4人目『どぶさらい団』闇の底に咲く光クローヴァ・レイヴンホルト

*7800文字 



『どぶさらい団』女団長のクローヴァ・レイヴンホルト。


 彼女は三十代半ばの精悍な女性。

 乱雑に束ねた艶のない黒髪、鋭い眼光、そしてその体を包む革ジャケットが、ただの小悪党とは違う迫力を漂わせている。

 かつては王都の衛兵隊に属していたが、不正を暴こうとして追放された過去を持つ。

 地下の闇に堕ちてもなお、彼女は胸を張り、自らの仕事に誇りを持っている。


「私たちは汚れた世界を掃除してるんだ。どこぞの貴族様より、よっぽど街に役立ってんだよ」

 そう言って、クローヴァは団員たちを率いて今日も闇へと潜る。



 ■プロローグ


 グランデリア王都の地下水路は、闇に飲み込まれた迷宮だ。

 かつてこの水路は、北部山脈から引き込んだ清らかな上水を街全体に行き渡らせ、王都の繁栄を支える生命線だった。


 しかし時が流れ、地下に引き込まれた上水は王都の排水と交じり合い、今や汚泥と瘴気が漂う不毛の地下水路と化していた。

 光すら届かぬその地下世界には、足を踏み入れた者が帰ってくることは稀だと言われる。


 それでも、そこを日々の舞台とする者たちがいる――『どぶさらい団』だ。


 彼らは地下水路をくまなく歩き回り、失われた物や忘れ去られた宝を拾い集めることで生計を立てている。だが、王都の上流階級や市民たちからは「汚れ者」として軽蔑され、冷たい目を向けられることが常だった。


 その『どぶさらい団』の拠点は、地下水路の隅にある古びた倉庫を連ねた小さな集落だった。

 湿った空気と土埃が充満する中、団員たちが持ち帰った品々が無造作に積み上げられている。磨き上げられた銀の燭台や、泥を落とせば輝きを取り戻しそうな宝飾品の数々が、乱雑な部屋を不思議と賑やかにしていた。


 木製の大きなテーブルでは、団員たちが熱心に修理作業をしている。

 油にまみれた手で機械の歯車を調整する者、拾ってきた宝石を検分する者、そして泥だらけの衣服を洗濯桶で叩いている者――皆がそれぞれの役割を全うしながらも、どこか楽しげに笑い声を交わしている。


 その中央に立つのは、団長クローヴァ・レイヴンホルト。

 彼女は乱れた短髪をかき上げながら、団員たちに声を張り上げる。


「おい、そっちの燭台、ちゃんと泥を落としたか? 使い物にならねぇなら叩き直すんだよ!

 リート、宝石は慎重に扱えよ、下手に砕いたら価値がなくなる!」


 クローヴァは誰よりも忙しなく動き回り、時に怒鳴り声をあげ、時に団員の肩を叩いて励ます。小柄な身体つきながら、その乱暴な口調と鋭い眼光は、誰もが彼女を「団長」として信頼せざるを得ない威圧感を放っていた。


 そんな彼女が、一息つくように腰を下ろし、手入れの行き届いた革の手袋を外すと、団員たちが集まってきた。

「団長、その手袋、いつ見ても新品みたいにピカピカですね」

 若い団員が笑いながら茶化す。


 クローヴァは薄く笑って返す。

「これが私の看板みてぇなもんだ。汚れ仕事だからって、全部が泥にまみれてちゃ格好がつかねぇだろ」


 団員たちが笑い声をあげる中、彼女は静かに目を細め、こう付け加える。

「……私たちはただのどぶさらいだ。だけど、この街の誰よりも誇りを持って生きてんだ。それだけは忘れるな」


 その言葉に団員たちは一瞬黙り、そして力強くうなずいた。団員たちの絆は固く、どんな困難も共に乗り越えていける確信がそこにはあった。



 ■第一章:翠星の刻印の行方


 その日の昼下がり、いつものように騒がしい団の拠点に、息を切らせた若い団員リートが駆け込んできた。彼の顔は泥だらけで、声を張り上げる前から、その緊張感が全員に伝わった。


「団長、大ニュースです!」

 リートの声に全員が手を止めた。

「南部の瘴気地帯に、『翠星の刻印』とやらが流れ着いてるらしいんです!」


 その瞬間、空気が凍りついた。


「翠星の刻印だと?」

 団員たちがざわつき始める。その名は誰もが知っている――伝説の宝具。翠緑の宝石が埋め込まれた王家の遺物で、かつて繁栄を象徴した存在。しかし、ある事件を境に行方知れずとなり、長らく噂だけが残されていた。


「瘴気地帯だって? バカ言え、そんな場所に行けば――」誰かが呟きかけたが、その声を遮るようにクローヴァが立ち上がった。


「ちょっと待て」

 その低く冷たい声に、全員が口を閉ざした。クローヴァは鋭い眼差しでリートを見据えながら、ゆっくりと彼の話を聞き出す。


「詳しく話せ。どこで、誰から聞いた?」

「東の市場で、避難民の一人が、それらしき宝石を見たと……」

「で、そいつが言った場所は?」

「南部地下水路の端、瘴気が一番濃い場所です……」


 話を聞き終えると、クローヴァは腕組みをして深く息を吐いた。眉間には深い皺が刻まれ、その表情は冷静ながらも険しい。


「リート……本気でそれを探すつもりか?」

 彼女の声は静かだったが、どこか鋭い刃のような緊張感が滲んでいた。

「あそこは瘴気まみれだ。魔物や下級悪魔が蠢く、まさに地獄そのものだぞ」


 リートはその言葉にたじろぎつつも、勢いで言い返した。

「でも、団長、もし本当に『翠星の刻印』が見つかれば、俺たちの名前が王都中に轟くかもしれません! 『どぶさらい団』が、ただの汚れ仕事じゃないって証明――」


「ふざけんじゃねぇ!」

 クローヴァの怒号が拠点に響き渡った。団員たちが息を呑む中、彼女はリートを睨みつけた。その眼差しは鋭く、だがどこか悲しみすら宿していた。


「私たちは名誉のためにやってんじゃねぇ。誰かに認められるためでも、ちっぽけなプライドのためでもない」

 クローヴァはゆっくりと歩み寄りながら、団員全員に目を配った。

「私たちが拾い集めるのは、失われたもの、必要とされるもの。それが街を支え、命を繋ぐんだ。『どぶさらい団』はそのためにある。

 汚いだの蔑まれるだの、そんなことはどうでもいい」


 一瞬の静寂の後、彼女は深く息を吸い込むと、わずかに声を和らげた。


「……だが、あれは放置できねぇ代物だ。『翠星の刻印』なんざ、誰かの手に渡れば、国どころか世界を滅ぼすことになるかもしれねぇ……仕方ねえ」


 クローヴァは視線を鋭くさせ、拳を固めた。


「準備しろ。全員で行くぞ!」


 団員たちは一瞬驚きの表情を浮かべたが、次第にその顔に決意の色が滲み始めた。団長クローヴァの信念と覚悟は、団員たちにとって絶対的な指針だったのだ。


「俺たちがやるんだな」

「当たり前だろ、団長がそう言ったんだ」


 団員たちがそれぞれ装備を整え始める中、クローヴァは一人、一つずつ指示を飛ばしていく。その声は強く、はっきりしていた。乱暴な口調の中にも、彼女の仲間への信頼が透けて見える。



 ■第二章:泥と瘴気の中で


 南部地下水路――それは、グランデリア王都の地下に広がる瘴気漂う迷宮だった。腐敗した泥と汚水が膝の高さまで溜まり、空気は甘く腐った匂いで満ちている。息をするだけで喉が焼けるようだったが、『どぶさらい団』の団員たちは防毒マスクを装着し、魔法灯を片手に進んでいく。


「団長、本当にこんな場所に『翠星の刻印』があるんでしょうかねえ?」

 情報を持ってきたはずの若い団員リートが、不安を押し隠しながらクローヴァに尋ねた。


「確かかなんて、関係ねぇよ」

 クローヴァは前方の暗闇を睨みつけながら言った。

「あの大火事で王宮の荷物が流れ出たって話は本当だ。その中に『翠星の刻印』が紛れてた可能性も高い」


「でも、そんな貴重なもんが、なんでこんな場所に……」


「理由なんざ考えるな」

 クローヴァがきっぱりと断ち切るように言い放つ。

「私らの仕事は拾うこと。それ以上のことは必要ねぇ」


 彼女の声には揺るぎない確信があり、団員たちは自然とその背中を追うしかなかった。

 クローヴァはいつだって、ただ道を示すだけじゃない――彼女の言葉は、団員たちの迷いや恐れを断ち切る力があった。



 ■突如現れる闇の脅威


 進むにつれて瘴気はさらに濃くなり、灯した魔法灯さえ霞むようだった。水音が妙に響き、何かが近づいている気配を感じさせる。


「団長……この音、なんか嫌な感じです」

 リートが声を震わせた。


「気を抜くな」

 クローヴァは低く警告する。


 その瞬間、水面が派手に跳ね上がり、巨大な黒い泥の塊のようなものが姿を現した。それは牙を剥き、無数の赤い目を持つ下級悪魔だった。


「囲め! 足元に気をつけろ!」

 クローヴァが鋭い声を上げる。団員たちは恐怖を押し殺し、彼女の指示に従って動いた。


「リート、灯を当てろ! 弱点を探す!」

 リートは慌てて魔法灯を悪魔に向け、その動きを照らした。悪魔の皮膚はぬめり、武器を弾き返すようだったが、腹部の一部だけが瘴気に覆われておらず、露出していることに気づいた。


「団長! 腹が弱点みたいです!」


「いいぞ! 他の奴らは囮になれ! 私が仕留める!」

 クローヴァは短剣を構え、膝まで泥に浸かりながら、まっすぐに敵の懐へと飛び込んだ。


 ■決着の瞬間


 悪魔が巨体を揺らして牙を剥く中、クローヴァは躊躇なくその腹部を狙って突き刺した。短剣が深々と突き刺さり、悪魔の絶叫が地下水路に響き渡った。泥の中で暴れ回る悪魔を、彼女はそのまま押さえ込み、命中した傷口に薬品を叩き込む。


「これで終わりだ!」

 悪魔は最後の叫びを上げ、泥の中へと崩れ落ちていった。


 静寂が戻ると、団員たちは一様に息を吐いた。リートはその場にへたり込み、膝を震わせながらもクローヴァを見上げた。


「団長……すげぇっす」


「すげぇだぁ?」

 クローヴァは肩越しに振り返り、少し笑みを浮かべた。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。ここが私らの仕事場だろうが」


 その言葉に、団員たちは口々に笑い出し、緊張が一気に解けた。クローヴァの背中がそこにある限り、彼らはどんな闇の中でも進んでいける気がするのだ。


「よし、こんなもんで怯んでんじゃねぇぞ。次は本命だ。『翠星の刻印』を見つけ出して、さっさと帰るぞ!」


 クローヴァの一声に団員たちは立ち上がり、再び足を踏み出した。瘴気の漂う迷宮の中、その背中だけは揺るがない光のように見えた。



 ■第三章:宝の眠る泥の底


 数時間――クローヴァたちは瘴気漂う南部の地下水路を彷徨い続けていた。

 腐臭が鼻腔を焼き、膝まで浸かる泥水が体温を奪っていく。

 防毒マスク越しに吸い込む空気は重く、湿気でぬるつく肌が不快さを募らせる。魔法灯の冷たい光が薄暗い水面に揺れ、そこかしこで何かが蠢く音が聞こえた。


「団長、もう少し休ませてください……」

 リートが足を止め、苦しげに呟く。


「休むのはあとだ。目を凝らせ、どっかに何かが光ってるはずだ」

 クローヴァの声は鋭くも静かで、絶えず先を見据えていた。その声に鼓舞され、団員たちは再び歩き始める。


 視界は常に悪く、泥に沈んだ瓦礫や腐った木片が足元を奪おうとする。

 中には瘴気に侵され、溶けかけた動物の死骸も流れていた。人の死体が流れていても不思議ではない。

 その息苦しい閉塞感の中、ついにリートが声を上げる。


「団長! あそこ! 緑色の光が!」


 水底からわずかに顔を覗かせる緑色の光。それは水の中で脈動しているようで、まるで生き物のように見えた。


 クローヴァはすかさず泥水に手を突っ込み、慎重にその光る物体を掴み上げた。「……これが『翠星の刻印』か」


 それは卵ほどの大きさの宝石だった。

 表面は滑らかで、エメラルドを思わせる濃い緑色。しかし光を当てると、その中で霧のようなものがゆっくりと渦を巻いているのが見えた。

 まるで何かがその中で封印されているかのようだ。触れた瞬間、不快な冷たさとともに奇妙な力がクローヴァの指先を伝い、全身を巡った。



 ■「『翠星の刻印』とは何か」


「団長、やりましたね!」

 リートが嬉しそうに声を上げるが、クローヴァの表情は険しいままだった。

 その様子に気づいたもう一人の団員、ラッシュが口を開いた。


「リート、お前、それがどんなもんか分かってねぇだろう? 説明してやろうか?」

 得意げな様子でラッシュは声を張り上げる。


「『翠星の刻印』ってのはな、伝説の魔導師が巨大な悪魔の魂を封じ込めた代物だ。なんでも、これを使えば災厄を呼ぶ力が解放されるらしい。

 街ひとつ……いや、大陸だって吹っ飛ばせるかもしれねぇんだぜ! 

 ただの宝石に見えるが、触るたびに人の意志を飲み込んで、いずれは持ち主を狂わせるって話だ」


 リートは目を丸くした。

「そんなヤバいもの、なんで王宮にあったんです?」

「だから伝説って言っただろうが。実際のとこ、王室が持ってたのは秘密兵器の一環だって話もある」


 クローヴァは二人のやりとりを黙って聞きながら、再びその宝石をじっと見つめていた。その目は危険を見極める猟犬のようだった。


「どうするか……これを手に入れたのはいいが、このまま持ち帰るわけにはいかねぇ」

 クローヴァの静かな声が場を支配した。


「どうしてですか?」

 リートが戸惑いながら問いかける。

「ツテのある貴族に高値で売り渡せば……」


「バカ野郎!」

 クローヴァがリートを睨みつけた。その瞳には怒りと警告が宿っている。

「こんな危ねぇもんを誰かの手に渡せるか! これはただの宝石じゃねぇ。ラッシュが言ったように街一つどころか国ごと吹き飛ばす力を持ってんだぞ!」


 ラッシュが声を潜めた。

「団長、それじゃ、どうします? 王国側に届けるのも危険ってことですか?」


 クローヴァは深く息を吐き、団員たちを見渡した。

「私たちはどぶさらいだ。ただのゴミ拾いだが、誰よりも街を守ってるって自負がある。私たちが拾うのは、街に必要なもんだけだ。それを忘れるんじゃねぇ」


 団員たちは静まり返り、その言葉を噛みしめるように頷いた。


「これをどうするかは私が決める。王国側も感づいているかもしれないが上手く言いくるめるさ」


 クローヴァは『翠星の刻印』を慎重に布に包むと、改めて団員たちに声を張り上げた。

「行くぞ。この宝石が暴れる前に、ここを出る!」



 ■エピローグ


『翠星の刻印』は水路の最深部に再び封印されることになった。

 クローヴァは慎重に宝石を包み、静かに地下の闇に埋めていった。


 団員たちは泥まみれで疲れ切った体を引きずりながら拠点へと帰還した。長時間の捜索と戦いの後、彼らの足取りは重く、だが心には確かな充実感があった。


 拠点の扉が開くと、温かい空気が迎えてくれる。

 火の灯る炉辺に近づき、団員たちはそれぞれが疲労と達成感に包まれながらその場に座り込んだ。クローヴァも少し遅れて席に着くと、周囲に軽く笑顔を見せたが、どこか疲れた表情が浮かんでいた。


「団長、俺たちのやったこと、ホントに間違ってなかったんですよね?」

 リートが口を開いた。彼の目は不安を隠しきれない。


 クローヴァは少し黙った後、淡々と答える。

「ああ、間違っちゃいねぇ」

 その言葉に、リートは安心したように肩の力を抜いた。


「どぶさらい団は誰かに感謝される仕事じゃねぇが、私ら自身が誇りを持てる。それで十分だろ」

 クローヴァの言葉は、しっかりとした響きを持ち、団員たちはその言葉を胸に刻む。


 その後、静寂の中で一度、ラッシュが声を上げた。

「でも、団長、みんな疲れてるんだろ?  なんかご馳走とか、少しは何か元気が出るもんがあれば……」


 クローヴァは苦笑すると、ポケットから小さな袋を取り出した。中には金貨がぎっしりと詰まっていた。

 それを見た団員たちの目が一斉に輝く。


「私の自腹だ。今日の報酬だ! みんなで分けろ」

 クローヴァの言葉に、団員たちは驚きと共に感謝の気持ちを抱く。自腹で報酬を切るのは、彼女がどれだけ団員たちのことを大切に思っているかの証だった。


「団長、ありがとうございます!」

 リートが目を見開いて言う。


 ラッシュも満面の笑みを浮かべながら言った。

「よっしゃ、みんなで飯を食いに行こうぜ!」


 クローヴァは頷き、仲間たちを見回した。

「だがみんな、その前にもう少しだけ仕事を片付けようか」


「何だよ?」

 リートが首をかしげる。


「さっきの水路の道中、いくつか探索しなければならないポイントを素通りしただろ? それを終わらせにいくぞ」


 ラッシュが笑いながら肩をすくめた。

「さすが団長、楽しませてくれるな。しゃあねえ、それを終わらせて宴会だ!」



 クローヴァはしばしの間、遠くの天井を見つめていた。

 そして静かに言った。

「私らはただのゴミ拾い団かもしれない。でも、街のために尽力して、誰かが笑顔を見せてくれるんなら、それが一番大事なことだ」


 団員たちは互いに目を合わせ、無言でうなずく。


「さぁ、これからも一緒にやろうぜ。私についてきな」

 クローヴァの言葉が、団員たちの心に響いた。



 ■ おまけ:クローヴァとリート


 宴会が終わり、団員たちはそれぞれの部屋に散らばり、ほろ酔いの状態でくつろいでいた。

 だが、クローヴァはいつもとは少し違っていた。普段は強くて冷徹な団長だが、その晩だけは少しばかり素直になっていた。

 ふらふらと歩きながら、リートを見つけ、にっこりと微笑んだ。


「リート、ちょっとこっち来てくれ」


リートは少し驚いたが、クローヴァの命令には従うしかない。彼が歩み寄ると、クローヴァは意地悪そうに笑みを浮かべながら手招きしている。


「団長、何か用ですか?」

リートが少し緊張しながら尋ねる。クローヴァの表情はどこか柔らかく、普段とは異なる雰囲気が漂っていた。


「ん?何かじゃないよ」

クローヴァは手を伸ばして、リートの肩に軽く触れる。

「ただ、少しお前と二人きりで話したかっただけだ」


リートはその触れてきた手にびくっと反応して、少し後ろに下がりそうになるが、クローヴァはすかさずそのままリートを引き寄せた。


「ちょっと、待ってください団長、酔ってますよね? 絶対、酔ってますよね?」

リートは必死に顔を赤くしながら言うが、その目はクローヴァから逃げられない。


クローヴァは少しほろ酔い気分で、リートの顔をじっと見つめながら、意地悪く唇を舐めた。


「酔ってるよ。いいじゃないか、たまにはこんなふうにお前と二人きりで話すのも」


リートはその言葉にドキッとして、手をぎゅっと握りしめる。


「そ、それじゃあ……何を話すんですか?」


クローヴァはリートの顔をじっと見つめたまま、少し顔を近づけると低い声で囁いた。


「お前、恋人とかいるのか?」


「えっ?」

リートは驚いて目を見開く。

「恋人ですか?そ、それは……」


クローヴァはおかしそうにクスクスと笑いながら、リートの肩を優しく叩く。

「おいおい、なんだその反応は?お前、好きな女とかいないのか?」


「そ、そんなこと、言えませんよ!」

リートはますます動揺し、視線を落とす。


クローヴァはリートの顔にじっと目を向け、さらに近づいてきた。その顔の距離が縮まるたび、リートは心臓が跳ねるのを感じた。


「うーん、そうか。じゃあ、お前みたいな男は、案外モテるんだろうな」

クローヴァはにやりと笑いながら、リートの耳元に息を吹きかける。その温かな息にリートは体が固まる。


「で、では、団長はどうなんですか?」

リートはしどろもどろになりながら、何とか返す。クローヴァはそんなリートの様子を楽しんでいるかのように、目を細めた。


「私? ふふ、私には……気になる男がいるんだよね」


「えっ……?」


クローヴァは、リートの目をじっと見つめながら、手をリートの腕に優しく触れさせる。その手のひらから温かさに不安と同時に安心感を感じた。


「ま、なんでもないよ。お前にはまだ言えないことだ」

クローヴァはいたずらっぽく目を細め、リートの肩を軽く押してその場を離れた。


「団長……」

リートはそのまま動けずに、クローヴァが去るのを見つめていた。何が何だか分からず、ただ胸が締め付けられる思いだった。


クローヴァがドアの近くまで歩き、振り返って言った。

「ほら、もう帰りなさい。お前も疲れてるだろう」


リートは顔を赤くしながら、ぎこちなくうなずいた。

「あ、はい。おやすみなさい、団長」


クローヴァは少し微笑み「おやすみ」と言いながら、ゆっくりとドアを閉めた。










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