親ガチャ、子ガチャ、そして確定枠

解体業

親ガチャ、子ガチャ、そして確定枠

 夕暮れの中、男女が乗り込んだ車が発進した。


男「ようやく終わったな。病院に入ったときから、なんだか緊張しっぱなしだったよ」


女「わかるわ。白い壁、冷たい空気、そしてあの無数の画面……。時間が遅くなったような気がしたわ」


男「その緊張のおかげで逆にいい選択ができたんじゃないか?選択肢は多かったけど、あれだけ説明されれば、結局どれがベストかは一目瞭然だった」


女 「それでも、どの受精卵を選ぶか決める瞬間、少し震えたわ。なんだか『これで本当にいいのかな』って思っちゃって。」


男「そんな不安になる必要はないさ。俺たちは最善の選択をした。IQ140以上、健康リスクなし、見た目も期待できる。これ以上の当たりはないだろ」


女 「そうね……でも、隣の夫婦が選んでたとき、少し迷っている様子だったじゃない?彼らのリストには、うちほどいい選択肢がなかったのかもしれないわね。」


男「それも仕方ないさ。遺伝的な素質もあるからな。そもそも、すべての夫婦が俺たちみたいに良い遺伝子を持っているわけじゃない。」


女 「でも、もし私たちが彼らの立場だったらどうしたかしら?」


男「そんなことを考える必要はない。俺たちは幸運だった。それで十分だろう」


女「……でも、それが『幸運』っていうだけで済むのかな。そういえば、これってある意味で『子ガチャ』じゃない?」


男「ははは、言われてみればそうかもしれないな。確かに、あの画面に表示されたリストはガチャのように見えたな。けど、違うのは俺たちが自分の手で選べるってところだ」


女「そうね。でも、選んだのは『最善』であって、『完璧』とは限らないわ。育てる環境だって大事だもの」


男「だからこそ、俺たちは最高の環境を用意する。教育も、生活も、何一つ不足のないようにしてやるつもりだ」


女「でも、期待されすぎる子供はどう感じるのかしら?私たちが思っている以上に、重圧を感じるんじゃない?」


男「それは成長してからの問題だ。今はとにかくスタートラインを整えるのが大事だろう。」


女「そう……隣の夫婦の会話を聞いてたら、彼らはすでに五度目の挑戦だったみたい。今回も期待通りの結果が出なかったから、またやり直すつもりらしいわ」


男「それがこの技術のいいところだよな。『やり直し』がきく」


女「でも、やり直しがきくって、なんだか恐ろしいわ。それって、本来一度きりの選択を無限に繰り返せるってことでしょう?」


男「それが技術の進歩ってやつさ。完璧を追求するのに遠慮はいらない」


女 「でも、もし育てている途中で『やっぱり違った』って思ったら……どうするの?」


男「それも、またやり直せばいいだけさ。カプセルの中で受精卵から三十八週間ぐらい育てるから出産する時の母体への負担もないし、育成環境だって整ってる。もし問題があれば、何度でも最初からやり直せるんだから」


女「……失敗作になった子供が可哀想だわ」


男 「そんな感傷的になるなよ。大事なのは結果だ。最高の結果を得るために、最善を尽くす。それだけだ」


女「……でも、その『結果』を求め続ける世界って、本当に幸せなのかしら」


男「幸せかどうかなんて、結局後になってわかることだ。今は俺たちがベストを選んだ。それで十分だ。」


女「そうね……でも、ふと怖くなるの。もしこの子が成長して、私たちを見てこう言ったら……『僕を選んだ理由は?』って。」


男 「そのときはこう答えればいいさ。『お前が一番優れていたからだ』って」


女「それで納得してくれるかしら……」


男「……」


女「……」


男「納得するさ。選ばれる側は選ぶ側の事情なんて気にしない。それより、この子の未来に期待しよう」


女「ええ、そうね……でも、『やり直しがきく』という事実が、私たちを甘えさせることにならないといいけど」


男「甘えじゃないさ。選択肢があるなら、最善を追求するのは当然だろう」


女「でも……選択肢が無限にあるって、ある意味で一番怖いことかもしれないわ」


男「それも今の時代の特権さ。大丈夫、俺たちは間違ってない」


 外はすっかり暗くなり、電灯が彼らの車を上から照らしていた。

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