
「上班、配給ですか??」
オオカミ班の班長、犬飼 真一(いぬかいしんいち)が集合するや、開口一番に質問をぶつける。
「んにゃ、何か通達事項があるらしい」と、蒼真は淡々と答える。
「まさか!?天候が急変するから準備しろとか言うんじゃない?」
ニヤニヤしながら発言したのは、コブラ班班長の神田 百花(かんだももか)だ。
二人ともイーグル班の鷲村康介と同じ中学3年生。
犬飼 真一は、菊スカウトで読図章・武道武術章・通信章・野営章・野外炊事章・リーダーシップ章を持っている。
剣道部に所属しているため、武道武術章という章を取っているのが自慢である。
神田 百花もおなじく菊スカウト。
読図章・観察章・通信章・野営章・野外炊事章・リーダーシップ章・計測章・救急章を所持しており、隊付の吉岡 希にあこがれている。なにかと康介とぶつかるところが多いが、お互い根に持たない性格なので、傍からはじゃれあいのように見えていた。
「こらこら、天気予報はこのキャンプ中は晴れ予報なんだ。いくら中田隊長でもそこまではないやろ」
と、蒼真がツッコむと班長3人はドッと笑いあった。
百花のボケの元ネタは、隊長の中田にある。
いわゆる・・・雨男なのだ。
高確率で雨キャンプになることが多く、過去の逸話としては晴れ予報なのにテントの設営中に、にわか雨が突然降り始めたことがあったのだ。
スカウト達は青空を見上げ、つづいて一斉に隊長を見るという出来事があったことを、百花は暗にほのめかしたわけだ。
「よし、全員集まったな」
4人が振り向くと、隊長の中田、副長の松木・北見、そして隊付の吉岡希が並んでいた。
「あんたたち、いくらなんでも隊長をからかいすぎよ?さすがにこの晴天でなにかおきるわないじゃない?・・・という気がする・・・たぶん・・・いやでもまさか・・・」
希が最初はキリッとした、そして徐々にモゴモゴになる発言をする。
と、隊長の中田が
「おいおい、隊付・・・それフォローになってないんじゃないか?」と苦笑いとトホホな表情で一歩前に出た。
「君たちに集まってもらったのは、今日のこと後の予定変更についてだ。」
上級班長、各班たちの表情がスッと真面目モードに変わった。
ふざけるときと、真剣なときの使い分けはきちんとしている。
「今から食料の配給、炊飯開始となるが、本来なら片付けを終えて19時にここに集合してキャンプファイヤーの予定だ。この時間を19時半に変更する。申し訳ないのだが、明日の訓練で使用する資材が、明朝届く予定だったんだが、先方の手違いで明日ではなく今夕届くことになったらしくて、その受領でちょっと押しそうなんだ。」
「了解しました。伸びた時間分はどうしますか?うちの班員、たぶんゆるんでだらだら作業になっちゃいそうですよ?」
康介は苦笑いしながら質問する。
時間がないときや、切羽詰まっているときは協力してテキパキと行動できるイーグル班だったが、時間的余裕があるとわかるや否や、途端に作業速度が遅くなるのが玉に瑕だった。
ましてや、ボーイスカウトになりたての新入隊員が2名もいる。
彼らにはきちんとした行動を見せておきたかった。
「あはは、うちの班も似たようなものかも~」
「俺んとこもそうだな」
百花と真一も笑いながら同意した。
「うーん・・・そうだなぁ・・・ではキャンプファイヤーがいつでも始められるように、当初予定通りの19時には、この広場に集合してくれ。
こちらも資材受領をできるだけ早く終わらせるので、その間は各班でスタンツ(各班の出し物)の練習をしておくようにしようか。
上班、そんな流れで隊長副長がいない間の統率を頼む。隊付は上班の支援だ。以上」
希と蒼真は同時に「わかりました」答え、上班の蒼真は各班長に向かい合うと、
「では解散後、班長はこのことを班員に伝えること。この後、食材の配給を行うので、食料係の班員は受領の準備をするように。以上、質問がなければ解散」
蒼真が敬礼をすると、康介・真一・百花の三名は、無言で敬礼をして踵を返し、自分の班サイトへ駆け足で戻っていった。
「おつかれさま、さーて私たちも炊事の準備しようか。隊長たちと私らで5人分。でキバキやらないと終わんないよ?」
蒼真の肩をポンとたたくと、希は二カッと笑って言った。
「ではそろそろ配給の合図を出しましょうかね・・・っと」
倉庫テントから出てきた副長の松木が、食材の入ったコンテナを並べながらそう言った。
おもむろに松木はスゥっとおおきく息を吸い込むと、拡声器も顔負けの大声で叫んだ。
「は----!いーーーーーー!きゅーーーーーーー!」
希と蒼真は、この大声を耳をふさぐ暇もなく至近距離でくらったから堪らない。
希はキーンと響く耳を押さえながら「松木さ~ん・・・せめて一言いってくださいよぉぉ」
とぼやいた。
「そうですよぉ・・・隊長や北見副長だって・・・あれ?いない・・・」
とキョロキョロする蒼真。
「あ゛っ!いつのまにあんなところに!」
隊長の中田、副長の北見はいつのまにか草むらの陰に隠れて耳をふさいでニヤニヤしていた。
松木の配給コール・・・
それは、彼らボーイスカウト隊キャンプの名物?ともいえる風物詩だった
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