第3話 少年呼びお姉さんにウザ絡まれながら島を歩く

「さっむ!」

「そりゃ、冬の海ですから」


 バスの終点は島の漁港の端にある駐車場の近辺だった。僕とお姉さんはコートを着ていたが、灰色の冬空から遮蔽物のない駐車場へと吹き抜ける海風には少し心許ない装備で、二人して白い息を吐きながら自分の肩を抱いて足踏みすることになってしまった。


「だが、しかし!」


 そこでお姉さんが「今がそのとき」と言わんばかりの勢いで声を上げた。


「こんなこともあろうかと、カイロを購入してたのだぁー!」


 お姉さんは「じゃじゃん!」と自分で効果音を付けながら、手に下げたコンビニ袋から二枚のカイロを取り出す。貼るカイロだ。「用意がいいですね」と僕が言おうとしたところで、お姉さんは封を切ったカイロを持って僕の背後に回り込み、コートの首裏から背中に手を突っ込んだ。


「ひゃい!?」

「おお? かわいい声で鳴くねぇ~」


 慌てて身体を離すと、お姉さんはニヤニヤ笑いながらもう一つのカイロの封を切って僕に差し出し、


「首裏の下の背中あたり。ここに貼ると一番身体があったまるんだよ」


 そう言ってコートとジャケットの襟を下げて背中をさらし、僕にカイロを貼るように促した。

 白シャツから伸びる白く細いうなじ。

 じわりと身体が熱くなったのはお姉さんが貼ったカイロのせいだと思いながら、僕は言われた場所にカイロを貼った。


「ああん♡」

「……あざとすぎてかわいくない声ですね」


 お姉さんのクネクネした露骨なリアクションに、僕は急に冬風の冷たさを思い出して率直な感想を述べると、「あ~ん、辛辣ぅ~」などとふざけているお姉さんを置いて道を歩き始めた。


「ちょいちょい待て待て少年よ。その年齢としで年上の女性を放置プレイとか、少年の将来が心配でお姉さん夜しか眠れなくなっちゃうよ?」

「この島ってなにがあるんですかね?」


 後ろに追い付いてきたお姉さんの益体やくたいのない言葉を聞き流しつつ、僕は商店の並ぶ細い道へと入っていった。道脇の土産店や食堂、民宿の看板などを見ながら少しだけ坂になった道を進んでいく。


「普通に観光地じゃない? マグロ推してるよ、マグロ。あー、マグロ丼ポン酒で食いてぇ~」

「まだ飲むんですか?」

「なにをおっしゃるか」


 気付けば缶チューハイのプルトップをプシュッと開けて飲み歩きを始めるお姉さん。僕の呆れ声に「ちっちっ」と指を振るお姉さんは、ゴクリと一口喉を鳴らすと大仰な口調でなにやら高説らしきものを語り出した。


「少年よ、今は何時だね? そう、まだ午前十時過ぎだ。今日はまだ半分も過ぎていない。しかしながらお酒というものは夜――つまり今日の最後に飲むものだ。この常識に従えば、それ以外の時間に飲むお酒はノーカンであり、つまり『まだ飲む』ではなく、このチューハイは『まだ飲んでいない』が正解――いてっ!」


 そんなお姉さんの高説は、急に立ち止まった僕の背中にぶつかったところで途切れる。


「なになに急に――およ? どした?」


 道の右側にある上り階段。そこに置かれた看板を読んで僕は思わず立ち止まっていた。お姉さんは僕の様子に不思議そうな顔をしながら看板の文字を読み上げる。


「城ヶ島灯台入口? 灯台があるんだ」


 音にされたその言葉に僕は一瞬うっと唸る。ますます怪訝な顔をしたお姉さんは、僕の反応を探るように恐る恐るといった様子で訊いてきた。


「行ってみる?」

「え、ああ、そうですね。行きましょう」


 自分でもこんなことで動揺するなんて情けないと思いつつ、それを誤魔化すようにお姉さんの提案に頷いて、僕は灯台へと続く階段に足を掛けた。

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