後編
「さて、呆気なく婚約破棄と国外追放をされたけど、これからどうしましょう?」
誰が用意したのか分からない地味なドレスを着たまま、国境近くで馬車から放り出された私は、急いで帰っていく馬車を見送ると近くにあった大きな石に座って考えた。
――とりあえず、隣国に行って平民でも働ける場所を探さないと。何事もお金が無いと始まらないから。
「とはいえ、貴族として育てられた私に何が出来るか……」
「ならば、我が妹の家庭教師になってくれないか?」
「っ!? あなたは……!」
道端で困り果てている私に声をかけてくださったのは、隣国アルベール皇国第一皇子レオン・リ・アルベール殿下だった。
急いで追ってきたのだろう、礼服を着たまま馬に乗り、護衛を引き連れて国境近くまで来られたレオン殿下に、私は慌てて淑女の礼をとった。
「アルベール皇国の若き太陽、レオン・リ・アルベール殿下にご挨拶申し上げ……」
「あぁ、良いよ。今は公式の場ではないからそういう堅苦しい挨拶は」
「は、はぁ……」
恐る恐る顔を上げた私に、馬を降りたレオン殿下が優しく微笑んだ。
「それにしても、君の淑女の礼は相変わらず綺麗だね。お転婆娘である我が妹には是非とも見習って欲しいものだ」
「妹さんと言いますと、確かルアーナ・リ・アルベール皇女殿下ことでしょうか?」
「そうだよ。さすが、元バカ王太子の婚約者」
「え、あ、はぁ……」
――まぁ、元婚約者が公務を私に押し付けて、自分は堂々と義妹と浮気をするバカなのは認めますが。
「それで、私を家庭教師にという話というのは……」
「あぁ、そうだった。詳しい話は後でするんだけど、君を是非とも我が妹の家庭教師になって欲しんだ。貴族としての教養が完璧で、バカ王子を支えていた君なら適任かなって」
――私が、皇女殿下の家庭教師? けれど私は……
『最後まで役立たずだったな。この愚図が』
会場を離れる時に言われた父の言葉を思い出し、私はレオン殿下に向かって深々と頭を下げた。
「殿下からのお誘い、大変光栄なことだと存じます。しかしながら、私は今、公爵家を勘当された身。頭の天辺からつま先まで貴族ではない私には、あまりにも分不相応なことかと……」
――そうよ。今の私は筆頭公爵家から勘当された身。そんな私が、皇女殿下の家庭教師なんて務まるわけがないわ。
頭を下げながら丁寧に固辞する私に、レオン殿下が腑に落ちないような顔で首を傾げた。
「う~ん、そうかな~? 僕には君以上に頭の天辺からつま先まで貴族令嬢として完璧な振る舞いをする人間を見たことが無いんだけど……君たちはどう思う?」
そう言って、殿下に話を振られた護衛の皆様は頭を下げ続けている私を見やった。
――どうせ『皇女殿下の家庭教師には相応しくない』とか言うのだろう。元婚約者やお父様みたいに。
けれど、彼らはお互いに顔を見合わせると、困ったような顔で首を傾げた。
「そうですね……私が見た限りではありますが、貴族令嬢として完璧な振る舞いをしているトレシア様ならば、活発な皇女殿下の家庭教師に相応しいかと」
「えっ?」
――それ、本気で言っています?
思わず顔を上げた私をよそに、別の護衛騎士が納得したような顔で口を開いた。
「確かに! 先程のバカ王子の新しい婚約者に比べれば、トレシア様の所作は貴族令嬢としては遥かに洗練されていて、トレシア様の所作を見れば皇女殿下も大人しくなるかもしれません」
「ええっ……」
――確かに幼い頃から淑女教育を受けているけど……私の所作って、そんなに洗練されている?
すると、別の護衛騎士がとんでもないことを口にした。
「何より、皇女殿下はトレシア様のファンですからね。彼女は家庭教師になると聞けば、喜んで淑女教育を受けるでしょう」
「そう言えばそうだったな」
「はいっ!?」
――皇女殿下が私のファン!? 一体どういうことなの!?
思わず声を上げてしまった私を見て、レオン殿下が優しく微笑むとそっと私の手を取った。
「一先ず、私の住む城に私の客人として来てくれないか。頭の天辺からつま先まで完璧な君を平民にするには、あまりにももったいないことだから」
「は、はぁ……」
「あと、君を蔑ろにしたこの国をいつ潰そうかな?……あっ、とりあえず、父上に事の次第を伝える方が先か」
――何か怖いことを口にされていた気がするけど、聞かなかったことにしよう。
こうして、私はレオン殿下に連れられ、皇国の城に客人として迎え入れた。
そこで私はお転婆娘こと第一皇女の家庭教師をすることになったのだが……まさか、レオン殿下が婚約破棄した私に求婚するため、わざわざパーティーを抜け出して、自国に連れ帰ったなんて、この時の私は思いも寄らなかった。
婚約破棄された挙句、国外追放された私の話 温故知新 @wenold-wisdomnew
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