バスケットボール部、三佐倉あかり(下)

――あのとき、勇気を出して私から、


「付き合って」


 なんて言えたなら。


 彼は、なんてこたえたのだろう。


「大変申し上げにくいのですが」


 ああ、奴が来る。


「お客様は『商品は不要である』とおっしゃられました」


 そう……だよね。


「私の負けだね」

「お気の毒ではございますが」


 表情は枯れ果てた湖のように、言葉は雨ごいに裏切られた炎天下の田畑のように。

 ちっともそうは思っていないくせに。

 

 私は、けして彼に恋をしていたわけじゃないんだと思う。

 捻じ曲がった感性とか、他人を信用しないところとか。

 それでいて、とてもやさしくしてくれた。

 

 バスケ部に居場所がなかった頃、一緒に練習をしてくれた、ともだち。


「告白してくれたら、付き合ってもいいかななんて愚かだった」

「そうかもしれません」


 卒業式の暮れ、最後の1on1。

 彼は最後まで何も言ってくれなかったんじゃない。

 最後まで私が何も言わなかったんだ。


 中途半端な気持ちに宙ぶらりんの後悔。点滅する蛍光灯を変える勇気も、見つめる勇気もなかった私は、専門学校で流されるままにアイツの女になってしまった。

 アルコールを理由に身体をゆるしても、流される恋もあるよねなんて言い訳して。


「あの時は、流されなかったのに!」


 自分の脚をみつめる。ぴくりとも動かせる気がしない。

 かつて私の一部だったものは、今や遠く遠く。感じやしない。

 酒を飲んだアイツは、私と、私みたいな女たちを巻き込んで自動車事故を起こしやがった。幸いなことに、重症なのは私だけ。


 ああ、誰も巻き込まなくてよかったな、これでアイツも反省するのかな。

 なんて。馬鹿げた希望。

 

 誰もお見舞いにも来ないのは、私の下半身が動かないからだ。


 私はどうしたって、車いすで沖縄に行く気になれない。


「だって私はそんな恥知らずには! ……なれないからさ」


 私の唯一の望み。叶えてはいけない望み。

 副部長を騙る悪魔は、囁く。


『あの頃に戻れば、彼は告白してくれるかもしれませんよ?』


 もう価値のない生命をベットして、可能性が買えるならいい話だと思った。


 私が余命をチップに賭けたのは、彼が告白してくれる過去。


「もしあの頃に戻れたら君と」


 そう想ってくれていると信じたかった。


「ねえ副部長。彼は何を選んだの?」


 礼儀正しいフリで大人しくしている妙なメガネの悪魔は、命を回収しにきている。


「あの方は、今を選択されました。『過去は過ぎ去り後悔をのこし、未来は霧に包まれて不安を投げる。たとえ明日に捨てられても、いつかに結婚しても、これからずっと三佐倉に未練を残しても、俺にはそれしか選べない』と」


「そんな真っすぐな言い方してないでしょ、ぜったい」

「意訳でございます」


 ああそうか。彼はひねくれていたかもしれないけれど、今から逃げなかったんだ。

 男子バスケ部で居場所がなくても、私と一緒なことを揶揄われても、そのたび悔しかったり恥ずかしかったりしても、バスケをやり通して、私のゲームに付き合ってくれたんだ。


「彼は、私への未練からも、恋人との未来からも逃げないんだ――」


 もう言葉はなかった。

 静かに目をつむると、副部長だった悪魔がどこか楽し気に告げる。


「たしかに、お支払いいただきました」


 悪魔め。最後まで演じ切ればいいのにさ……




 三佐倉あかりは命を引き取

 事故のとき、脳へのダメージがあったのだろうと。




 はあ! 実らない両想いとはこれ如何に。

 さながらウォッカのないサワー、いや、氷のないロック、火のつかない煙草。


 つらいものがありますね。


――なに、今回は何を隠していたのかって?


 些末事ですよ。

 ええと

 

 三佐倉さまの脚は一年以内に驚異的な回復をみせるでしょうね。

 

 あと


 事故を聞き知った想い人がお見舞いに来るはずでした。


 ううんと


 彼は銀城美麻さんに浮気をされまくりまして、別れるでしょう。

 ここで自分も浮気をできたり、遊び相手として長い付き合いができる人であれば、十年後に幸せで誠実なお付き合いがスタートするらしいのですが、今の彼にはできませんね。


 これも大した情報ではないのですが、


 彼と彼女は、付き合えば幸福なカップルになる未来しか存在しません。



 ダレトク? ってやつですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

告白リ/サバイバル 勇気を出したら、君とお付き合いできますか? 存思院 @alice_in

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画