第2話 異世界とダンジョン
オレはトイレから繋がった異世界に入る。
一瞬現れる暗闇を通り抜けるとそこはいわゆる中世ヨーロッパ風であり、剣と魔法が支配するファンタジー世界だ。
その街中に飛び出したオレは、通行人たちに奇異な目で見られつつ歩いていく。
部屋着代わりのジャージ姿だからまあ仕方がないのだが。
それはともかく、オレはある人物を探している。
誰かというと、オレの部屋のトイレと異世界を繋いだ張本人であり、それによってオレを呼び出した人物。
速足で歩くこと5分ほどでオレはとある建物の近くまでやってきた。
その前に、やっぱりいた。
上半身と手足に鎧を身に着け、薄めの長い金髪をたなびかせた若い女性が。
オレの姿を見つけた彼女は軽く手を振ってきた。
オレも一応は手を振って返す。
そして大声でなくても声が届く範囲にオレが近づいたところで彼女から話しかけてきた。
「すみません、ハヤトさん。お疲れのところ、ご足労いただきまして」
「何で疲れてるってわかるのさ」
「貴方はあちらの世界で『やきゅう』という玉遊びをしてきたのでしょう? 髪の毛に土の汚れが残っていますよ」
「あれ、洗い流したと思ってたのにおかしいな……それはいいけどとにかく中に入ろうぜ。トイレを借りたいんだ」
彼女と会うとき、オレは必ずトイレの話をする羽目になる。
なぜならトイレに入ろうとしてドアを開けると異世界に繋がっているからだ。
◇
「あらこんにちはソニアさん、ハヤトさん。今日は……あの件でいらしたのですね?」
「はい、その通りです」
「それはいいから先にトイレ貸してくれよ〜!」
「はい、奥のトイレをどうぞ」
「ハヤトさん。タオルをお貸ししますからついでに洗面所で顔と髪を洗ってきてください」
オレはソニアからタオルを踏んだくると一目散にトイレへと駆け込んだ……ふう、間に合った。
それから顔と髪を洗い流してさっきの場所に戻るとソニアの姿が消えていた。
「ソニアさんなら向こうの奥の部屋ですよ」
「ありがとうログネダさん」
建物に入って最初に挨拶してくれて、ソニアの居場所を教えてくれたのは受付嬢のログネダである。
そしてここは、オレが今いる王国内で最大の冒険者ギルド。
オレは恐らく、この王国内で1年程前に突如現れたダンジョンに巣食う魔物たちの討伐に加わることになる。
この世界には魔物が普通に存在するのだが……そのダンジョンにいる魔物たちは特別な能力を持っていた。
それは強力な再生能力。
体内の『コア』と呼ばれている物体を破壊しない限り何度でも再生してしまう。
それを露出させて即仕留めるという、他の魔物退治とは違う戦法が要求されるってわけだ。
ただ、さっきログネダが言っていた『あの件』についてはオレは何も知らない。
とにかくソニアがいる部屋に入ろう。
でないと何もわからん。
ノックしてドアを開けると、中にはソニア以外に3人の冒険者たちがソファに座っていた。
「ハヤトさん。こちらの方々はこれから一緒にダンジョンへと突入するパーティの仲間です」
「なんなんだコイツ、おかしな格好しやがってよぉ〜。おまけにチビのひょろガキじゃねーか」
仲間と紹介されたうち、ロン毛で細マッチョな感じの男にいきなり罵倒された。
ちなみにオレは170センチちょっとでチビというほどではないが、男の冒険者は180を超えるがっしりした体格の奴が多いから、相対的に小さく思えるのだろう。
「レックさん、それでしたら問題ありません。あの格好は、遠い異国の民族衣装のようなものでして。体格は確かに小柄ですが、我々が最も必要としているスピードとテクニックを持っているのです」
「あっそう。まあ、おれの邪魔さえしなけりゃいいんだけどさ。それよりソニアちゃ〜ん、お仕事終わったら2人で飲みに行こうよ〜?」
「すみません。終わったあとは別に予定がありまして」
「えぇ〜! この前もそんなこと言ってはぐらかしたよね〜!?」
レックと呼ばれる、いかにも軽薄そうな男はオレのことよりもソニアへの関心が強そうだ。
ソニアは端的に言えば長身スレンダー美少女で、レックでなくても男であれば気になる存在というのはわかるけど。
「それでハヤトさん。こちらがレックさん。次がラファウさん。私の隣がリラさんです」
「タンク役のラファウだ、よろしく」
「あたしヒーラー役のリラね、よろっす」
「ハヤトです、よろしくです」
「で……今回の目標物は?」
「最近、第3階層に現れたミノタウロスなのですが……再生速度が異常に速く、既に多くの冒険者が負傷、或いは犠牲になっています」
「何匹いんのそれ?」
「今のところは1頭だけです」
「ちょっとくらい速くたって、おれがキッチリそいつのコアを仕留めてやんよ〜?」
「まあ、レックさんならできるかもしれませんが、念の為ハヤトさんを呼んだのです。彼の『神速』と『窃盗』スキルであればコアを問題なく捕らえられると思いますので」
「スキルということは、数万人に1人と言われる神の加護を受けし者……しかも2つもだと?」
「それはすごいけど〜、それじゃあそいつドロボーなわけ?」
「そういう訳では。あくまでそういうスキルを持っているというだけです、彼は」
ソニアはああ言っているが、オレはこのスキルの話題になると、どうしても嫌な過去を思い出すハメになる。
まあ、今それについてわざわざ言及する必要もないので黙っておくけど。
そうしてオレを加えた5人は問題のダンジョンへ向かったのだった。
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