中編

 それから私は、殿下の婚約者として厳しい王子妃教育を受けたり、殿下の公務の手伝いをしたりして殿下に尽くした。


 例え、お父様と使用人達が、お父様の元愛人であるお義母様との間に生まれた義妹を溺愛していて、それにより私の居場所が屋敷の中に無くなったとしても。


 例え、義妹が私より容姿も優れ、文武両道で社交性も高く、義妹を高く評価した令息達や令嬢達から陰で『義妹の方が殿下の婚約者に相応しい』と罵られても。


 例え、私が公務や王子妃教育で忙しくしている間、義妹に一目惚れした殿下が彼女の逢瀬を楽しんで愛を深め、いつしか夜会やお茶会に義妹を連れて行くようになっても。


 例え、それらが全て義妹によって仕組まれたものだったと分かっていても。


 私は殿下の婚約者として、頭の天辺からつま先まで殿下の婚約者に相応しい振る舞いをするしかなかった。


 それが、シュトレンゼ公爵家に生まれた私のやるべきことだったから。


 けれど、それももうお父様と殿下の一言で終わった。



「殿下、此度の婚約破棄は、これからの国のことをお考えになられた上でお決めになられたことでしょうか?」

「もちろんだ。筆頭公爵家であるシュトレンゼ公爵家には多少傷がついてしまうかもしれないが、そこの愚図より遥かに優秀で完璧な貴族令嬢であるレイラの方が未来の国母に相応しいと思ってな」

「わぁ~、ラルフ様ぁ~、ありがとうございますぅ~」



 ――何が『ありがとうございますぅ~』よ。そんな言い方をしたら、間違いなく鞭で打たれる。


 男に媚びることしか知らないくせに、完璧に計算された立ち回りで周りの同情を買う義妹。

 そんな彼女の醜い本性を知っているのは、恐らく私だけだろう。


 今だって、殿下の腕に自分の胸を押し付けている義妹が、私に対して勝ち誇った笑みを隠そうともしない。


 まぁ、それに全く気づかない周りも大概だけど。



「であれば、この愚図は我がシュトレンゼ公爵家から今すぐ勘当しましょう。我が家名に多少なりとも傷がつきますが、我が愛しい娘レイラのためにも仕方のないことです」

「ならば、この場でシュトレンゼ公爵家から勘当と国外追放に言い渡そう。レイラのためにも何事も早めがよかろう」

「ありがとうございます! 殿下!」



 深々と頭を下げたお父様とお義母様、殿下と義妹は私に侮蔑の目を向けた。


 この時私は悟った。『私は、お父様が求めていた完璧な貴族令嬢ではなかったのか』と。



「トレシア・シュトレンゼ公爵令嬢! 貴様はレイラ・シュトレンゼを無暗に傷つけたとして、シュトレンゼ公爵家からの勘当と国外追放を言い渡す!」

「謹んでお受けいたします」



 ――本当は、王族が貴族の家の事情に口を出してはいけないんだけど……まぁ、当主であるお父様が許しているからそれで良いか。



「お義姉様ぁ~♪ お義姉様のことぉ、守れなくてすみませんでしたぁ~♪」

「騎士達よ! レイラに危害が加えられる前にそこの愚図をさっさと国境まで連れて行け!」

「「「「「はっ!!!!」」」」



 ――はぁ、何だかもう疲れた。いっそのこと、殺してもらえれば楽だったのに。


 そんなことを考えていた私は、抵抗する気力もなく騎士に捕らえられると、お父様が小さく呟いた。



「最後まで役立たずだったな。この愚図が」



 ――結局、お父様から愛情を貰うことなんて出来なかったわね。


 忌々しそうな目で見てくるお父様に微笑んだ私は、そのまま馬車で国境近くまで連れて行かれた。


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