バスケットボール部、三佐倉あかり(中)
春が過ぎて恩納にあらゆる日光が反射していた。
大学が人生の夏休み! なんてフレーズは理系の大学生には馴染みがないらしい。そもそも、この島国は夏休みに遊べるほど涼しくないようだ。それはもしかしたら、本島人にとっては、なのかもしれないが。
そう伝えてみる。
「久しぶりに声を聞けたのは嬉しいけれど、夏の沖縄にくるのか?」
バスケ部時代に副部長だった彼は、俺の大学を見学したいらしい。
「噂の大学ですから。我が国随一の金持ち大学と聞いています」
潤沢な資金力を背景に多大な研究成果を上げ始めているのは事実だ。
しかし、観光に適しているというわけではないだろう。
「まあ、止めはしないけどな。俺の部屋にも泊めはしないし」
「ええ、あなたの彼女にも申し訳ないですから」
この電話の一か月後、副部長は身一つと日傘で本当にやってきた。
那覇空港に、俺の彼女の車で迎えに行く。
もう慣れていたが、恋人の車の助手席に乗るというのは居心地が悪い。
「もう。そんなの気にしなくていいのよ?」
ハンドルを握る日焼けをした美麻さんがしっとりとつぶやく。
陽光の島国に似つかわしくない落ち着き様とは裏腹に、有無を言わさぬ強引さを秘めた彼女は、入学したての俺を狙い撃ちにした。というか、された。
「いつの間に俺たち恋仲になったんですかね」
「最初からよ?」
「いや、彼氏に振られたから穴埋めにどうか、なんて最低なセリフが告白ですか?」
「あら、告白は誠実じゃなきゃいやなのかな。かわいいねー」
いつ捨てられるのかわかったものじゃないなんて考えながら、異性の魅力に逆らえずに付き合ってきて三か月が過ぎた。予想外だ。
「尻軽だったのはそうだけど、お姉さん君の前では一途になっちゃう」
「…………」
露出も飲酒も喫煙も多い彼女だが、誠実さを期待していないのは、俺も誠実ではないからなのだろう。俺ははたして一途になれるのか。そんな内省的沈黙は、意図しないメッセージとなる。
「君がいなかったら院進しないよ」
「それは、まあ、受かるんですか?」
「さあね?」
俺と大学生活を送りたいから。
本気ではないはずだから、本気ではなかった関係は、変わり始めている。
「でも、いつだって美麻さんは本気なのかもしれませんね」
空港に到着し、エンジンが停止する。
久しぶりの静かさに不思議な間を感じて横を見ると、美麻さんの煽情的な身体が間近にあった。
「で、いつその敬語とさん付けをやめてくれるの?」
「……さあ、どうでしょう」
定義もよく知らないトロピカルさが散見されるロビーで、副部長と合流した俺たちは、そのまま空港内のレストランで昼食を楽しむことにした。
ファミリーレストランとどう違うのかさっぱりだったが、副部長は沖縄の風がどうとか、琉球の香りがそうとか適当なことを呟いて美麻さんに気に入られている。
その席で唐突に取り出した。
「バスケットボール……?」
「ええ、君とどこかで1on1でもできたらと思ったのですが」
「お姉さんは見学ぅ?」
「いえ、1on2にしましょう」
そういえば、俺も副部長も同じ部活だったっけ。
ひりひりと、汗に濡れた制服の寒さが蘇り、沈む。
「お姉さん熱中症が怖いかも」
「そうですね。聞いてはいたのですが、これほどの暑さとは」
何かの映画の場面、そのレストランは罠で、合図と同時に自分以外が一斉に退席してしまう。俺は左右を確認する。異常はない。俺はなぜ、そんなことを気にした。
「――ですから、ここで1on2をしましょう。あの頃のように」
何を云っているのか。ここはレストランだし、副部長とは滅多に……いや、男子バスケ部に「副部長」なんて役職はあったのだろうか。部長はスリーの得意な鈴木だった。その彼がいないとき、会議なんかに出席していたのは、女子バスケ部の部長で、エースだったあいつで。
「あれ、副部長って誰だ?」
彼、は、妙な金色が余計なメガネをゆっくりと外した。
「私は、副部長ですよ。間違いなく」
そこには、当たり前に見覚えのない顔があった。
「こちらに、お客様にぴったりの商品を、ご用意いたしました」
境界が曖昧になる。
見知らぬ彼は、数行の文が書かれた紙ナプキンを手渡した。
:::::::::::::::::::::::::
・「卒業式の日、三佐倉あかりに告白する過去」
・「卒業式の日、三佐倉あかりに告白しない過去(現在地)」
・「
・「銀城美麻に本気にならない未来」
:::::::::::::::::::::::::
「お客様は私の契約者さまのご厚意によりまして、これらの商品のうち一つを差し上げに参りました」
「過去をお選びいただきますと、卒業式より向こう一年の概観をご覧いただけます。気に入りましたら、そちらにお引越しの運びとなります」
「未来をお選びいただきますと、本日より向こう一年のそれぞれの未来をご覧いただけます。この場合、本気になるなどのアクションはお客様負担となってしまいますこと、ご留意ください」
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