告白リ/サバイバル 勇気を出したら、君とお付き合いできますか? おつまみ恋愛未満短編集

存思院

バスケットボール部、三佐倉あかり(上)

 卒業式が終わった。それだけのことだって云うやつらがいる。たった三年の高校生活というやつは、そりゃあ、相対的には3/100年くらいの短さかもしれない。でもどうなのさ。生命保険的には、明日死ぬのが大当たりも大当たり、卒業証書の不安を保険証券のバッドエンドにベットして、ひと月のお小遣いをあの最悪のギャンブルに投じてみたらほら、桜並木に轢かれて何百万かの当選がここまで育ててくれた父母にちゃりん。


「お父さん、お母さん、これで親孝行ということでいかが」


 塗装の剥がれたバックボードにボールがとん、としてネットを揺らす。


「卒業のさみしさとか未来の不透明さに涙する子たちはいっぱいいるよね」


 校舎に囲まれた露天のバスケコートつき中庭には、別れを惜しむ同級生たちの声がこだましている。

 引退後もずっと衰えなかった三佐倉みさくらのレイアップをくらいながら、僕は彼女の呆れ顔と皮肉を浴びる。


「でも君の感情の出し方はなんというか、言葉を選ぶなら、気持ち悪いね!」


――言葉を選んでそれかよ。


「いやまあ、これが俺の美点だしな」


「あー。そのぬめっとした臭いタイプの藻みたいなディフェンスにチームが助けられたのは事実だよね、みたいなフォローをしたっけ」


「よく覚えているな」


 男女で別れていたものの、俺たち男子バスケットボール部と女子バスケットボール部は交流があった。というより、道義的に外面上別の部活として扱われていただけで、交流試合や大会応援もお互いによくやったのだ。その流れで、ある大会のとき。


「強豪チーム相手に、一歩届かなかったあの試合で、君は相手エースへの効果的で地味で嫌らしいフラストレーションのたまるディフェンスに集中した結果、味方にサボるな、敵にウザいと罵られて、泣いちゃった」


「泣いてはないぞ」


「でも北村エース君云ってたよ、あいつとは二度と試合をしたくないが、あいつの試合はもっと見たいって」


 ゴール下で三年間の思い出が通り過ぎる。

 女子部のエースだった三佐倉と、男子部のやっかいものの俺は、よくこの中庭で1on1をした。

 先輩から煙たがられた三佐倉が、元から煙たがられて一人中庭で練習する俺に声をかけてきたのだ。体育館には行きづらいから、でも、私バスケ好きだもん、なんてはにかんで。


「制服でバスケをするのも、今日限りか」


「私、最初は律儀に着替えてたんだけどなあ」


 俺はずっと制服でやっていたが、三佐倉ははじめ体育着を着用していた。


「何回買い替えるはめになったんだ。破れるし、見た目とか外聞とかどうなんだって言ったぞ」


「うん! お母さんに怒られまくりだった!」


「目が痛いって云って化粧もしなくなったもんな。だから、恋人もできなかったんじゃないか……」


 三佐倉は素敵な彼氏がほしいというようなことを度々口にしていた。


 太陽が隠れはじめ、もうボールも見えなくなるだろう。

 試合を手伝ったり、邪魔したりした陽はもう俺たちには昇らない。

 三佐倉の顔も静かな闇に薄らぐなかで、ふと、言葉に熱を感じる。


「だって、君は気にしないじゃん……」


 お茶も尽きて水道水を満たした水筒を片手に、何気ない問いかけ。


「何を?」


「すっぴんの私は好きじゃない?」


 そんなことは――


 もし、その顔を見なければ、よかったのかもしれない。

 頬が紅でなくて、瞳が涙のようなものできらめいていなくて、あの日のようにうつむきがちの上目づかいじゃなければ、何気なく言えた。

 そんなことないよ、好きだよ。なんて。

 その「好き」に含意はないから。彼女は誰にでも「好き」という言葉を使うから。

 今までも言ってきたから。三佐倉は魅力的な女の子だと。


 でも、今は。

 今、好きと言ってしまったら、俺は―――覚悟を――別れと…………


――失恋の……。




「……いや、どっちも同じだろ」


 彼女は、いつの間にかスリーポイントラインにいた。

 顔は見えない。


「だよね」


 ボールがはねて俺の横を転がった。

 シュートは入ったのだろうか。


「君は沖縄なんだよね」


 大学のことだろう。


「そう。第二志望だけど」


「第何志望だろうとすごいよ。私は専門だもん」


「そこに優劣はないだろう。例えば、俺にフレンチは東大よりムズい」


「私が調理の学校だって知ってるんだ」


 あたりまえじゃないか。だって、ずっと一緒に……。


「私ね、君とのバスケが一番楽しかったかも」


 それは本音だとわかった。でも、熱はなくて、例えば船出した後の港のような。


「いつか、また会おうね」


 三佐倉は駐輪場に向かって歩き出した。

 彼女はあのスポーティーな自転車で、道中のコンビニでおやつでも食べて、帰るのだ。俺は電車だけど、彼女が駅までついてくることもあった。

 だから、ここで別れるとは、三佐倉にとって。


「……あ」


 最後のシュートの勢いを失って静止しているボールを拾おうとは思わない。

 二人で奪い合ったボールは、もう二度と使われないだろう。

 どうしてか、見ることも嫌になるそれを背に、歩き出す。


 彼女の去った道を、一人で、駅に。

 たかが、高校、人生の3/100。

 いつか、どうでもよくなるのだ。


 汗に濡れた制服が寒く感じるのは、久しぶりのことだった。

 

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