5人目『炭焼き職人』酒に弱いドワーフ、ゴロル・カスタフ

 *物語3100文字

 *巻末にファンタジー世界での『炭焼き職人』の設定資料が1400文字



 ■燃え盛る森の心


 ゴロル・カスタフは、筋骨隆々の炭焼き職人だ。

 ドワーフ族の中でもとびきりの豪快さを誇り、その大きな手で斧を振るえば、どんな頑丈な木もたちまち切り倒される。

 それに酒好きだが、どうにも体質なのか酒に弱い。一杯でも飲むと、たちまち顔が真っ赤になり、機嫌よく歌い出す始末だ。


「いやぁ、今日はいい天気だ!まっ、雲ひとつない青空ってのは、炭焼き日和にゃ最適よな!」

 ゴロルは胸を張り、見上げた空に豪快に笑い声を響かせた。


 彼の工房は「焔の腹」と呼ばれる広大な渓谷にあった。

 この名は地元の人々がつけたもので、周囲を取り囲む山々の影に隠れ、谷全体が燃え上がるような赤い夕陽に染まるからだという。

 ゴロルは、ここで自慢の炭を焼き上げ、その頑丈さと持久力で周辺の鍛冶屋や城塞都市の貴族たちから引っ張りだこだ。



 ■謎の訪問者


 ある晩、ゴロルは仕事を終え、工房の外で焚火を囲んで酒をあおっていた。小さな木製の樽からコップに注がれる黒ビールは、谷間の冷たい夜風を忘れさせるほど温かく、彼の喉を心地よく満たしてくれる。


「いやぁ、今日も良い炭が焼けたぜ!これで鍛冶屋のウルグどんも喜ぶに違ぇねぇな!ケッケッケ!」

 だが、一杯目の酒を飲み干す頃には、すでに顔が赤く染まり、言葉がややろれつの回らないものになってきた。


 そんな時、ふと焚火の向こう側に人影が揺れた。


「ん?おい、誰だい、そこにいやがるのは!」


 ゴロルがドスの利いた声で呼びかけると、焚火の光に照らされて姿を現したのは、一人の痩せた青年だった。

 長く深緑のマントを纏い、その顔立ちはどこか険しく、瞳は冷たい月の光を宿している。


「炭焼きのゴロル・カスタフ殿だな?」

 青年は静かに問いかけた。


「そうよ、オイラがゴロルだ。こんなとこまで来るなんざ、あんたも物好きだな!だが、酒ぐれぇ振る舞ってやるぜ!」

 ゴロルは上機嫌にもう一つの椅子を焚火のそばに置き、青年を手招きした。しかし、青年は座ることなく、冷ややかな声で告げた。


「私は酒を飲みに来たわけではない。貴方の力が必要なのだ」


「オイラの力ぅ?炭でも欲しいのか、それとも木を切り倒して欲しいってか?」

 ゴロルは眉をひそめたが、青年は首を振った。


「いいや、そうではない。

 この谷に住む者の間では知られているだろう。焔の腹には『永遠の炎』が眠ると」


 その言葉を聞いた瞬間、ゴロルの笑みが消えた。

「…永遠の炎だと?その話ぁ、ただの昔話だって、ばあちゃんが言ってたぞ」


 青年の瞳が鋭く光る。

「いや、それは真実だ。そして今、その炎を狙う影がうごめいている」



 ■冒険の始まり


 ゴロルは酒の酔いも冷めぬまま、青年の話を聞いた。

 かつて渓谷の深奥に存在したという「永遠の炎」は、世界のどんな火よりも強く、どんな金属も溶かすことができる力を持つと言われている。

 だが、それを求める者たちは往々にして不幸な末路を辿る。


「へっ、そんな危ねぇもんに関わるなんざ、オイラぁ御免だぜ!」

 ゴロルは手を振った。


 だが、青年は懐から一つの古びた木片を取り出した。

 そこには「ドワーフの誓い」が刻まれていた。


「これは貴方の先祖が残したものだ。永遠の炎を守ると誓った証」


 ゴロルは目を見開いた。

「先祖の誓いだと…?冗談じゃねぇ、そんなもんが本物だって証拠はねぇ!」


 だが、彼の心のどこかでその木片が放つ力が、偽物ではないことを告げていた。そして青年の言葉が続く。


「守護者として選ばれた者、それが貴方だ」


 ゴロルはしばらく焚火を見つめ、長いため息をついた。そして立ち上がり、斧を肩に担いだ。


「仕方ねぇ。オイラに守れってんなら、守ってやらぁ。だが、一つ言っとくぜ。酒くらい付き合えよな!」



 ■腕試しの火床


 ゴロルは「永遠の炎」を守るために旅立つことをしぶしぶ決めたものの、どうにも目の前の青年が信用ならない。彼の話の内容は確かに筋が通っているが、その冷たい目つきと無表情が引っかかった。


「待ちな。オイラがこの身体張って旅に出るってんなら、相棒の器かどうか、確かめさせてもらわなきゃならねぇな!」


 青年はゴロルを見つめて静かに頷いた。

「試すというなら受けて立つ。だが、私には武器もない。それでも構わないのか?」


「武器なんぞいらねぇよ!」

 ゴロルは笑いながら工房の奥から巨大な鉄製の鍋を引っ張り出してきた。それは炭焼き職人が炭を作る際に使う、分厚い鋼の焚火鍋だった。


「この鍋の中に、オイラが特製の炭と火床を作る。ルールは簡単さ。この上を歩け。熱さに耐えられなきゃ、とてもじゃねぇが永遠の炎を扱う資格はねぇ!」


 青年はその言葉に眉をひそめた。

「……炭火の上を歩け、というのか?」

「そうよ!」

 ゴロルは笑みを浮かべ、腕を組む。


「ただの火じゃねぇぞ。オイラが作るのは、どんな鉄だって柔らかくなるような強火の炭だ。覚悟しな!」

 実際の所、その炭火は勇気を試すものであった。強烈な熱を放ちはするが火傷をおわせないような秘術がほどこされているのだ。




 ■試練の火床


 ゴロルは手際よく鍋に炭を並べ、焔を調整しながら極限の熱を作り出した。火は青白く揺らめき、その熱気が空気を歪ませるほどだった。


「さあ、どうだ!これがオイラの炭だ。乗れるもんなら乗ってみな!」


 青年はその熱気を感じ取りながら、わずかにため息をついた。そしてブーツを脱ぎ、素足のまま火床の前に立つ。


「…大丈夫だ」


 一瞬の静寂の後、彼は鍋の中に足を踏み入れた。


 驚くべきことに、青年はまったく動じることなく火床を歩き始めた。その足取りは慎重でありながら迷いがなく、焔に焼かれるどころか、むしろ炭の熱に調和しているかのようだった。


 ゴロルは目を丸くしてその光景を見つめる。

「お、おいおい、どうなってやがる…! そんな奴、見たことねぇぞ! 良い根性だ!」


 青年は無傷で鍋を渡り切ると、振り返りながら静かに口を開いた。


「私は元々、氷と炎の両方を操る家系に生まれた。熱には慣れている」



 ■青年の過去


 青年の名はエリオン・フェネス。

 かつて彼の家族は「炎の巫術」と呼ばれる特殊な術を操る一族だった。

 だが、その力を狙った魔導師たちによって一族は襲撃され、彼は唯一の生き残りとして逃げ延びた。


「私の故郷は炎に包まれ、家族はすべてその焔に飲み込まれた。その時、私は自分の無力さを呪った…」


 エリオンは視線を伏せながら言葉を続ける。

「だが、同時に悟ったんだ。炎は破壊だけでなく守護の力も持つと。それを証明するために、永遠の炎を見つける使命を背負った」


 ゴロルは腕を組んだまましばらく沈黙していたが、やがて豪快に笑い声を上げた。「そういうことなら、オイラも全力で付き合ってやるよ!お前さん、なかなか骨があるじゃねぇか!」


 エリオンが驚いた顔でゴロルを見ると、彼は肩を叩きながら続けた。

「炭焼きってのはな、どんな炎でも扱えるのが腕の見せ所だ。お前さんの炎も、きっとオイラが役立ててやるさ!」



 ■友情の誓い


 ゴロルとエリオンは焚火のそばで盃を交わした。


「酒は飲めるのか?」

 ゴロルが尋ねると、エリオンは苦笑しながら首を振った。

「あまり得意ではないが、少しなら」


「ケッケッケ、なら無理しなくていい。オイラが飲んでやるからな!」


 その晩、二人の間には不思議な友情が芽生えた。

 豪快なドワーフと、静かで復讐に燃える青年。

 性格も目的も異なる二人だが、共に旅に出ることを決意する。


「さあ行こうぜ、エリオン。焔の腹を守る炭焼きと、焔を背負う青年が組んだら、怖いもんなしだ!」


「共に力を合わせて、闇の組織より先に永遠の炎を見つけよう」


 二人は焔の腹で出会い、広大な冒険の地へと旅立ったのだった。



 ■■

『炭焼き』という職業

 ■■

 この世界において、「炭焼き」は単なる燃料を供給する仕事ではない。それは、自然界の力を制御し、炎を操る特別な技能を持つ者が従事する神聖な職業だ。彼らは単に木材を炭に変えるだけではなく、炭そのものに魔力を宿らせる技術を持つ。炭焼き職人たちは「焔の守り手」とも呼ばれ、彼らの作る炭は世界各地で重宝されている。



 1. 特殊な炭「焔の炭」

 炭焼き職人が作る炭は、「焔の炭」と呼ばれる特別な力を持つ。これらの炭は単なる燃料を超え、以下のような用途に使用される:


 魔術の触媒: 一部の魔術師は、呪文を強化するために焔の炭を用いる。炭の中に宿る精霊的なエネルギーが魔術を増幅する。

 武具の鍛造: 武器職人たちは、焔の炭を炉に使い、魔力を宿した剣や鎧を鍛える。これらの武具は「魂を宿す武具」として伝説的な存在とされる。

 聖なる儀式: 焔の炭は一部の宗教儀式で用いられ、「永遠の炎」を象徴する火を灯す役割を果たす。この火は浄化や加護をもたらすと信じられている。



 2. 炭焼きの技術と試練

 炭焼きは一見単純な作業に見えるが、実際には職人の知識と経験が要求される高度な技術だ。木材の種類や燃焼の温度、炭窯の設計に至るまで、すべてに繊細な調整が必要とされる。さらに、次のような試練を乗り越える必要がある:


 焔の精霊との契約: 職人になるには、山中の聖域で焔の精霊と契約を結ぶ儀式を行う。精霊がその者を認めなければ、炭窯はまともに動かず、焔の炭を作ることはできない。


 危険な山暮らし: 職人たちは人里離れた山奥で炭窯を管理し、動物や盗賊、さらには森の魔物から窯を守らなければならない。


 炎との対話: 焔の炭を作るには、炎の揺らぎを「読む」ことができる繊細な感覚が必要だ。火の勢いや煙の色によって、炭の完成度が左右される。



 3. 社会的地位

 炭焼き職人は、特定の地域や国では高い尊敬を受ける一方、他の地域ではただの木こりと同等の扱いを受けることもある。その背景には、焔の炭の用途と価値が大きく関係している。


 鍛冶の街での高評価: 鍛冶師たちが集まる都市では、炭焼き職人はパートナーとして崇められ、富や名声を得ることも珍しくない。


 農村での誤解: 一部の地域では、火の力を操る職人を「危険な力を持つ者」として警戒する者もいる。


 伝説の守護者として: 焔の炭を使った「永遠の炎」の儀式を担う職人は、神聖な存在として崇拝される。中でも、「火山の炭焼き」と呼ばれる特殊な職人たちは、山岳地帯の火山を守護する役割を担い、神官に匹敵する地位を持つ。



 4. ゴロルの役割


 筋骨隆々のドワーフ、ゴロルは、この炭焼き職人の中でも特に腕の立つ者として知られている。彼の炭は鉄だけでなく、魔石やドラゴンスケイルのような特殊素材すらも加工可能な火を生み出す。その豪快な性格とは裏腹に、炎との繊細な対話において右に出る者はいない。


 彼が作る焔の炭は、鍛冶職人たちにとってなくてはならないものであり、「ゴロルの炭なしでは武器が作れない」と言われるほどだ。彼の炭窯から立ち昇る煙は、山岳地帯の村人たちにとって希望の象徴であり、ゴロル自身もその仕事に誇りを持っている。



 5. 物語における炭焼きの象徴


 物語全体では、「炭焼き」は炎という破壊と創造の二面性を象徴する職業だ。ゴロルは旅の中で、炎の力を守る者としての誇りを持ちながらも、その力の危険性と向き合わなければならない。物語のテーマとして、炎がもたらす「希望」と「危機」のバランスが描かれることになる。


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