6人目『女性王族専門もみ手』~触れてはならぬ宝珠~フィクス・マルコナード
■ プロローグ:伝説の職業「女性王族専門もみ手」
古の時代より、王族の女性たちは神秘的な力を宿すとされ、特別な「もみ手」たちに体調の管理を委ねてきた。
その技術は単なるマッサージではなく、秘伝の術法を伴うもので、触れるだけで肉体の疲労を癒し、隠された魔力の流れを整えることができる。
この職業につくには、厳格な試験と長い修行が必要であり、特に「女性王族専門もみ手」となるのは、稀少な存在である。
■ 第一章・情熱と下心の狭間で
フィクス・マルコナード、30歳。
背は低いが肩幅が広く、鍛え上げられた筋骨隆々の体が目を引く。
赤銅色の肌は炎天下での労働の名残であり、顔には幾本もの小さな傷が刻まれている。
短く刈り込まれた黒髪と、意志の強そうな眉毛が彼の男らしさを際立たせる一方で、少し垂れた茶色の目がどこか愛嬌を感じさせる。
「王族に触れられるなんて最高じゃねえか!」
幼少期からフィクスは、城で行われる祝典に登場する優美な王族女性たちに心奪われていた。
彼が育った村には年に一度、王族の巡礼があり、その姿に子供ながら「こんな綺麗な人たちに近づける日が来たら…!」と夢見たものだ。
やがてその夢が形を変え、青年時代にはやましい情熱へと進化した。
だが、彼の人生は順風満帆ではなかった。
家庭は貧しく、幼いころに両親を病で失い、妹を養うために日雇い仕事に励む日々。鍛冶屋や荷運び、果ては闘技場の雑用係までこなしてきた。
そんな彼が目指したのが「女性王族専門もみ手」という特殊な職業だった。
「俺の手が王族を癒すなんて、夢みたいじゃねえか!」
そう意気込んで挑んだのは、命を削るような試験の数々だった。
■試験の内容
フィクスが受けた試験は三段階に分かれていた。どれも非常に厳格で、彼のお調子者の性格が光る場面も多かった。
1. 精神統一の試練
白い大理石の床と金色の壁に囲まれた広間に通されたフィクス。試験官の老魔術師が無表情で宣言した。
「これから、美しき王族の幻影が現れる。心を乱さず平常心を保つがよい」
周囲に魔法陣が描かれると、瞬時にまばゆい光が溢れ、王族女性たちの幻影が現れた。
エレガントなドレス、上品な笑顔、美しい香りが部屋を満たす。
フィクスの顔は真っ赤になり、鼻息が荒くなった。
「へ、へぇ…こりゃたまんねぇ…!」
彼の心はすでに乱れ、試験官の冷たい視線に気づいて慌てて深呼吸を繰り返した。幻影の中には時折、挑発的な動きをする女性もいて、フィクスの平常心は試され続ける。
だが、彼は自分を叱咤しながら何とか乗り切った。
「ふぅ、あぶねえ。だが、このくらいでへこたれねえぜ!」
2. 手の技術審査
試験会場には、巨大な魔獣トロガールが待ち受けていた。象のように分厚い皮膚を持つこの魔獣の凝りをほぐすことが課題だ。
「なんだ、ただの按摩(あんま)だろ?任せとけ!」
意気込むフィクスだったが、トロガールの体は鉄のように硬く、どんなに力を込めてもびくともしない。何度も指を震わせながら、彼はひらめいた。
「こうなりゃ、手だけじゃねえ!」
なんとフィクスは自分の額を使って押し付け、肘や膝までも動員してマッサージを開始。そんな姿に試験官たちは目を見張ったが、トロガールは満足げに唸り声をあげた。
3. 王族倫理試験
最後の試験は筆記形式で、王族に対する礼儀作法や禁忌を問われるものだった。
「筆記なんて性に合わねえな…でも、やるしかねえ!」
彼は汗をかきながら必死に筆を走らせる。しかし、とんちんかんな解答がいくつかあったことを後で知り、本人も頭を掻いて笑うことになる。
■合格と厳しい現実
奇跡的に全ての試験を通過したフィクスは『女性王族専門もみ手』の資格を得た。
だが、現実は甘くなかった。王族たちは気難しく、施術中も侮蔑的な言葉を浴びせることが少なくない。さらに護衛たちからは「無礼な平民」と冷たい視線を向けられ、常に監視されている。
それでもフィクスは、「触れられる」という自分の夢が現実になったことにしがみつこうとしていた。しかし、次第にその夢が重圧に変わりつつあることに気づき始めていた…。
「これが現実ってやつか…」
肩を落としながらも、彼の目にはまだ小さな希望の光が宿っていた。
■ 第二章・解き放たれた闇
フィクス・マルコナードはその日も、重厚な石造りの施術室で黙々と王族たちの体をほぐしていた。
「俺の手は至高だ。王族専属のもみ手って肩書き、そう簡単には渡せねえからな」
そう自分に言い聞かせながらも、心の底では「美しい王女に触れられる仕事」への淡い喜びが隠せない。
だが最近の彼には迷いもあった。王族たちは感謝の言葉を口にするどころか、命令のように施術を求め、少しの失敗で冷たく罵られる。仕事への誇りと失望の間で揺れる日々だった。
■王女セリナの召喚
「フィクスよ、直ちに王女セリナ様の御前に参れ。」
宮廷侍従の声に呼ばれた瞬間、フィクスは硬直した。
セリナ・アルヴァトーレ王女――22歳にして王国の宝と称されるその美貌は、すでに何度も噂で聞いていた。しかし、直接会うのはこれが初めてだ。
宮廷奥の一室に通されると、セリナ王女が待っていた。背筋をピンと伸ばし、宝石のように輝くエメラルドの瞳が彼を見据えている。艶やかな栗色の髪は背中に流れ、滑らかな象牙のような肌は、薄衣のドレス越しにもうっすらとその完璧な曲線を感じさせた。
「お前がフィクスね。肩が凝って仕方ないの。なんとかしなさい」
命令口調ではあったが、その声にはどこか愛嬌があり、王族の気高さと若い女性の柔らかさが同居している。
「はいはい、セリナ様のお望みとあらば、俺の手が全力で癒してみせますよ。」
フィクスはやや腰を低くしつつも、江戸っ子らしい調子で返す。そして、セリナが微かに笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
王族専用の施術台に横たわるセリナ王女を前に、フィクスの心は跳ね上がっていた。
「すげぇ……これが本物の王族ってやつか。」
流れるような首筋、細くも力強い肩のライン。彼女の肌に触れた瞬間、その柔らかさと温もりが指先に伝わり、緊張で汗が滲む。
「ん?どうしたの?手が止まってるじゃない。」
セリナが目を閉じたまま、不機嫌そうに眉をひそめる。
「い、いやぁ、セリナ様の肩が思ったより繊細で驚いてね。王族の疲労ってのも普通じゃねえなぁ!」
焦りながらも、必死に平静を装うフィクス。セリナはその様子を楽しむように小さく笑った。
「そうね。私たち王族は、責任という名の重石を背負ってるのよ。それが肩に溜まるの、わかるかしら?」
「そりゃそうだ。肩が凝るほどの重石、俺が全部揉み解してやるから、安心してくれ!」
施術が進み、フィクスがセリナの首筋に手を触れたその瞬間、彼女の体が突然びくりと震えた。
「っ…何かが…」
セリナの声が震える。
同時に、部屋の空気が一変した。
薄暗い影が床に渦巻き始め、フィクスの目の前でセリナの体を覆うように広がっていく。
「な、なんだこりゃ!?」
フィクスが叫ぶ中、影は形を成し、セリナの声が低く、冷たく変化する。
「お前か…封印を解いたのは…」
セリナの体から発せられるのは、彼女の声ではない。長い眠りから覚めた邪悪な精霊が、彼女の体を乗っ取ろうとしていたのだ。
「おいおい、冗談じゃねえぞ!セリナ様、しっかりしてくれ!」
フィクスは咄嗟にセリナの手を握り締める。だが、冷たくなった彼女の肌が、次第に暗い闇に飲まれていく。
■第3章: フィクスの奮闘
部屋全体が紫色の光に包まれ、冷たくも狂おしい声が響く。
「私はカリオン。忘れられし契約の精霊…今ここに、封印を破り解き放たれた!」
声が途絶えると同時に、セリナの体が宙に浮き、彼女の目は薄紫色に染まった。
「おいおい、何だこりゃ! 俺のタッチが何かとんでもない事態になってるじゃねえか」
フィクスは後ずさる。カリオンが放つ邪悪なエネルギーは部屋の壁を揺るがし、周囲の豪華な家具を吹き飛ばした。
セリナはカリオンに完全に意識を奪われたかのように、無表情のままフィクスを見下ろしている。
「この娘の体は素晴らしい。これを私の器として永遠に生きるとしよう」
その声にフィクスは背筋が凍った。セリナの美しい顔はどこか憔悴し、まるで助けを求めるかのように微かに唇を震わせていた。
王宮中がこの異常事態に慌てふためく中、フィクスは本能的に部屋を飛び出した。
「何で俺なんかが…こんな目に!!」
しかし、カリオンの放つ魔力が背後から追いかけてくる。
「逃げられると思うな。その手で封印を解いたのは貴様だ!」
やがてフィクスは廊下の行き止まりに追い詰められた。迫るカリオンの魔力にフィクスは恐怖で足が震えたが、その時、心に閃きが走った。
「俺の手が封印を解いたんなら、この手でまた封印し直せばいいってことだろ!」
彼の中に宿る職人の誇りが、逃げ出したい気持ちをねじ伏せた。
フィクスは覚悟を決め、カリオンに支配されたセリナの元に駆け戻る。
「聞けよ、精霊のカリオンさんよ。俺の手はな、王族を癒すためだけに鍛えてきたんだ。お前の魔力だろうと、この事態を整えられねえなんざ、俺のプライドが許さねえ!」
フィクスは自身の技術に絶対の自信を持っていた。だが、相手は尋常ならざる存在だ。ほんの少しの失敗がセリナの命を奪い、カリオンを完全に解放してしまう危険があった。
彼はゆっくりとセリナに近づき、その肩に手を触れた。すると、紫色の光が暴発する。
「無駄だ!貴様のような者に私の力を制御できるはずがない!」
しかしフィクスは動じなかった。彼の指はまるでダンスを踊るようにセリナの肩を滑り、魔力の流れを探り当てる。彼は絶妙な圧を加え、魔力の歪みを正し始めた。
「さあ、俺の十八番だ。これが伝説の極楽の手技だぜ!」
フィクスの施術は驚異的だった。
カリオンの激しい抵抗にも関わらず、施術台に寝かしつけた。
彼の手は一切ブレることなく、魔力の流れを封じていく。
■第4章:使命の覚醒、フィクスの決意
王族専門もみ手としての仕事は、誇りと使命感に満ちたものだと信じていた。しかし、目の前の状況は想像をはるかに超えていた。セリナ王女の横たわる施術台は、今や暗い瘴気に包まれ、空気は重く淀んでいる。
フィクスは額ににじむ汗を拭いながら、震える手を見つめた。王族以外にも、これまで何百もの体を癒してきたが、今回は違う――ただの凝りや疲労を解消する施術ではない。女王の命と、ひいては国全体が彼の手に委ねられている。
「触れるだけで王国を救わないといけねえ! 奇跡を起こせるもみ手に……なってやろうじゃねえか!」
彼はかすれた声で独り言を呟き、拳を強く握りしめた。
施術台に横たわるセリナは、死体かと思えるほど顔色が悪い。その瞳は深い琥珀色から闇の赤へと変わり、意識を失ったようにぐったりとしている。
だが、彼女の唇が震えるとともに、不気味な声が漏れた。
「この身体は我がものとなる……お前ごときが何をしても無駄だ。」
その声はセリナのものではなく、精霊カリオンの低く威圧的なものだった。彼女の体が痙攣するたびに、周囲の空気がピリピリと鳴り、黒い閃光が走る。
「姫様……!」
かけつけた護衛隊の剣が、フィクスの施術の動きを阻む。
「貴様、姫様に何をする気だ!」
護衛隊長が剣を突きつけ、鋭い眼光で睨みつける。
「俺はもみ手だ! 癒すためにここにいるんだよ!」
フィクスは剣先を恐れず前に出る。その表情は真剣そのもので、軽薄な一面は影も形もない。
「もし姫様がこのままなら、乗っ取られちまう! それでも止めるってんなら、俺を斬りゃいい!」
護衛隊長はしばし迷ったが、フィクスの迫力に押され、剣を引いた。
セリナの身体を蝕む精霊カリオンは、かつて王家に封印された闇の存在だった。その力は強大で、国を滅ぼすほどの災厄を引き起こすと伝えられている。
「私を封じた王家の血筋よ、我が怒りを思い知るがいい……」
カリオンの言葉とともに、闇の力が解き放たれた。部屋中が揺れ、床に亀裂が走る。空間そのものが歪むような圧力に、フィクスは膝をつきそうになった。
「こんなとんでもねえ奴が姫様の中にいたなんてな……。だけど、俺の仕事は、どんな体でも癒してやることだ!」
セリナ王女の、その肩に手を置いた。
まるで焼けた鉄を触ったかのような激しい痛みが手に走る。だがフィクスは歯を食いしばり、一歩も引かない。
「この手がある限り、姫様を助ける。それが俺の、もみ手としての誇りだ!」
フィクスは全身全霊を込めて施術を開始した。彼の指先からは微かな光が放たれ、カリオンの闇を少しずつ押し返していく。だが、カリオンも容易に退かない。セリナの体内で力が暴れるたび、フィクスの体に激しい衝撃が走った。
「フィクス……助けて……!」
弱々しくも必死な声が聞こえた。それは、セリナ自身の声だった。
フィクスはその声に応えるように力を込めた。
「姫様、諦めるな! あんたの中の光を信じろ!」
やがて、カリオンの力は弱まり、最後にはフィクスの手の中で完全に沈静化した。
セリナは涙ながらにフィクスに感謝を伝えた。
「あなたの手は、この国の宝です」
フィクスは照れくさそうに頭を掻きながら言った。
「まあ、これで酒の一杯くらいは奢ってくれよな、姫様!」
事件後、フィクスは女王セリナの信頼を得て、王宮での地位を高めた。
セリナはことあるごとに「あなたの手はこの国の宝です」と彼を褒め称え、二人の間に特別な友情が芽生える。
フィクスは、ただの「触れてみたい」という下心から始めた職業が、自らの使命感と誇りを見出す旅路だったことに気づく。そして彼はこう締めくくった。
「まあ、触れてえ気持ちも大事だが、それ以上に守るべきもんがあるってことよ。これが『もみ手』の誇りってやつだな!」
■終章:夜明け前の別れ
セリナの婚礼への旅立ちの前夜、城は静寂に包まれていた。
明日には旅立ちのセレモニーが行われる。その祝福のために華やかに飾られた広間と庭園には、幸せを象徴する装飾が施されていたが、セリナの心は重く沈んでいた。
彼女は玉座の間を抜け出し、一人で庭園に佇んでいた。
月明かりがドレスの裾を淡く照らし、冷たい夜風が頬を撫でる。胸の奥に潜めた想いを吐き出すこともできず、ただ空を見上げていた。
「姫様、こんな夜更けに冷えるぜ?」
その声にセリナは振り返った。
そこには、いつものように少し無骨で、それでも温かさを宿したフィクスが立っていた。彼の肩には分厚い外套が掛けられ、その手には小さな包みが握られている。
「フィクス……どうしてここに?」
驚いた顔を見せるセリナに、フィクスは微笑を浮かべた。
「そりゃあ、お姫様の最後の夜だろ? 何か贈り物をしねえと気が済まねえんだ。」
■最後の贈り物
フィクスは包みを開き、中から小さな木彫りの飾りを取り出した。それは、セリナがいつも身につけている紋章を模した精緻な作品だった。
「お前さんが嫁いじまうと、この国から離れるわけだろ。けど、これを見りゃあ、この国と……俺のことも思い出してくれるだろうさ。」
セリナは木彫りの飾りをそっと受け取ると、涙がこぼれそうになるのを堪えた。
「フィクス、あなたは本当に馬鹿な人ね……平民のあなたが私にこんな贈り物をしたらどうなるか、分かっているの?」
「分かってるさ。でも、俺はもみ手だ。どんな相手だろうと、その人が笑ってりゃあそれでいいんだよ」
■告白にも似た別れの言葉
「姫様、俺みたいな平民がこんなこと言っちゃいけねえのは分かってる。でも、これだけは言わせてくれ。
お前さんがどんな国に行っても、どんな相手と一緒になっても、その笑顔だけは絶やすんじゃねえぞ。そいつが俺にとっちゃ一番のご褒美だからよ」
その言葉に、セリナの心は締め付けられるような痛みを覚えた。だが、彼女は涙を見せないように微笑むと、そっと木彫りの飾りを握りしめた。
「ありがとう、フィクス。私、あなたに出会えて本当によかった。」
■夜明けの旅立ち
翌朝、城の鐘が鳴り響き、セリナの婚礼セレモニーの準備が始まった。盛大な式典が開かれる中、フィクスは城を静かに後にしていた。
彼は振り返ることなく歩き続ける。背中には大きな荷物が背負われ、遠い町へ向かう旅路を一人進んでいた。
「さ、次の仕事はどうしようかな……」
フィクスは独り言を呟き、前を向いた。その顔には寂しさを隠した、いつもの飄々とした笑みが浮かんでいた。
一方でセリナは、盛大な宴の中、胸元に隠した木彫りの飾りをそっと握りしめる。その感触だけが、彼女の胸に小さな温もりを灯していた。
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